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002:刺のある花

 ブンブンと音がする。

 ミツバチの大群が起こす羽音だけでなく、誰かの選挙カーも近づいてきたのだ。

 公園に人が集まっていたのは、立候補者の演説会が行われるからだった。緑に映えるオレンジ色はその陣営のイメージカラーだ。


「まずいな。

子どもが刺されたら大事だぞ」


 一人が口火を切ると、オレンジ色の上着の運営スタッフ達は次々と不安と嫌悪を口にしはじめた。


「子どもだけじゃない。大勢の人達が集まっている。気付かれただけで大パニックだ」

「いいや、ここはすぐに注意を促すべきだ」

「警察に通報しよう! いや、保健所か?」

「大袈裟な。石でも投げて追い払えばいい」

「おい、やめろ。怒らせると襲ってくるぞ」

「よりにもよってあずまさまもいらっしゃるこんな時に、迷惑な」


 野乃花はたまらない気持ちになった。

 胸元につけたブローチに触れる。それは銀と琥珀で作られたミツバチを模したもので、野乃花の”祖父”の形見だった。

 “祖父”の愛したミツバチを、守らないと。 


「待って――」

 そう、言い掛けた野乃花に、中年の女性が慌てて近付いてきた。知らない顔だ。胸元に白いバラの造花を付けている。

 女性は「我妻あがつま町子」と名乗り、どこかの町の町内会長をやっているとか、昔はPTA会長をしていたとか、今日は“白薔薇会”の地方支部の支部長として取り仕切るために来たことを矢継ぎ早に語ると、金属的な声を上げる。


「危ないから近付いちゃ駄目よ。

怖いわねぇ。大丈夫? あんな危険な生き物、早く駆除しないといけないわ」


 親切な忠告のはずだったのに、野乃花は彼女が意図しない反応を示した。


「“彼女たち”は自然の摂理に従って、分蜂しているだけだわ。

ミツバチの針は、一度刺したら内臓ごと抜けてしまう仕組みになっています。もし襲うことがあれば、それは身を捨てなければならない程の危険が迫っていることを意味します。

あなた達の存在が、そうさせるんです。

相手をよく知りもせず、一方的に悪者に仕立て上げるようなことはやめて下さい」

「な……なんですって?」


 町子はぎょっとしたように立ちすくんだ後、身を震わせながら叫んだ。


「私はそんなこと、しないわ!」


 オレンジ色の上着のスタッフたちが、何事かと振り向く。

 すると野乃花の姿を認めた一人が、興味と好奇心の混じった声を上げる。


「あれは中鉢のお嬢さんじゃないか」

「誰だって? あの美人を知っているのか?」

「中鉢野乃花だよ。あの『中鉢』の若女将で、ほら、あの三ツ橋の……」

「三ツ橋!?」

「三ツ橋って、あの?」

 

 彼女を見知っていたスタッフがいた。彼が隣の仲間に説明しはじめると、ブンブンとざわめきが広がると共に、注目が蜂球から、そこに込められた感情そのままに、野乃花に向いた。

 言葉も視線も、時に針や棘を持って人を刺す。

 野乃花の言葉は町子を刺し、人の視線が野乃花を刺した。そして、そこに含まれる成分が、毒となって激しい拒絶反応を引き起こす。

 野乃花は自分の身が震えてくるのを、必死で抑えた。

 ブンブンと音がする。

 選挙カーが公園に入って来て、所定の位置に停まった。

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