052:苦味と甘味
へたり込む野乃花の周りを、慰めるようにミツバチがブンブン飛んだ。微笑ましい気もするが、危なくもある。
「お姉さん、困っているみたいです。
どうしたらいいのですか?」
理子が「ここじゃ落ち着かないから、まずは中に入ろうか」と困惑しつつも野乃花を案じている美江に声を掛けると、彼女は素直に頷いた。まずは一人。さて、野乃花はどうしようかと思ったが、光がやって来て言った。「こんな大勢で騒いだら、ミツバチが驚くんじゃないの?」
それで野乃花は反射的に立ち上がった。
三人の店主は一瞬、緩んだ口元を引き締め直し、二人を前後で挟んで屋上から出る。
「管理人室に行きましょう」
光はそう促してから、後ろを振り向くと、しっかりと屋上への扉を施錠した。
***
五人は管理人室の居間に座った。陵子が自分の店から急いでカモミールティーを持って来て淹れた。それに理子が蜂蜜を添えた。
「そのままじゃ飲み難いかもしれないから」
美江がいたのでアカシア蜜にした。下でもそれを注文したと名取に聞いてあった。
「で、どうして屋上に? ミツバチが目当て……って訳でもないようだけど」
光が聞くと、野乃花が「え? そうなんですか?」と声を上げた。うちの可愛いミツバチに会いに行く以外に屋上なんか何の用があるというのか。
その素直な反応に、美江は泣いて謝った。
「ごめんなさい。お姉さんの大事な場所だったのに――私……でも、私、毎日がとても辛くて、もう耐えられなかったんです」
誰にも相談出来ないでいた美江は、一度、口を開くと、堰を切ったように話しはじめた。
彼女は入学した高校でいじめに遭っていたと言う。
「最初は皆、仲良しだったんです。私、こんな太ってみっともなかったのに、仲良くしてくれました」
その告白に、三人の店主は首を傾げる。美江はその年頃らしい健康的な体型をしているし、身綺麗で可愛らしい顔立ちをしている。
だが、話を聞くうちに段々とその理由が分かって来た。彼女は“友人達”に毎日、貶められ、自尊心を傷つけられてきたのだ。
「私、最初は嫌だって言ったんです。でも、ちょっといじっているだけとか、いちいち騒ぎ立てて面白くない。仲間外れにするって言われて……それもそうかって、私みたいな駄目な人間、仲良くして貰うだけでもありがたいと思わないといけないと――って」
行為はエスカレートしていき、ついには万引き行為を唆された。
「え……それで?」
小売業を営む理子と陵子が息を呑む。
「断りました! 私の家もお店を営んでいます。八百屋です。両親が朝から晩まで働いて、一つの野菜からどれだけ儲けが出るか……私、知っていますから」
そこで自分のお小遣いを差し出すことでその場を収めたが、それがいけなかった。
ついに今日、家からお金を持ち出すまでに追い詰められた。
「でも……嫌になりました。両親が必死で働いたお金をあんな奴らに渡すなんて。
だからずっと憧れていたティールームで、美味しい物をいっぱい食べて……それから……それから――」
広瀬家の台所は美江の家の八百屋と取引があった。手伝いで、美江もまた、自転車で野菜を何度も配達したものだ。それで彼女は知っていた。
広瀬のご隠居のビルの屋上でもミツバチを飼っていて、そこなら簡単に出入り出来るかもしれない――と。




