第5節「全覚醒(上)」
聖療院の空気が震えていた。
淡い金色の光が、天井近くまで揺らめいている。
「……っ」
シャーロットは苦しそうに呼吸を繰り返していた。
視界へ流れ込んでくる。
苦しむ人。
消えそうな命。
助けを求める声。
全部。
全部見えてしまう。
「止まれ……!」
レオンが低く言う。
だが。
シャーロットの聖力は止まらない。
むしろ膨れ上がっていた。
「助けたい……」
涙が落ちる。
「届いてほしい……」
その願いに呼応するみたいに、光がさらに強くなる。
「まずいねぇ……」
マリアが額へ汗を滲ませる。
「完全に限界越えてる」
半覚醒とは違う。
もっと深い。
もっと危うい。
「シャーロット!」
エリシアが必死に呼ぶ。
「戻ってきてください!」
だが。
シャーロットの瞳は、苦しむ患者たちへ向けられたままだった。
呼吸停止寸前の老人。
高熱で震える子供。
泣き崩れる家族。
全部見える。
「……なんで」
小さな声が漏れる。
「なんで届かないの……」
その瞬間。
ぶわっ――と、光が膨れ上がった。
「っ!?」
神官たちが息を呑む。
空気そのものが変わる。
暖かい。
でも。
どこか人間離れした気配。
「……世界が、応えてる」
ルナが静かに呟いた。
フレアの顔色も変わる。
「これ……半覚醒じゃない」
聖力が違う。
規模が違う。
質が違う。
「……」
レオンだけは、静かにシャーロットを見ていた。
灰色の瞳が揺れる。
「本当に、“神に愛された子”か……」
ぽつり、と零れる。
その時。
シャーロットの視界が変わった。
「……え」
音が遠くなる。
苦しむ声も。
慌ただしい音も。
全部薄れていく。
代わりに見えた。
命。
無数の光。
消えかけている灯火。
「……ぁ」
触れられる気がした。
届く気がした。
今なら。
今なら――
「シャーロット!!」
エリシアの声。
でも。
止まれなかった。
「助ける……!」
次の瞬間。
少女の背後から、巨大な金色の光が広がった。
聖療院全体を包み込む。
患者たちが目を見開く。
「身体が……」
「熱が引いて……」
淡い光が、人々へ降り注いでいく。
咳が収まる。
苦しそうだった呼吸が落ち着く。
崩れかけていた命が、少しずつ繋がっていく。
「……嘘だろ」
神官の一人が震える声を漏らした。
これはもう。
通常の聖魔法ではない。
奇跡だった。
「……っ」
だが。
シャーロットの身体が大きく揺れる。
負担が異常だった。
「シャーロット!」
エリシアが叫ぶ。
それでも。
少女は止まらない。
泣きそうな顔のまま。
ただ必死に、手を伸ばし続けていた。
少女は今――
“人が届く限界”を、越え始めていた。




