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001:ミツバチの分蜂

 ブンブンと音がする。

 中鉢ちゅうばち野乃花ののかは、力強い羽の震えが頬を打つまで、その音が遠くを走っている選挙カーのものだろうと気にも留めていなかった。

 何しろ今は、地方選挙の最中で、満面の笑みをたたえた候補者たちのポスターが道々に掲示され、朝になれば巣からハチが飛び出すように、それぞれの事務所から選挙カーが走り出していたからだ。彼らは蜜の代わりに票を集める。連呼される名前は羽音のように街に響く。

 本能的に身がすくむが、警戒はすぐに解かれた。

 ハチはミツバチだった。 

 “彼女”は野乃花の顔の周りを二、三周すると、目的地へと飛んでいった。人間には興味がなく、単なる障害物としか思っていないような動きだ。

 しかし、人間の方では、まるでミツバチが自分を呼んでいるような気がした。

 黄色と黒の小さな姿を追っていくと、街中にある緑豊かな公園に辿りつく。

 花見の時期は終わり、散歩する親子連れや、目前に迫った国際的なハーフ・マラソン大会に向けて黙々と練習する市民ランナー、木陰のベンチで休憩するサラリーマンなどで、のんびりとした場所に戻っているはずなのに、今日はどうも様子が違っていた。

 北側の広場に大勢の人が集まり、複数のテレビカメラや、新聞記者とおぼしき姿もある。

 一体、何があるのだろう。

 ミツバチを見失い立ち止まった野乃花に、出し抜けにチラシが差し出される。受け取ろうとしたものの、そこに印刷された名前を認めると、顔色を失い、焼けた鉄に触れたように手を引っ込めた。

 激しい拒絶に、チラシを配っていたオレンジ色の上着を着た人間が、訝しげな顔をする。

 だが、野乃花はそれを気にしている暇はなかった。公園から出るべく、辺りを見回す。

 野乃花も使った大きな出入り口からは、どんどんと人が流れ込んでくるので、南西側にある小さな出入り口の方に向かうことにした。少し遠いが、急がば回れだ。

 そのままいけば何事もなく、彼女はこの場から離れられるはずだったのに、たどり着く直前で、窓にスモークを貼った5ドアのミニバンが停まり、脱出口を塞いでしまった。

 困惑する野乃花の顔の前を、再びミツバチが飛ぶ。またもや、誘われるまま視線を巡らせば、公園の隅にある一本の木が目に留まる。どうやらそこが、“彼女”の目的地のようだ。

 ただ、その下には、オレンジ色の上着の人々も集まり、木の上にある蠢く大きな塊を、不安そうに見上げていた。

 塊は、まるで一つの意思を持った生き物のようにも見えるが、数千ものミツバチが重なりあって出来たものだった。

 不気味にも見えるそれを認めた野乃花は、しかし、感動と共に呟いた。


「ああ、分蜂しているのね」


 ミツバチの巣別れだった。

 元の巣を娘女王バチに任せた母女王バチは、半数の働きバチを引き連れて、新たな住処を探す。巣の場所が決まるまでは、女王バチを中心にして、数千から数万匹ものハチが固まった蜂球というものを作り、新居の場所を探しにいった仲間のハチの帰りを待つのだ。

 戻ってきたハチは、自分が見つけた候補地を巧みな八の字ダンスで仲間に伝える。すると別のハチがその場所に行く。相応しい候補地ほど多くのハチが赴くようになり、次第に一つに絞られていくのだった。


『ご覧、野乃花。ミツバチの世界でも大事なことを決める時は、多数決なのだよ。

"彼女たち"は真に群れのためを思い行動する……素晴らしいね』


 幼い日、同じように分蜂するミツバチを見ながら”祖父”はそう教えてくれた。

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