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28/28

ep28

辺りには香ばしい匂いが立ち込めていた。

パチパチと薪(まき)が爆(は)ぜる音がしている。


「思わぬ晩飯にありついたぜ。」

「自分達で仕留めた獲物を食べるって

こんなに旨えのか…」


切り分けた赤猪を皆で頬張りながら、焚火の炎で

オレンジ色に染まった顔の受験生達は

さっきの戦闘での立ち回りを語り合っていた。


「それにしても、あんたの意外な特技には

驚かされたわ、ラッツ。」

シルヴィが少し離れた場所で肉にかぶりついている

ラッツに言った。


「ふん…」

ラッツは一瞥もせず、鼻を鳴らした。



少し前——

目の前に横たわる赤猪。


「おい! この猪、焼いて食おうぜ!」

誰かが言い出した。


「で…どうやって…?」

全員が猪を呆然と見つめている。

まあ、確かに、捌かなければ食えないな…


そしてなぜか俺に視線が集中した。

って事で俺が捌く事になったが…

前世で何度かやった事はあるが…巨大すぎる…!


仕方なく俺は逆さに吊るされた猪にナイフを入れ

拙い手さばきで捌きだした。


その時

「おい! 見てられねえ、銀髪! どけ!」

ラッツが俺を押しのけた。


そして、慣れた手さばきであっという間に

猪を解体していったのだ。


すごい…

俺は素直にそう思ったのだった。



そして今———

「ねえラッツ! なんであんなに上手く捌けるの?」

シルヴィが言った。


「うるせえ! 色々あんだよ!」

そう言ってラッツはあっちを向いてしまった。


「素直じゃないんだから」

ジルヴィがため息交じりに言った。


皆が敬遠するラッツにシルヴィは平然と

話しかけている。

そんな事を自然とやってのけるシルヴィに

俺は少しだけ嫉妬した。

俺にとってそういうのは苦手分野だったからだ。


ふと見るとシルヴィとラッツのやり取りを

笑顔で見つめ、かすかに何度か頷いている男がいた。

スタイナーであった。



「そう言えばシルヴィ、君達が襲われていた黒い影って

何だったの?」

ラッツが鋭い視線を俺に向けた。


「!? アシュリー君、なんでその事を?」


「あ…いや その…」

迂闊だった。つい口走ってしまった。


「やっぱり! あなただったのね! そんな気がしてたの。」


シルヴィの反応は意外だった。


「おい!銀髪! テメエ 余計な事しやがって」

ラッツが声を荒げた。


「アシュリー君は助けてくれたんでしょ!?

それに比べてあんたはへばってたじゃない!」


「なんだと、さっきからテメエ…」

ラッツは手に持った肉を地面に叩きつけた。


ああ…余計な事言わなきゃよかった…


「まあ、ちょっと抑えてよ…

僕が悪かったよ。」

その言葉が更にラッツに火を点けた。


「はっきり言って最初から俺はテメエらが気に食わねえ

んだよ! 謝りゃいいってか? 

感謝しろってか!? ああ!?」


全員が静まり返った。

虫の鳴き声だけが聞こえる。


スタイナーや試験官たちは黙って見ている。


「強い奴が弱え奴の上に立つ。それだけだ。クソが!

おい! 銀髪、テメエ俺と勝負しろよ。

もしお前が俺に勝てたら俺はなんでもいう事聞いてやる。

だが俺が勝ったらお前は今日から俺の下僕だ。」


なんだよ面倒くせえ…

まあ それでも…


「僕は別に構わない。

どうでしょうか? スタイナー団長。」


俺も一度はっきりさせたかった。

こういうやつが一人いるだけで全体の

行動に影響が出るからな。


「ふむ…お前は…」

と スタイナーが言いかけた時。


「ラッツ君。僕たちを巻き込まないで。」

声の主はカイトだった。


「ああ!?」


「君にどんな事情があるのかは知らないけど

今は試験中なんだ。

僕たちはどうにかして与えられた課題をクリアしなくちゃ

ならないんだ。」

カイトはラッツの前まで来て立ち止まった。


ラッツの拳は硬く握られ、かすかに震えていた。


しまった…俺も頭に血が上っていた。

カイト…すまない。


「スタイナー団長、申し訳ありませんでした。」

俺は深く頭を下げた。


「はっきり言おう。」

スタイナーが口を開いた。


「お前らがここで殴り合いをしようが

一向にかまわん。

もしもそれでけが人や死者が出たら

俺は監督不行き届きで処分されるだろう。」

スタイナーは剣を地面に突き立てた。


「だが、そんな事よりもっと重要な事がある。

それにより未来の戦力が削がれ、いずれ他国の蹂躙を

許す事に繋がる。」


パチン!と焚き木が爆ぜた。


「お前たちはこの1週間を勝ち抜いた。

志(こころざし)があっても脱落していった者も多いだろう。」


ただ虫の音とパチパチという焚火の音だけが聞こえた。


「国に仕える事が嫌ならそれでもかまわない。

もしそんな者が居れば

明日の朝、俺たちが王都まで安全に送り届けてやる。

そして帰って親の跡を継ぐなり、自由に生きればいい。」


ラッツは問題を抱えている。

だが問題を抱えているのはラッツだけではないのだ。


「我々が試験を通して見ているのは、個人の好き嫌いではない。

個々の行動原理が”この国に忠誠を誓う”という事かどうかだ。」


何も言う事はない…


「ラッツ・ビッターデン君。

君は優秀な受験生だ。だが、我が国の問題以前に

自分の問題を先に解決すべきではないのか?」


ラッツがピクリと顔を上げた。


スタイナーはそれ以上何も言わず、他の試験官と共に

テントの中に消えていった。



「あんな奴、放っておきましょ!

食事の続きたのしみましょう!」

シルヴィがおどけて見せた。


シルヴィの背中越しに

焚火の向こうで親指の爪を噛みながら

地面を見つめるラッツの姿が炎で揺らめいていた。


「そういえばカイト、スーミーってなんで

あんな怪我をしたの?」


「うん…あれね、最後の川を渡って崖を上っているとき

大きな岩が転がり落ちてきたんだ。

それが僕に当たりそうになって、その時スーミーが

僕を突き飛ばしてくれて…」


「そんな大きな岩、このあたりの地層には

無いと思うんだけどな。」

まあ、なんとなく匂うが…


「そうなんだ…実は…僕もちょっと思ってる事があって…」


「どうしたの?」




一方試験官のテント――


「それは間違い無いのだな?」

スタイナーが言った。


「間違いありません。」

スーミーがはっきりとした口調で答えた。


「つまり、カイト・ジグナールめがけて岩が落ちてきたと。」

試験官の一人が言った。


「はい、そして、崖の上に人影も見えました。」

スーミーの声は少しだけ震えていた。

スーミーは震えを収まらせるようにゆっくりと息を吐いた。


「やはり…」

スタイナーは呟いた。

そして試験官と頷きあった。



シニカの洞窟の少し離れた木陰で、ローブをかぶった何者かが

ニヤリと笑った。



◆



「あなたなんて産まなきゃよかった!」

幼い少年の顔に熱いコーヒーがかかった。


「奥様!!何を!」

メイドが慌てふためく。


ラッツはその場に立ち尽くしたままだった。

顔を伝って流れ落ちたコーヒーは

ラッツの涙をカモフラージュするのに丁度良かった。


「あなたのせいで、マリアンは…

出て行って! 顔も見たくない!!」

ベッドの上でラッツの母が怒鳴った。


「ラッツ坊ちゃん、お気に病む事はありません。

双子の妹君が死産だったのは

坊ちゃんのせいでは決してありません。」

メイドが言った。


――――


「わかっておるな、ラッツ。

ワシは苦労して爵位を授かった。

この国の貴族の末席にやっと加わる事ができたんだ。

兄たちに比べお前は…

ハア…出来が悪い。

よいな、試験は合格以外はあり得ぬ。」

ラッツの父がため息をつき、額に手を当てた。


ラッツには歳の離れた二人の兄がいた。


「おい 今から稽古をつける。

錬成場まで来い。」

一番上の兄の冷酷な青白い顔はまるで死人のようだった。

ゴミを見るような目でラッツを見る彼は

これまでラッツを名前で呼ぶことは一度もなかった。


「おいラッツ! 兄貴との稽古が終わったら次は俺だ。

そのあと、俺の部屋の片づけだ」

二番目の兄の耳には多数のピアス、首には派手な

ネックレスが巻かれていた。


―—――


「何度言えばわかる」

一番上の兄は感情のない太い声で言った。


ラッツの体は痣だらけだった。

うずくまった地面に血が滴り落ちた。


「おい…やりすぎじゃねえか?」

「まだ8歳だぞ…」

周りの囁く声がかすかに聞こえた。


「おい! 今言った奴誰だ? ああ?」

二番目の兄が怒鳴る。

そして辺りを一瞥した。


「お前か?」

二番目の兄は、偶然視界に入った練習兵を指さした。

そして持っていた木刀の先を思い切り

その兵の腹に突き立てた。


「ぐっ!…」

その兵はうずくまった。

二番目の兄はうずくまった兵に木刀を叩きつけた。

何度も何度も。

「誰のおかげで飯が食えてんだ!?ああ!?」


二番目の兄は向き直り。

「兄貴、そろそろ俺と交代だ。」


そう言った。


二番目の兄との稽古は、稽古と呼べるものではなかった。

一方的な暴力がただ繰り返された。

「お前の…せいで…母さんは…!!」

容赦なく木刀はラッツの背中に振り下ろされた。


「それ以上は…」

地位の高い兵が二番目の兄にそう進言するまでに

ラッツはすでにぼろ雑巾の様になり果てていた。


「おい、俺の部屋の掃除忘れるな。

しなかったら殺すからな。」


ラッツはもはや痛みという感覚は麻痺していた。

腕が折れているのかもしれない、足が折れている

のかもしれない、だがそれでもそんな体を引きずって

二番目の兄の部屋に辿り着いた。


部屋はまるで賊が押し入ったように散らかっていた。

転がる酒瓶、割れたグラス、ベッドは乱れ

嘔吐物や液体があちこちにばら撒かれていた。


いつの間にか涙がこぼれていた。

そしてラッツはそのまま意識を失った。


ラッツが目を覚ますと

綺麗な装飾の施された天井が見えた。


「目が覚めましたか?ラッツ坊ちゃん。」

この声は…唯一安らぎを覚える声だった。

メイドのロッテルだった。


「ロッテル…

はっ!! そうだ、お兄様の部屋の掃除…」


「大丈夫です。

私のほうでやっておきましたから。

ラッツ様がやったという事にしておきます。」


午後の日差しは

窓際の生け花を取り換えながら微笑む

ロッテルの横顔を柔らかく照らしていた。


「天使…」

ラッツは思わず呟いた。


「え? 何か言いましたか?」


「う…ううん なんでもない」

ラッツは慌てて反対に寝返りをうった。


だがそんなささやかな幸せも長くは続かなかった。



◆



ラッツはゆっくりと目を開けた。

「夢か…」

額にはびっしりと玉の汗が付着していた。


気が付くと、自分の上に布が被せられていた。


「シルヴィだよ…僕じゃない

僕は借りに行っただけだ。」


薪(たきぎ)の火は弱まり、オレンジ色の炭が燻(くすぶ)っていた。

辺りは静まり返っていた。


「全員寝てるよ。」


「……」

寝袋にくるまれた受験生たちが辺りに点在していた。


「ずいぶんとうなされてた。」


「チッ…余計な…」


「僕は寝るよ。夜明けまであと一時間ある。」

俺は寝袋に体を滑り込ませた。


「俺は…」

ラッツが呟いた。


「?」


「合格しなきゃならねえ…」

ぽつりと言葉を絞り出した。


「……ああ」

俺だって…

俺は心の中でそう呟いた。


それを聞いていた、シルヴィもカイトも目を閉じた。

その顔は少し笑顔だった。

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