024:仕事はじめ
やって来たのは一階のティールーム『ティースプーン』の店主・片平 光と二階のアロマとハーブの店『ビー・ガーデン』の星 陵子だった。
昨日の時点で軽く挨拶と自己紹介は済んでいた。光は柔らかな印象の三十台半ばの女性であり、陵子は自らのことを”魔女”と呼んで欲しいといい、服装もその精神にならって黒尽くめだった。年齢は光と同じくらい……のはずだ。
野乃花は彼女達二人が六階のハーブガーデンの管理をしていることも聞いていた。なので朝と夕方には手入れに訪れることも知っていた。用事があれば昼間にも来るが、管理人が不在の時は、ハーブガーデンに直結の出入り口の鍵を持っているので、そこから入ることも。
耕之進は、「若い娘の野乃花ちゃんには不便なこともあるかもしれないが、年寄りには毎日、顔を出してくれる人がいるのは何かと心強い。もし、留守中や休憩中に入ってこられるのが嫌ならば、なんらかの対策を話し合って欲しい」と言い残していった。
思ったよりも早い訪れに野乃花は「支度をしておいて良かった」と安堵した。寝ぼけ眼だったら、やる気がないと思われてしまう。
「おはよう。野乃花さん!
ちょっと早くてごめんねー」
「今日は特別な日なの。
いつもはもう少し遅い時間なんだけどね」
口々に挨拶をしながら、どやどやと部屋に入ってきた。脱ぎ捨てられた靴を、野乃花は身に染み付いた動作で揃える。
一瞬、二人は動きを止め、新しい管理人にやや改まった。「「お邪魔します」」
「ようこそいらっしゃいました。これから庭に行かれますか?」
「ええ」
「お手伝いします」
野乃花の申し出に、またもや二人は固まる。
「お手伝い?」
代表して光が聞き返す。
「そうです。
広瀬様より、このビルの管理人の仕事を引き継ぎました。
店子の皆様の雑用をこなすのが私の仕事ですので、存分にお使い下さい」
言っている内容は大変に愁傷なのに、なぜか「さぁ、用事を見つけて、私に相応しい仕事を申し付けなさい」と上から言われているように感じるなぁ、と光と陵子は思った。
なるほど、昨夜、くどいほどに川内美波が「中鉢野乃花とは」について注意事項満載の連絡を寄越した訳だ。追随して、広瀬太郎からも長文のメールが届いていた。
陵子の問い掛けるような視線を感じた光は、ちょうどよい事を思い付いた。
「そう? なら、私の店に来てくれない?
庭の手入れは陵子ちゃんがするから」
「え?」
「言ったでしょ? 今日は特別な日なの。
だから……」
「だから?」
野乃花は光に従い、一階のカフェ店舗に降りた。
その途中からでも分かるほどの甘い香りが充満している。
何が待ち受けていようとも、自分の仕事をするまでだと頑なに思い込んでいる野乃花には、世間話としても「何があるのですか?」とは聞けない。
ティールームのキッチンスペースにたどり着いてからその正体を確認した。彼女が思った通り、それはイチゴだった。
たくさんのザルやボウルに大量のイチゴが盛られ、キッチン台の上に所狭しと並んでいた。




