028:気疲れする人
光の「代わろうか」という声に首を振り、名取が焼き立てのクランペットを運ぶ。
「お待ちどうさまです。クランペットをお持ちしました。バターと蜂蜜をたっぷりとかけてお召し上がりください」
野乃花はコクリと頷いた。
ご苦労様、と言った感じだ。名取は、貴族の館に勤めるメイドってこんな気分なのだろうかと思った。
常人ではない振る舞いをする野乃花は、そうと知らずに熱々のクランペットにバターを乗せた。続いて蜂蜜ポットからアカシアの蜂蜜をかけると、クランペットの表面でバターと渾然一体にとろけた。それから山盛りのイチゴジャム。赤と金が輝く。
しかし名取は、それに見とれるよりも、自らセッティングしたナイフが曇ってはいないかが気になった。僅かな瑕疵でも、野乃花に注意されそうな気がしたのだ。
何しろ、あの”ご苦労様”の上に、自分が活けた花を手直しされたのだ。
いいや、活けた……というのは大袈裟だな、と名取は自分を戒める。彼女は日常の業務として小さな花を小さな花瓶に挿したのだ。それなりに飾ったとは思っていたが、今、野乃花が直しただけで、自然で、洗練された様子に変わっている。正直、見違えた。
腹は立ったが、その腕前に内心、舌を巻く
「お花、綺麗に直して下さってありがとうございます。お上手なんですね」
言った本人は「嫌だ、なんだかすごく嫌味くさい」と後悔したが、言われた方はほのかに頬を染め、下を向き、直した花を見てから、ようやく返事をした。
「小さい頃から習っていて、お役に立てて良かったです」
それからいくつか、花を活けるにあたっての注意事項を述べた。
「あ……ご親切にありがとうございます。参考にしますね」
そうだ、これは親切なんだ。
名取は必死でそう思おうとした。素直に受け入れるには、口調と視線がいちいち、はるか上からすぎる。しかし、クランペットを一口食べた野乃花の「とても美味しいです」という言葉は素直に受け取れた。
「ごゆっくりどうぞ」
混乱する名取は、やっぱりキッチンまでたどり着いてため息を吐いた。
「なんか疲れる人……」
名取曰く”なんか疲れる人”は、”ごゆっくり”優雅にクランペットを食べた。イースト菌で発酵させたクランペットのもっちりとした食感の生地には、溶けたバターと蜂蜜がたっぷり滲みこんだ。素朴な粉の味わいは、バターと蜂蜜の味と香りを引き立てる。
野乃花が二杯目の紅茶を飲む頃、静かだった店内に二人の女性客が入ってきた。一気に賑やかになる。
「今日はイチゴフェアなんですって。去年来て、すごく良かったから、今年も絶対に来ようって決めていたの。今日がお休みで良かった。付き合ってくれてありがとう」
「私も気になっていたから。イチゴジャムサービスなんだねぇ」
「それにね、今日だけ出るイートン・メスっていうスイーツが美味しいの。これ、断然、おススメだから!」
「へぇ~! じゃあ、私もそれ。あとスコーンも」
楽しそうな二人に野乃花の視線がそちら向く。二人の女性客とかち合う。
見られた二人は”すごい美人”が座っていることに驚き、有名人か誰かじゃないかとコソコソと話し始めた。
それに気が付いた野乃花は動揺し、せっかくの美味しいクランペットもイチゴも熱い紅茶もいっしょくたに胃に納めると立ち上がった。
キッチンに戻り、光に声を掛ける。
「何かお手伝いすること、ありますか?」
光はものすごい勢いで首を横にブンブンと振る。「イチゴを処理してもらっただけで十分よ。忙しい時間も過ぎたし。あの今日はもう本当に……助かったわ。ありがとう。助かったわ。本当に」
「そうですか」
不満そうな……いや、これは残念そう顔なのだろう。そう判断した光は「今からだと『おひるごはん』あたりが忙しくなりそうよ」とそれとなく上階に丸投げした。
疑いもなく素直にその忠告を聞いた野乃花を、光と名取は送り出した。
「悪い人ではないとは思いますけどね、側に居るとなんだか気疲れする人ですね」
白いメレンゲと赤いイチゴジャムに、緑のミントの葉を乗せた白いアイスクリームが盛られたイートン・メスのグラスを受け取りながら、名取の正直な感想を述べた。




