01 物ローグ
思考にラグが生じている。
表現として、本来これは不適切な筈なのだけれど、
現状自身の感じているこの重苦しさは、そう言い表すのが最も簡潔で、しっくりと来る言い回しだった。
端的に、率直に言えば気分が重い。
あらゆる事柄に関心が持てない。
ひどく沈鬱な感覚が、心に巣食って存在する。
そうして私、果古戸なごとの独白は、自問の域を出ない。
鈍い身体を起こして、眺める。
現在時点進行形で、私の身体の周辺には、金銀財宝が散らばっていた。
「…………」
俗にいう宝物庫、だろうか。
宝の山に埋もれている自身の姿がなんとなく滑稽で、こんな強欲な夢を私は見ているのだろうかと、意識の向こうで感じた気がして、それにうっすらと呆れている。
深く思考が沈まない。
上手く動かない手を持ち上げて、自分の頬を抓り上げた。
「…………」
痛くない。
それどころか、何も感じなかった。
自身の手の感覚も、抓られている頬の感覚も、揃って一切の触覚が反応していない。
私はおそらく、同じ体勢で長時間この宝の山に埋もれていたのだろう。
だから血が通わずに痺れているとか、原因を考えればきりがない。
けれど厚手の手袋越しだとか、麻酔のかかった時の感覚だとか、そんな柔なレベルではない。
それはきっと、触覚自体が存在していないのだと。
そう……、自然と断言できた。
そんな状態なのに段々と馴染むように、腕は私の思った通りに、きっちりと動くようになる。
今自分がどれ位の握力で頬を掴んでいるのか。
自分の頬の弾力や、これがどんな材質なのか。
それらが数値として要素として、不自然なくらい膨大な情報が、直に頭に流れ込んで来ていた。
気持ちが悪い。
気味が悪い。
意味が、解らない。
私の思考には、そういった感情が存在しているはずだ。
しかし、その憶測を胸中で確かにしていても、自身の感情そのものに、それらは微塵も感じ得ない。
はぁ、と息を吐く。
息を吸っても、吸わなくても、苦しさなど感じてはいない。
それでもモーションとして形として、落ち込んだようなポーズをとる。
そうして思考を切り落として、再び私は自身を取り巻く辺りの情景へと、視線を巡らした。
金貨の海。
比喩抜きで実際泳げそうな程の、常識はずれなまでの物量。
無言のままにその中の金貨一枚を摘み、指で持ち上げ見定める。
「…………」
紛う事なく、それは100%の純金製。
精緻に描かれた幾何学的な文様も、芸術の域に達していて、それだけでこの価値が窺えた。
金貨そのものの大きさ、重さ、性質さえも、手に取り正確に観測出来る。
感覚は無いのに、知覚だけが先んじて、理解だけが加速する。
何故解るのだとか、どうして確信出来るのだとか、余計な思考が押し退けられて、その末術なく潰れていった。
さらに加えて見渡せば、金貨同様純金製だろう壺や食器。
巨大な宝石があしらわれた無駄に贅の尽された腕輪と首飾り。
きっと謂れがありそうな、重厚に輝く一振りの直剣。
目に映る全てが煌びやかだ。
それ故に品が無くて、いっそ悪趣味な空間。
だけど、これだけは間違いない。
これだけあれば、一生遊んで暮らせるだろうと。
これだけあれば、おおよそ何でも出来るだろうと。
紛れもない事実として、私はただただ直観する。
そんな思考に耽っていた私の前には、鏡があった。
金貨に半ばまで突き刺さった様にして、埃も被らず存在する。
大きな、横幅でも全身を映せるだけの、巨大な姿見。
縁にはこれもまた盛大に、贅沢に、過度な装飾が施されている。
そしてその鏡面には、財宝に埋もれた自身の姿が映っていた。
色素の抜け落ちた純白の毛髪。
10代前半の、幼い、小柄な体躯。
感情の見え無い、無機質な表情。
自分を覗く、温度の無い瞳。
血の気の無い、無機物な肌。
解る。
理解、出来ている。
物だ。
疑う余地も無く。
胸に手を当てても、耳を澄ましてみても、やはり心音は存在しない。
腕を見れば、脳内には見慣れない文字でその名称が書かれていた。
『ヒトガタ:ニガタ』
それでも、読めている。
脳内に知らない知識が流れて来ている。
いや、今や「脳」なんて器官は実際に存在していない。
インプットされているデータを、文字通り読み込んでいるに過ぎないのだ。
この身体はこの世界に用意された受け皿であると。
人工知能として組み込まれていると。
今の私は認識では無く、そう実感していた。
誤字などあったら教えて下さい。
2/27 自分の容姿についての記述を加筆しました。