013:正論がよく似合う
野乃花は二×四ビルの六階にあるハーブガーデンの椅子に座り、あの祖父の形見の琥珀製のミツバチのブローチを手持無沙汰にもてあそんでいた。
二人の青年がその様子を室内から見つめた。
「野乃花さん、これからどうするつもりでしょう」
家出中と知られ、すぐに出て行こうとした野乃花を、美波が必死になって止めてくれた。
彼女がここの誰も頼るつもりはないようなのが、真人には不安でもあり、不満でもあった。
「立ち入ったことをお聞きしますが、小野寺課長は野乃花とはどういうご関係で?」
知り合いとは聞いたが、単なる知り合いにしては、野乃花の態度は打ち解けすぎている。太郎はこんな時だからこそ、興味をもった。 この事態を打開出来る人材かもしれない。
「幼馴染です」
「東京時代の?」
「そうです。
野乃花さんとは彼女が住んでいた三ツ橋邸で知り合いました。
……彼女のご両親に事情があって不在になった時、野乃花さんを小野寺の家で預かっていたこともあります」
「へぇ」と太郎は改めて真人を見た。
真人がぼかした野乃花の両親が不在になった事情とは、三ツ橋宗輔の疑惑に絡み、父親の三ツ橋亮が勾留され、母親の方は娘を置いて実家に帰ってしまったことを言う。実の母親にすら見捨てられた彼女に手を差し伸べたのが真人だとしたら、確かに野乃花の彼に対する信頼感は強いだろうと納得出来る。
「一か月ほど、一緒に暮らしました。
それから野乃花さんの父親の……その、恋人と言う女性が迎えに来て……」
「由香子さんですね。中鉢由香子さん」
真人は太郎が野乃花の事情をある程度、知っていると察して、踏み込んだ話をしようという姿勢を見せたので、それを後押しするためにも、太郎は自分の知る情報を開示するように相槌を打った。
中鉢由香子は、後に彼女の義理の母親となるが、三ツ橋亮の離婚が成立する前は、妻ある身の男の恋人……つまりは愛人だったのだ。
二人の青年は気まずそうに顔を見合わせる。
結婚生活が破たんしていたとしても、真の愛情で結ばれていようとも、野乃花にとって、由香子の存在は父親の裏切りでしかない。しかも自分の知らない内に、妹まで生まれていたのだ。容易には受け入れられないだろう。
「小野寺の両親は野乃花さんを養女にしても良いと許してくれたのですが、結局、中鉢家が彼女を引き取ることになりました」
「まぁ……実の父親の再婚した家庭に引き取るという以上、そうなりますよね。
そちらは親戚という訳でもないのでしょう?」
頷く真人に、太郎は不思議に思った。三ツ橋家と懇意にしていたことから、真人の実家はそれなりの家なのだろう。が、こう言ってはなんだが、三ツ橋家の権威は一晩にして失墜した。野乃花を預かる利もなければ、義務もない。
「じゃあ、なんで野乃花を預かろうと?」
「困っている人間がいたら助けるのは、当然のことではないでしょうか」
県庁の課長さんは、恐ろしいほど正論が似合った。
太郎はそれ以上、聞くことが出来ない。反論しようがなかったのと、彼らは野乃花を助けるために、認識を擦り合わせているのであって、そうでないことに関しては、この際、後回しだからだ。
野乃花にとって、真人は頼れる人間だということが分かれば、今はそれでいい。
「野乃花さん、これからどうするのでしょう」
真人はもう一度、太郎に聞いた。
今度は太郎が答える番だった。




