第5節「頼る(下)」
休憩室の窓から、柔らかな夕日が差し込んでいた。
「……」
シャーロットは椅子へ座ったまま、ぼんやり外を見ている。
静かだった。
診療室の慌ただしさが、少し遠く聞こえる。
「落ち着いた?」
マリアが温かい飲み物を机へ置いた。
「あ……ありがとうございます」
湯気が立っている。
少し薬草の香りがした。
「身体が冷えてる」
「……えへへ」
苦笑いしか出ない。
無茶をしていた自覚はある。
でも。
止まるのが怖かった。
「……」
マリアは向かい側へ腰を下ろす。
「怖かったかい?」
静かな声だった。
シャーロットは少し迷ってから頷く。
「……任せるの」
小さな声。
「もし、その間に間に合わなかったらって思うと……」
胸が苦しくなる。
届かなかった命。
助けられなかった人。
今でも忘れられない。
「うん」
マリアは否定しなかった。
「怖いよねぇ」
その言葉に。
シャーロットは少しだけ目を見開く。
「でもね」
マリアが静かに続ける。
「それ、“一人で抱える前提”なんだよ」
「……え?」
「自分が見なきゃ」
「自分がやらなきゃ」
「自分が間に合わせなきゃ」
マリアは優しく言う。
「でも本来、医療ってそうじゃない」
支える人がいる。
診る人がいる。
薬を作る人がいる。
運ぶ人がいる。
皆で繋ぐ。
「……」
シャーロットは静かに手を見る。
今まで。
自分が頑張れば届くと思っていた。
でも。
それでは限界が来る。
「聖療院も同じ」
マリアが笑う。
「“シャーロットだけの場所”にしたら、また潰れるよ」
その言葉が胸へ落ちる。
確かにそうだった。
一人へ依存した瞬間、また止まる。
「だから頼る」
静かな声。
「頼られる側だけじゃなく、頼る側にもなりな」
シャーロットは少し俯く。
頼るのは苦手だった。
迷惑を掛ける気がして。
「……迷惑じゃない?」
ぽつり、と零れる。
その瞬間。
「誰が?」
後ろから声がした。
「ふぇっ!?」
振り向く。
フレアだった。
「なんでそんな発想になるの!?」
「え、だって……」
「シャーロットが倒れる方が嫌!」
真っ直ぐな声だった。
その横で、ルナも静かに頷く。
「無茶を続ける方が問題だ」
「うぅ……」
逃げ道がない。
その時。
「シャーロットさん」
今度はエリシアだった。
「少し休んでいる間、現場は普通に回っていました」
「……」
「もちろん問題はあります」
「でも、止まってはいません」
その言葉に。
シャーロットは少し目を見開く。
自分がいなくても。
皆が動いていた。
支えてくれていた。
「……」
胸の奥が少し熱くなる。
「頼ってください」
エリシアが静かに言う。
「あなたが皆を支えてきたように」
「私たちも、あなたを支えたいんです」
静かな言葉だった。
でも。
温かかった。
「……っ」
シャーロットは小さく俯く。
泣きそうになる。
嬉しくて。
安心して。
力が抜けそうだった。
「……えへへ」
小さく笑う。
「じゃあ、ちょっとだけ頼ってみる」
その瞬間。
「ちょっとじゃ足りない」
レオンがいつの間にか入口に立っていた。
「れ、レオン殿下!?」
「ちゃんと休め」
相変わらず容赦がない。
でも。
以前より少しだけ、声が柔らかかった。
「……はい」
シャーロットが素直に頷く。
窓の外では、夕焼けが王都を赤く染めていた。
慌ただしい聖療院。
問題だらけの現場。
それでも。
一人じゃない。
支えてくれる人がいる。
少女は今――
少しずつ、“頼ること”を覚え始めていた。




