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014:女王バチの掟

 太郎は自分の知る野乃花の事情を話した。


「今年の春、妹の由利さんが大学を卒業するにあたって、自分も『中鉢』で働きたいと申し出ました。

大女将と仲居たちは大歓迎ですよ。

野乃花と大女将の折り合いはずっと悪かった。最近ではそれが『中鉢』の仲居にまで影響を与えてしまっていました。もう限界でしょう」


 一つの巣に、女王バチは並び立たない。だから先に羽化した姉バチが、女王バチ候補の妹を刺し殺して回るのだ。同時に羽化すれば、決闘だ。ただし、稀に、争いを避けるように、姉女王バチが出ていく場合もあった。

 『中鉢』の女王バチになるのは、由利だ。野乃花には野乃花の『巣』があるはずだ。


「その方が、由利さんにとってもいい」

「野乃花さんは中鉢の家で、幸せではなかったのですね。……どうしても野乃花さんを預かりたいと、結構、強引に連れて行ったのに」


 真人が悔やむと、太郎はもどかしそうに答えた。


「由香子さんと由利さんは、優しい人です。今頃きっと、すごく心配していますよ。野乃花が強情なんです。折れるってことを知らない。

大女将といい勝負ですよ。可愛げがなさすぎて、どうにもこうにも……」


 広瀬太郎が中鉢野乃花と出会ったのは、小学生の時だ。野乃花は東京からやって来た転校生で、『鄙には稀に見る美少女』だった。

 すぐに人垣が出来るが、彼女の素性が知れ渡ると、たちまち野乃花を揶揄する子どもが現れた。そういった相手に対しては、彼女の毅然とした態度は効果的だった。

 けれども、そうではない同級生たちにも、次第に距離を置かれるようになってしまう。


「野乃花はほら、口を開くとあんなでしょう? ギャップ萌ってのがありますけど、野乃花の場合、その反対なんですよね」


 人は花の棘に刺されると、迂闊に触れたことを省みるよりも、その花に対して理不尽な怒りを向けがちだ。大輪のバラならばまだ許せもしようが、野乃花なんて『都に居られなくなって、東下りしてきた』分際ではないか。

 太郎だって、ある一件がなければ、茨の垣根の向こうの野乃花に、敢えて近づこうとは思わなかっただろう。


「小野寺課長……野乃花はここに来てすぐに、中鉢の家から逃げ出したことがあるんです」


 学級委員として転校生の世話を頼まれていた太郎は、学校を二日、休んでいた野乃花に、提出物や連絡のプリントを持っていくことになった。

 そこで彼は見てしまったのだ。

 家出から連れ戻されたという少女が、反省するようにと、中鉢の大女将によって奥の座敷に押し込められ、食事も出されていなかったのを。しかし、野乃花は許しも請わず、泣きもせず、毅然と顔を上げていた。

 それは教室での野乃花と同じだったが、彼女を嫌い、からかった同級生ですら、口が裂けても「ブス」とだけは言えなかった愛らしい顔の左頬が真っ赤に腫れ上がっていた。

厳しいとはいえ、優しい祖父母両親に育てられた太郎は衝撃を受けた。

 「虐待だ」と訴えると、中鉢の大女将は「あれは私じゃありませんよ。広瀬のお坊ちゃん、変な言いがかりは止めて下さいな」と冷たく言った。野乃花も言った。「これは『中鉢』じゃないわ。『北上』がやったのよ」と。


「『北上』が……か」


 真人が痛ましそうに呟いた。


「『北上』って、あの『北上』ですよね?」


 太郎の脳裏には北上東の姿が浮かんでいた。


「ですが、東ではありません」


 確信に満ちた答えが返ってきたが、東と真人は親しそうだった。太郎は頭から信じることが出来ない。


「東ではないです。なぜなら、あいつが……あいつは、人に殴られる痛みを知っています」


 概念としてだけではなく、実際に味わっているのだ。

 それはやっぱり正論で、太郎に有無を言わせない迫力があった。

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