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11・結末

「僕は王太子の座をセドリックに譲る。大神官さまが僕を消した方がいいと仰せなら、僕はそれに従う……」


 王城に帰ってくるなり、アンドレーは生真面目な表情でそう言い出した。いつもの、私が愛した、皆の前では凛々しく毅然とし、私だけの前ではちょっと子どもじみてしまう、あのアンドレーだ。神殿に愛人を作り、その事を忘れ、自分の身の上を知っても取りあえず命が繋がったと無邪気に喜んでいた、初めて見た情けない姿と同じ人物とはとても思えない。

 セドリックとアイラも同じように感じたらしく、驚きと疑いの目で彼を見ている。けれどアンドレーは意に介さぬ様子で、陛下にこの事を申し上げなくては、と、セドリックを促して、二人でさっさと陛下の所へ行ってしまった。


「いったい何がどうなっているの……大神官さまがあんな事を嘘で仰る訳がないから、全て真実なのでしょうけれど」

「そうですわね。でも、セドリックが消されそうと思った時、わたくしは絶望で押し潰されそうになりました。やっぱりわたくしは彼を愛しているのだと思い知りましたわ」

「そう、でしょうね。セドリックが助かって良かったと私も思うわ」


 自分が人間でないと言われ、重すぎる事実に苦しんで、でもその運命を受け入れようとしたセドリック。立派だったと思う。それに対して、アンドレーは一体どうしてしまったのだろう。さっきの態度からは、神殿での事は何もかも悪夢だったのではないかとすら思えるのに。彼が本物の人間でなかった事より、愛人の事を隠して私に愛を囁いていたのだ、という事の方が私にはとにかく悲しかった。


―――


 数日後。

 陛下のたっての要請に応じて、大神官さまが王城においでになった。陛下と大神官さま、私たち四人で、極秘の話し合いの場が設けられた。

 陛下は、セドリックを王太子にするから、どうかアンドレーを消さないで欲しいと懇願される。婚約の事は元に戻そう、とも仰った。


「けれど陛下、僕にはシーマを、聖女を娶る資格などありません。もしも温情で生かして頂けるとしても、僕の事など、どこか辺境の地へやってしまって下さい……。シーマには他に相応しい相手が見つかるでしょう」


 アンドレーは私を見ずにそう言った。私もろくに彼を見る事が出来ない。この数日のアンドレーは、私が幼い頃から慕ってきた彼そのものだった。愛人については、本当に覚えていないのだけれど、悲しませて済まなかった、と謝罪された。いつもならば、私が怒っていると思うと逃げ回っていたのに、ちゃんと向き合って謝ってくれたのだ。それでも……私はどう考えていいのか判らない。忘れていたなんてあり得るのだろうか? 忘れていたのが本当にしたって、知らない所で修道女を妊娠させていたなんて事実自体が許せるものではない。


 けれど、大神官さまのお声が私の悲しい思考を遮った。


「辺境の地など駄目です。アンドレー王子はこの王城か近くに、聖女どのと一緒にいて頂く。これが、アンドレー王子が生きる条件です」


 何故。アンドレーに消えて欲しくはないけれど、辺境に行ってしまって二度と会わないのならば、いつかこの胸の痛みも忘れられる日が来るかも、とも思ったのに。ああ、でもやっぱりアンドレーと二度と会えないというのも辛い。

 訝しむ私の視線にぶつかって、大神官さまは、


「聖女どのも戸惑っておいででしょう。数日前、私は、聖女が人造人間と結ばれるなんて絶対に駄目だと申し上げたばかりですからな。しかし、あれから私は封印していた禁呪の魔導書を紐解き、もう一度調べ直したのです。アンドレー王子を造った若い頃は、ただ大きな魔道を成し遂げる事ばかりを考え、後の事などあまり考えていませんでしたからな。そうして、実は陛下の直感が正しく、私は思い込みに囚われていたと知ったのです。魔導書にははっきり書かれていました……人造の人間が真の人間になるには、聖なる者とめおとになるしかないと。確かに、迷える者を救うのも、聖女の務めでもある……」

「……!!」


 そんな。では、アンドレーを救う為に、私はまだアンドレーを許せていないのに、妻にならねばならない? アンドレーを救いたいけれど、でも、私は彼が信じられない……。

 

「聖女どの。説明せねばなりますまい。アンドレー王子は、この王城の陛下の私室で生まれた。真の人間でない彼は、この場所から遠く離れると、きちんと自我を保てなくなるのです」

「……え」

「修道女シェリーの話は聞きました。無論、神に仕える事を誓った彼女が誘惑に負けた事は許しがたい事ですが、彼女を誘惑したアンドレー王子、そして先日のアンドレー王子の振る舞いは、彼が元々属していた虚無の世界から引き寄せられたものが彼を狂わせてしまった事が原因だったのです。聖女どのは、この王城とその周辺、城下町以外に一緒に出向かれた事がおありでないとか。彼のらしくない行いは全て、彼のせいではないのです」

「そんな……そんな事って」

「聖女どのの夫となり、真の人間としての日々を重ねれば、自我を保てなくなる事はやがて克服出来るかも知れません。けれど、勿論聖女どのに無理強いは出来ません。どうしてもお嫌であれば、やはり私が責任を持って彼を消さねば、後々の禍に繋がる可能性も……」


 そんなの、脅迫みたいじゃないの! だけど。


「……アンドレー、じゃあ、本当に、本当の貴男は私だけを愛してくれるの……? 昔も今も? ずっと?」

「勿論。でも、今の話を聞いて恐ろしくもなった。僕がまた、きみのいないところで自我を失ってしまったら、またきみを傷つけるのかも知れない、と思うと……」


 憂いを帯びた誠実な瞳は、確かに私のアンドレー。


「大神官さま。元々私はアンドレーの婚約者ですもの。婚約者を助けるのは、当然の事ですわ」

「良いのですか?」

「良いも何も……私たちはずっと愛し合って来たのです。陛下、よろしいでしょうか?」


 陛下は涙に濡れた目で私を見つめられて、


「済まない、シーマ。これも私の息子なのだ。末永く宜しく頼む……」


 と頭を下げられた。


―――


 一年後。

 セドリックの即位式と共に、セドリックとアイラ、アンドレーと私の結婚式は盛大にとりおこなわれ、国中からの祝福を貰った。

 勿論、アンドレーの出自については秘密だ。アンドレーは病が見つかって国王を務める事は難しいが、王族としての職務は可能である、という理由でセドリックと交代した形になっている。セドリックは軽薄な印象を打ち消すべく勤勉な姿を見せ、誰も異を唱える者はなかった。セドリックは、兄が時々人が変わったような行いをするのを気にして、わざと自分を低くするよう振る舞っていた、それでもアイラを裏切るような事はしていない、と後から打ち明けて貰った。


「シーマ。本当に僕で良かったの?」


 とアンドレーが不安げに囁く。


「勿論よ。もうおかしくならないように、ずっと私が傍にいるわ」

「うん、ありがとう。おかしいな、今はもう、きみが怒るかも、と思ったって怖くない。きみを悲しませないように大事にしなくては、と思うばかりで」


 私はにっこり笑って、


「だってあれは、私が苦い薬湯を飲ませたせいなんでしょ? 私、もうそんな事しない」


 私たちは、祝いの花火が上がる中、バルコニーに立ち、ゆっくりと距離を近付けた。


「甘い思いを、させるから……させてね?」


 アンドレーの唇が近づいてくる。私たちは甘やかで幸せな時間を重ねて行った。


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