変人列伝
とんでもない美人だけど、超変わり者
いろんな人がごちゃまぜになる舞台の世界
舞台で出会った変わった人たち――そのⅠ
舞台という世界には、実にいろいろな人間が集まってくる。
美人もいる。
変人もいる。
天才もいる。
そして、本人だけが自分を普通だと思っている人もいる。
節子は、これまで何本もの舞台に立ってきた。
公演が決まれば、だいたい一か月前から稽古が始まる。
同じ作品の再演であっても、前回とまったく同じ顔ぶれになることは珍しい。二割くらいはキャストが入れ替わる。それが舞台の世界だった。
一つの舞台に出演する俳優は、平均して十人ほど。
そう考えると、これまで節子が共演してきた俳優は、ざっと百人近くになる。
百人もいれば、当然いろいろな人がいる。
「あの人、変わってたなあ」
稽古場からの帰り道、節子は時々そんなことを思い出す。
年齢は同世代が多かった。
上でも四十歳前後。下でも十八歳を切ることはなかった。
子役と共演した経験もない。
そんな中で、なぜか妙に記憶に残っている人が何人かいる。
その一人が、真央だった。
二十四歳。
大学に通っている頃からプロの舞台に立っていたから、キャリアだけでいえば節子より少し先輩だった。
演技はうまい。
ダンスもできる。
そして――何より、ものすごく美人だった。
しかも、ただの美人ではない。
性格まで明るい。
誰とでもすぐに打ち解ける。
稽古場に真央がいると、それだけで空気が少し明るくなるような女だった。
節子も、すぐに仲良くなった。
ところが、そんな真央が、ある日の稽古終わりに突然、こんなことを言った。
「私って、彼氏ができないのよ」
「……え?」
節子は思わず聞き返した。
何を言っているのだ、この女は。
彼氏ができない?
この顔で?
「きれいなのに、どうして?」
思ったことを、そのまま口にした。
「モテないの」
「うそよ」
即答だった。
「そんなこと、ありえないでしょう」
その日は稽古が終わったあと、二人で食事をしていた。
節子は酒があまり飲めないので、稽古終わりの飲み会には参加しないことが多い。
真央も酒が飲めなかった。
だから二人で帰って、そのまま食事をすることになったのだ。
そして、そこで聞かされたのが、この話だった。
「誘われることは多いのよ」
「でしょうね」
「でもね、深入りしそうになると、急に引いちゃうの」
「……なるほど」
節子にも、少しだけ分かる気がした。
ただし、節子の場合は、男なら誰でも嫌になるというわけではない。
むしろ逆だった。
心が動いてしまった男には、自分から沼へ入っていく。
しかも、かなり深いところまで。
その違いは大きい。
「告白されるんでしょ?」
「される」
「じゃあ、付き合えばいいじゃない」
「それが駄目なの」
「一度も?」
「一度も」
節子は、しばらく真央の顔を見つめた。
これだけの美女が、二十四歳にして彼氏歴ゼロ。
世の中は、どうなっているのだろう。
「今まで、気に入った男の子はいなかったの?」
「いなかったなあ」
「どうして?」
「理想が高いのかも知れない」
それなら分かる。
たしかに、美人には美人なりの苦労がある。
「どんな人が理想なの?」
節子が聞くと、真央は少しも迷わず答えた。
「お金持ちで、何をしても許してくれて、優しくって、可愛くて、私を世界一愛してくれる人」
節子は箸を止めた。
「……うーん」
「何?」
「お金持ちと、何をしても許してくれる人。この二つが、かなり難しいんじゃない?」
「でも、それは譲れないの」
「そう……」
節子は考えた。
俳優などという仕事をしていると、そもそもお金持ちと知り合う機会がそれほど多いわけではない。
ましてや、「何をしても許してくれる人」など、いるのだろうか。
仮にいたとしても、「何をしても」の範囲が問題である。
浮気をしても?
嘘をついても?
借金をしても?
それとも、もっと別のことまで?
恋愛というものは、案外、数学に似ているのかもしれない。
条件を増やせば増やすほど、該当者は少なくなる。
もっとも、人と人との出会いなど、確率計算だけでは説明できない。
明日、突然現れることだってある。
だから恋愛は面白い。
……まあ、節子の場合は、その「突然現れた男」によって、ろくでもない目に遭うことのほうが多かったのだが。
「節子は?」
不意に真央が聞いた。
「え?」
「節子の理想は?」
節子は黙った。
困った。
これは困る。
自分の男遍歴を、真央に話すわけにはいかない。
いや、話したところで、たぶん理解してもらえない。
自分でも、理解できていないのだから。
節子の恋愛を一言で説明するなら、
「なぜ、わざわざその男を選ぶの?」
という男ばかりを選んできた。
普通なら避ける。
警戒する。
近づかない。
そういう男に限って、節子は心を持っていかれる。
だから、「理想の男性は?」と聞かれても、答えようがなかった。
「うーん……」
適当に考えているふりをしながら、節子の頭の中では別のことがぐるぐる回っていた。
真央は理想が高い。
では、自分はどうなのだろう。
もしかすると――
「理想が低すぎるのかも」
そう思った。
しかし、それを口にするわけにもいかない。
そこで節子は、自分でも驚くようなことを言った。
「理想は理想として、それ以外の目線で男の人を見てみたら?」
言ったあとで、節子自身が驚いた。
なんだか、恋愛の先生みたいではないか。
真央は苦笑した。
「それができるなら、もうとっくに彼氏の一人や二人、できてると思うんだけど」
「……それもそうね」
節子は素直に納得した。
たしかに、その通りだった。
理想を捨てろと言われて捨てられるくらいなら、そもそも悩んでいない。
「そばにいてくれる人が欲しいと思ったことはないの?」
「そりゃ、欲しいわよ」
真央は即答した。
「私、男嫌いでもないし、LGBTでもないんだから」
そして少し間を置いてから、こう続けた。
「でも、いざ男の人から告白されたり、体を触られたりすると……遠くへ逃げたくなっちゃうの」
「……何となく、分かる気はするけどなあ」
「あるよね、そういうこと」
「うん。ただ、それって、そのときの状況とか、その場の雰囲気とかで変わるんじゃない? 私の場合はそうだけど」
「じゃあ、そういう雰囲気になったら、最後までいっちゃうこともあるの?」
真央が聞いた。
「……うーん」
節子は答えなかった。
曖昧に笑って、ごまかした。
この子とは、あまり深いところまで話さないほうがいい。
そんな気がした。
恋愛の話は、酒と同じだ。
少しなら楽しい。
飲み過ぎると、翌朝、後悔する。
それに、節子の男選びは、世間一般の常識から見れば、とても褒められたものではない。
いや、そもそも「常識」とは何なのか。
そんなことを考え始めれば、話は永遠に終わらない。
ただ一つ分かっていることがある。
普通の女性なら、自分に不利益をもたらしそうな男は、できるだけ避ける。
それが普通だ。
ところが節子は違った。
なぜか、自分に不利益しかもたらさないような男を選んできた。
過去を振り返れば、見事なほどにそうだった。
なぜなのか。
それについては、また別の章で読者氏にお話しするとしよう。
さて。
話を真央に戻そう。
真央のような、誰が見ても振り返るほどの美女でさえ、恋愛ではこんな悩みを抱えている。
そう考えると、節子は少しだけ安心した。
自分は真央ほどの美女ではない。
せいぜい――
「ちょい美人」
その程度だ。
だったら、自分の男選びが少々普通ではなくても、仕方がないのではないか。
美女でさえ恋愛に苦労するのだ。
ちょい美人が苦労したところで、何の不思議もない。
節子は、ずいぶん都合のいい結論を出した。
そして心の中で、世の中のすべての「ちょい美人」に向かって叫んだ。
――大丈夫。
――あなたたちは、まだ諦めなくていい。
――美女だって、恋愛では迷子になるのだから。
ただし。
節子自身が、その後どんな男たちに心を奪われ、どんな沼へ落ちていったのか。
それは、また別の話である。
まだまだいます
変わり者のお祭りです




