025:旬の名残
「すごいでしょう!」
光は誇らしげに胸を張ったが、野乃花は踊驚きを表すことが出来なかった。
「何をすれば宜しいのですか?」
与えられた仕事は黙ってこなすべきだ。 よって、光に頼まれた「この大量のイチゴのヘタを取って、大きいのは半分にしてくれる?」という作業を、早速、行おうとした。
頭を三角巾で覆い、エプロンとマスクをつけて、手を洗った。料亭に勤めていただけあって、お手本のような手の洗い方に、光は感心し、口に出して褒めた。「今度、お店の子たちにも教えてもらいたいわ!」
手放しの賞賛に、野乃花は冷静に「ありがとうございます」と答えたが、薄手のビニール手袋を箱から引っ張り出して両手につけるのに、少なからず苦戦する。
こちらも丁寧に洗ったイチゴは、『中鉢』で見慣れているような、粒の揃った大きいものばかりではなかった。大きさはまちまちで、多くは野乃花の親指くらいだ。熟しきったものか、その直前のものばかりで、作業する手はあっという間に赤く染まる。ビニール手袋越しでは、ともすれば手が滑ってしまいそうになるので、より慎重になった。
近くでは大きな鍋でぐらぐらとお湯が沸き、ガラス瓶が行儀よく煮沸消毒されていた。
熱気で野乃花の頬はますます赤く染まるが、それでも野乃花は手を動かし続けた。
しばらくするとティールームの店員がやって来て開店準備が始まると、光が向かいに座り、同じ作業を始めた。
「このイチゴはね、今朝、知り合いのイチゴ農家から収穫してきたの」
手際よくナイフを動かしながら、光の口は同じくらい動いた。マスク越しで、くぐもってはいたが、変わらずハキハキした物言いだ。
「そうでしたか」
対して野乃花のナイフ捌きも見事だったが、口は重い。今にも『食べ物を扱うのにおしゃべりはいらないよ!』と、『中鉢』の大女将・由布子から叱責が飛んでくるのではないかと、思わず視線が泳ぐ。が、ここは『中鉢』の厨房ではなく、目の前の女性がここの責任者だった。
「イチゴってさ、果物的には春から夏が旬だけど、日本人的には冬にも欲しいでしょう? ほら、クリスマスケーキの飾りとか」
「そうですね」
「だからハウスで育てているのよね。
それで収穫期が終わると、次の栽培に移る前に、整理がてら残ったイチゴをくれるのよ!
シーズン中は、うちのカフェで使うイチゴはそこの農家のものを中心に買い付けてもいるから、その縁もあってね。
もっとも、買うのと違って、摘むのは自力。運搬も自力だから、その日はうんと気合いを入れて朝早く出るの。そしてうんとたくさん摘んでくるのよ。
いつも仕入れているイチゴとは比べ物にならないくらいたくさん。
だから下拵えも大変で……」
つまり野乃花の目の前に積まれたイチゴは、今朝方、光たちが摘んできたものだったのだ。
「言って下されば、私もご一緒しましたのに」
ようやくセンテンスで話した野乃花に光は微笑んだ。悪い先入観は全くないのに「私を除け者にするなんて、無礼だわ」と聞こえたのだ。大変な女王様気質だ。それでいて、勤勉。手は早業で、イチゴを次々と処理していく。あれだけあったイチゴがどんどん無くなった。
「昨日の今日だから、遠慮しちゃった。
次からは声を掛けさせてもらうわね……」
「どうぞご遠慮なく」
いかにも遠慮したくなるような口調で野乃花は言った。
光はやはり面白くて仕方がなくって、笑いをこらえるのが大変だった。




