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幽世の燈 -かくりよのあかり-  作者: 栖崎
第一章

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第三話 妖都

木立を抜けた先で、私は思わず立ち止まった。


そこに広がっていたのは、町というより、ひとつの巨大な都市だった。


高く積み重なるような和風の建物が隙間なく並び、その屋根の上にも、その奥にも、さらに別の建物が見える。塔みたいに空へ伸びる楼がいくつも立っていて、回廊や橋のようなものが複雑につながっていた。どの建物も瓦屋根や格子窓を持っていて、遠目には古い都みたいなのに、そこかしこに青白い光が流れている。灯籠みたいな形の灯りが軒先に浮かび、橋の下や楼の壁面には、細い筋になった光が絶えず走っていた。


それだけでも息を呑んだのに、もっと驚いたのは、その下を埋める人の多さだった。


通りには、人とも妖怪ともつかないものたちが途切れなく行き交っている。大きな荷を背負ったもの、長い耳を揺らして笑うもの、顔の半分を面で隠したもの、頭に小さな角を生やしたもの。着物みたいな服を着ているものもいれば、もっと動きやすそうな短い上着に袴みたいなものを合わせているものもいて、服装もばらばらだった。


そのあいだを、人にしか見えないのに動きが妙に正確なロボットのようなものたちが、荷車を引いたり、箱を運んだりしながら休みなく進んでいた。最初は本当に人だと思った。けれど、角を曲がるときの向きの変え方も、荷を持ち上げる動きも、どれもきっちりしすぎている。目が合ったと思ったのに、そこには何の感情もなかった。


声が飛び交っていた。

足音が重なっていた。

どこかで鈴みたいな音がして、別の場所では誰かが呼び込みみたいに大きな声を上げている。

焼けた甘い匂いと、香みたいな匂いと、知らない薬草みたいな匂いが風に混じって流れてきた。


まるで、知らないお祭りの真ん中にいきなり放り込まれたみたいだった。


「……すごい」


思わずこぼれた声に、椿がちらりとこっちを見る。


「だろ」


得意そうに言ってから、肩をすくめた。


「まあ、都の入口あたりなんてまだこんなもんさ。中心に近づいたら、もっとひどいよ」


「ひどいって言い方はやめろ」


前を歩いていた白嶺が、振り返りもせずに言う。


そのときだった。


「きゃっ、白嶺様じゃない?」


「ほんとだ……!」


通りの向こうから、ぱっと明るい声が上がった。


私はびっくりしてそっちを見る。二階の回廊みたいな場所にいた女の人たちが、身を乗り出すようにしてこちらを見ていた。着飾っている人もいれば、店先に立っていたらしい人もいる。年上っぽい人も若い人も、みんな一様に目を輝かせていた。


「白嶺様、今日はおひとりじゃないのね」

「相変わらず綺麗……」

「こっち向いてくださらないかしら」


黄色い声、という言葉が、頭の中にそのまま浮かんだ。


白嶺は足を止めない。けれど、さすがに聞こえていないわけじゃないはずなのに、何の反応も見せなかった。顔色も変わらないし、歩く速さもそのままだ。


その横で、椿がにやにやしだす。


「ほらきた」


「うるさい」


「いやあ、相変わらず人気者だねえ、大天狗様は」


「君が面白がるから余計に鬱陶しい」


白嶺はそれだけ言ったけれど、椿はまるで気にしていなかった。


「でもまあ、気持ちはわかるよ。あんだけ派手に目立ちゃね」


「椿」


「怒るなって」


二人のやりとりを聞きながら、私は思わず白嶺を見上げた。

たしかに目立つ。白い翼だけでも十分なのに、顔も声も、立っているだけで周りと違って見える。あれだけ人がいても、すぐに見つけられてしまうのもわかる気がした。


けれど、目立っているのは白嶺だけじゃなかった。


「おい、鬼の姐さん!」


今度は通りの反対側から、太い声が飛んだ。


振り向くと、露店の前にいた大きな男がこちらへ手を振っていた。腕が丸太みたいに太くて、肩幅も広い。ひとりだけじゃない。似たような体つきの男たちが何人もいて、みんな面白そうに椿を見ている。


「今日こそ勝負してくれよ!」

「この前は途中だったじゃねえか!」

「逃げんなよ、椿!」


椿は足を止めて、心底あきれたみたいに息をついた。


「誰が逃げるかい。あたしは急いでんだよ」


一刻(いっとき)くらい減るもんじゃねえだろ!」

「それとも今日は連れがいるから無理か?」


その言い方に、椿の眉がぴくりと動く。


「はあ?」


さっきまで白嶺をからかって笑っていたのと同じ人には思えない声だった。低くて、少しだけ嬉しそうでもある。


「無理かどうか、試してみるかい」


「よせ、椿」


白嶺がやっと振り返った。


「今は寄り道をしている場合じゃない」


「わかってるよ」


そう言いながらも、椿はもう半歩、そっちへ踏み出している。

男たちも完全にやる気になっていて、誰かが「おっ」と笑い声を上げた。


私は思わず椿の袖を見た。

今にも本当に始まりそうな空気だった。


でも、椿は少しだけ首を鳴らしただけで、結局それ以上は進まなかった。


「今日はやめといてやる」


「何だよ、つれねえな!」

「次見かけたら相手してくれよ、姐さん!」


「気が向いたらね」


椿は片手をひらひら振って、それだけで終わりにした。

男たちは残念そうにしながらも、どこか楽しそうだった。


その様子を見て、私は目を丸くする。


「……椿、ああいうの、よくあるの?」


「あるねえ」


本人はあっさり答えた。


「力比べしたがる連中は多いからさ。特に都は暇なのも多いし」


「暇ではない。ただ君が目立つだけだ」


白嶺が言う。


「え、何だいそれ。喧嘩売ってんのかい」


「事実を言ったまでだ」


「アンタほんとそれ好きだね」


また言い合いが始まる。

けれど今の私は、さっきまでより少しだけ落ち着いてそれを聞けていた。


この都にはたくさんの妖怪がいる。

その中で、白嶺は慕われるみたいに見られて、椿は挑まれるみたいに見られている。


それだけで、二人がこの世界でただの通りすがりじゃないことが、なんとなくわかった。


そして、その二人に挟まれて歩いている私は、やっぱりとても目立っていた。


すれ違う妖怪たちの視線が、ときどきこっちへ向く。

不思議そうな顔をするものもいれば、あからさまにこちらを振り返るものもいた。


人間だからだろうか。

それとも、もっと別の理由があるんだろうか。


考えかけたところで、白嶺が少しだけ歩調をゆるめた。


「燈」


「……え?」


「離れるな」


短い言葉だった。

でも、その一言だけで胸の奥が少しだけ静かになった。


私はこくりと頷いて、もう一度、目の前に広がる巨大な都を見上げた。


知らない世界。知らない街。知らない人たち。

怖いのに、目を離せない。


この都のずっと奥に、雲仙様がいる。

そう思うと、胸の奥で小さく何かが鳴るみたいだった。





通りを進むうちに、私は何度も足を止めそうになった。


人が多いだけじゃない。

この都は、動き方そのものが私の知っている町と違っていた。


通りの端を、細長い箱みたいなものが音もなく滑っていく。最初は荷車だと思ったけれど、よく見ると誰も引いていない。箱の下に車輪らしいものはあるのに、押す人もいなければ、前で綱を引く獣もいなかった。


「……あれ」


思わず指さすと、椿がそっちを見た。


「ああ、運搬箱か」


「運んでる人、いないけど」


「いないよ。あれは自分で動く」


私は思わず箱を見直した。

木箱みたいな見た目なのに、まるで行く先が最初から決まっているみたいに、通りを曲がり、人混みを避けて進んでいく。途中で人型のロボットが二体、同じような箱とすれ違ったけれど、ぶつかりそうになる前に、どちらも少しずつ向きを変えてするりと避けた。


「どうして……?」


妖工霊力(ようこうれいりょく)で動いてるからさ」


椿は簡単に言う。


「ようこう、れいりょく……?」


「人間の町でいう火とか電気とか、そういうもんの代わりだと思いな」


横から白嶺が補う。


「正確には少し違うが、認識としては遠くない。霊力を加工して、道具や建物の動力として使えるようにしたものだ」


私はまた周りを見た。


さっきから建物の壁や橋の下を走っている青白い光の筋も、そう言われるとただの明かりじゃない気がしてくる。細い川みたいに都の中を巡って、いろんな場所へ流れ込んでいるように見えた。


「じゃあ、あの光も?」


「ああ」


白嶺が頷く。


「都の中を流れている妖工霊力の路だ。灯りも、運搬箱も、傀儡(くぐつ)も、だいたいはあれで動く」


「……傀儡?」


ちょうどそのとき、前から人影が歩いてきた。


私は反射的に道を空けようとして、それが傀儡だと気づく。

人にしか見えない。歳の近い女の人みたいな見た目で、両手に細長い包みを抱えている。けれど歩き方が妙だった。背筋の伸び方も、足の出し方も、まっすぐすぎる。瞬きも、笑いもしない。


それなのに、向こうは私たちの前でぴたりと立ち止まると、通り過ぎやすいように半歩分だけ横へずれた。まるで人の気持ちがわかっているみたいだった。


「ひ、人じゃないんだよね……?」


「違うよ」


椿が面白そうに笑う。


「傀儡。見た目は人に寄せてるけど、中身はからくりみたいなもんさ。荷運びもするし、案内もするし、店番や見張りをやるやつもいる」


「そんなのが、こんなに普通に……」


「都じゃ珍しくない」


白嶺の答えはあっさりしていた。


「人手だけでは回らないからな。政治も(あきな)いも職人仕事も、この都には集まりすぎている」


私はもう一度、通りの先を見た。


高い楼。人の波。空中をつなぐ橋。誰も引いていない運搬箱。感情のない顔で歩く傀儡。灯籠みたいに見えるのに、ただの火じゃない明かり。


古い都みたいなのに、私の知っているどの町よりもずっと便利で、ずっと忙しそうだった。


「……変なの」


ぽつりとそう言うと、椿が吹き出した。


「そりゃそうだろ。異界なんだから」


「でも、思ってたのと違う」


「どんなのを想像してたんだい」


「もっと……昔話みたいな感じ」


「昔話みたいだろ、見た目は」


「見た目はそうだけど」


私は通りの向こうで、傀儡が別の傀儡と一緒に荷を積み替えているのを見た。

その動きは少しも無駄がなくて、人間の店員さんより手際がいいくらいだった。


「中身が全然ちがう……」


その言葉に、白嶺がわずかにこちらを見る。


「人間界のものと比べるなら、そうだろうな」


「比べるっていうか……」


私はうまく言葉にできなくて、黙りこんだ。


人間の世界にも、きっと便利なものはたくさんある。けれど、こんなふうに昔の絵巻みたいな見た目をした町の中で、人じゃないものが当たり前みたいに働いている景色なんて、見たことがなかった。


通りの向こうでは、巨大な楼の壁面に沿って、青白い光が筋になって上へ走っていく。

その先で何かが動いたと思ったら、上の階へ荷が持ち上がっていった。


「今のも妖工霊力?」


「そう」


椿が答える。


「昇降機さ。都は上にも広いからね。階段だけじゃやってらんない」


「しょうこうき……」


「難しく考えなくていい」


白嶺が言った。


「この都は、霊力を使って多くのものを動かしている。それだけ覚えていれば十分だ」


「十分じゃないだろ、燈は今めちゃくちゃ混乱してる顔してるよ」


「見ればわかる」


「じゃあもうちょい優しくしてやんな」


また二人がそんなやりとりを始める。


私は思わず、通りの上を見上げた。


屋根の上にさらに屋根があって、そのあいだを橋がつないでいて、灯りや人影が絶えず動いている。都そのものが大きな生き物みたいに、休みなく息をしている気がした。


ここは、ただ妖怪が暮らしている場所じゃない。


ちゃんと考えて、作って、回している誰かがいる。

そんな当たり前のことが、今さらみたいに胸に落ちてきた。


そして、その中心にいるのが、雲仙様なのだ。


そう思ったとき、さっきよりも少しだけ、その名前の重みが増した気がした。





通りを進むうちに、同じ都の中なのに、場所ごとに空気が違うことに気づいた。


最初に通ったあたりは、荷車や運搬箱が多くて、道ばたには大きな木箱や縄で縛られた荷が積まれていた。怒鳴るみたいな声で値段を言い合うものもいて、建物もどこか雑然としている。けれど少し先へ進むと、店先に吊るされた灯りの形が揃いはじめ、通りも広くなった。人通りはもっと増えたのに、不思議とさっきより歩きやすい。


「……何か、場所によって違う」


私がそう言うと、椿が「そりゃそうだろ」と頷いた。


「都だって、どこも同じ顔してるわけじゃないよ。今いるのは外縁から商いの区に入るあたりさ」


「外縁……?」


「都の端ってことだ」


白嶺が言う。


「物流や旅人、雑多な商いが集まる。身分の低い者や、定住しない者も多い」


その言い方が少し冷たく聞こえて、私は思わず白嶺を見た。


「……身分の低い者、ね」


椿が低くつぶやくのが聞こえた。笑っているようで、その目は笑っていなかった。


けれど本人は気にした様子もなく、前を向いたまま続ける。


「中心へ近づくほど、行政、工房、上位層の居住区が増える。雲仙様の居所はさらに奥だ」


「要するに、偉いのがいる方が奥ってことだよ」


椿が雑にまとめる。


「ざっくり言えばね」


「雑すぎる」


そのやりとりを聞きながら、私は周囲を見た。

たしかに、通りを歩く妖怪たちの服装も少しずつ変わってきている。さっきまでは動きやすさを優先したみたいな格好が多かったのに、今は布の重なりが多くて、飾りのついた帯や、きれいな羽織を身につけたものが目立つ。


それだけじゃない。


白嶺が前を歩くと、人の流れが自然に割れた。ぶつからないようによける、というより、最初からそこに道があるみたいに、みんなが半歩ずつ引いていく。


「……白嶺って、偉いの?」


聞くと、椿が吹き出した。


「今さらそこ?」


「いや、だって」


「まあ偉いね。本人はあんまりそう見せたがんないけど」


白嶺は小さく息をついた。


「言い方が悪い。立場があるだけだ」


「それを偉いって言うんだよ」


私はもう一度、白嶺を見る。

ただ綺麗で、ちょっと怖い人だと思っていた。でも都の中では、それだけじゃないらしい。


「じゃあ、椿も?」


「そりゃあたしもそこそこ有名さ」


椿は胸を張った。


「武の方でね。鬼は力比べが好きなやつが多いし」


「好きなのは君だろう」


「否定はしないよ」


さっき男たちに勝負を挑まれていたのを思い出して、私は少しだけ納得した。


この都には、目に見えない決まりがたくさんあるんだろう。

どこに住むか。どこを歩くか。誰が道をあけられて、誰が見送られて、誰が挑まれるのか。


私はまだ何も知らない。

けれど、何も知らないままここを歩いているのは、私だけなんだということだけはわかった。





通りを進むにつれて、都の空気は少しずつ変わっていった。


最初に目に入ったのは、人の多さだった。けれど奥へ進むほど、ただごちゃごちゃしているだけじゃないことがわかってくる。通りは広くなり、行き交う妖怪たちの服装も、店先に並ぶ品も、建物の造りも、少しずつ整っていった。


外れの方では、荷を積んだ運搬箱や傀儡がせわしなく行き来していて、呼び込みの声もあちこちから飛んでいた。けれど今歩いている通りでは、同じように人通りは多いのに、不思議と騒がしさの質が違う。大声で笑うものもいれば、低い声で商談みたいな話をしているものもいる。屋根の高い店が並び、格子の奥には淡い光がゆれていた。


建物の壁や橋の下を走っている青白い光も、さっきよりずっと多い。細い川みたいに都の中を巡っていて、ときどき枝分かれしながら別の建物へ吸い込まれていく。そのたびに、灯籠の明かりが少し強くなったり、上の階へ荷が持ち上がったりするのが見えた。


「……ほんとに、全部これで動いてるんだ」


思わず呟くと、椿が肩越しに振り返る。


「びっくりするだろ」


「するよ……」


私はまた空を見上げた。

高く重なり合う楼のあいだを、細い回廊が何本も渡されている。その上を、人影や傀儡が絶えず行き来していた。下の通りだけじゃない。上にも、さらにその上にも、都が積み重なっているみたいだった。


祖父母の家の近くの町なんて、比べものにならない。

人間の世界で一番大きな町だって、私には知らない。けれど、それでもここがすごく大きな都なんだということだけは、見ればわかった。


そして、その中で白嶺と椿はやっぱり目立っていた。


白嶺が前を歩くと、行き交うものたちが自然と道をあける。ただぶつからないようによけるんじゃない。最初からそこに見えない線でも引かれているみたいに、半歩ずつ引いていく。中には立ち止まって軽く頭を下げるものさえいた。


さっき通りの向こうから声を上げていた女の人たちだけじゃない。白嶺はこの都の中で、ちゃんと知られているんだと、その様子だけでわかる。


一方で椿の方には、また別の目が向けられていた。


「お、椿じゃねえか」

「久しぶりだな、姐さん」

「今日はえらく大人しいじゃねえか」


通りの脇からそんな声が飛ぶたびに、椿は面倒そうな顔をしながらも片手を上げて応える。声をかけてくるのは、やっぱり体つきの大きい妖怪が多かった。鬼なのか、それとも別の種族なのか私にはまだわからないけれど、とにかくみんな強そうだった。


「人気者なんだね」


ついそう言うと、椿は吹き出した。


「白嶺みたいな意味じゃないよ。あたしの場合は、だいたい力比べしたがるやつばっかさ」


「それも十分人気ではある」


前を向いたまま白嶺が言う。


「アンタ、嫌味だけはほんと滑らかだねえ」


「事実を言ったまでだ」


またいつもの言い合いが始まる。

そのやりとりを聞いていたら、少しだけ肩の力が抜けた。


けれど、都の中心に近づくにつれて、周りの空気はまたゆっくり変わっていった。


通りはさらに広くなり、地面には見たことのない細かな模様が刻まれている。建物の高さも増しているのに、不思議とごちゃついて見えない。白や藍、深い緑で整えられた壁や柱が並び、橋の欄干には揃った形の灯りが浮かんでいた。


さっきまで頻繁に見かけた運搬箱や荷運びの傀儡は少なくなり、代わりに人型の傀儡が道の端に立っているのが目につくようになった。どれも同じ姿ではない。背の高いものもいれば、小柄なものもいる。衣装も、通りに合わせるみたいにきちんと整えられていた。


「……あれ、何してるの」


道の脇に並ぶ傀儡を見て聞くと、白嶺が答えた。


「案内と警備だ。このあたりから先は、都の中心部に近い」


「警備……」


「不審なものがいれば、すぐ上に報せが飛ぶ」


そう言われて見てみると、傀儡たちの目の奥がほんのり光っていた。見られている気がして、思わず白嶺の背中の方へ半歩寄る。


椿がその動きを見て、くすっと笑う。


「安心しな。今のあんたに何か言えるやつなんて、そうはいないよ」


「どういう意味?」


「白嶺とあたしがついてるからさ」


さらっと言われて、返事に困る。


そういえば、ここまで来る間も、私に直接話しかけてくる妖怪はほとんどいなかった。不思議そうに見るものはいても、それ以上近づいてくるものはいない。人間だから珍しがられているだけじゃなくて、二人と一緒にいるからでもあるんだろう。


ふと、通りの先で空気が変わった気がした。


賑わいがなくなったわけじゃない。けれど、ざわめきの層が一段下がったみたいに、音が遠くなる。道の幅がさらに広がり、その奥に続く階段の向こうに、ひときわ大きな建物が見えた。


私は思わず足を止めかけた。


屋敷、という言葉で思い浮かべるより、ずっと大きい。

何重にも折り重なる屋根。高く伸びる楼。回廊に囲まれた広い庭。白い壁には淡い金の模様が走り、そのあいだを青白い霊力の筋が静かに流れている。都の建物はどれも立派だったけれど、それとは明らかに格が違った。


まるで都の中心そのものが、そこに集まって形になったみたいだった。


「……あれ」


声がかすれる。


椿が私の隣に並んで、少しだけ顎を上げた。


「あれが雲仙様のお屋敷だよ」


私は何も言えなかった。


遠くからでも、ただ大きいだけじゃないのがわかる。

見ているだけで、胸の奥が小さく震える。怖いとか、綺麗とか、そういう一つの言葉じゃ足りない感じだった。


白嶺が階段の手前で足を止める。


「ここから先は軽口を慎め、椿」


「わかってるよ」


椿はそう言ったけれど、さっきまでより少しだけ声が低い。

その変化に、私はますます緊張する。


白嶺が振り返った。


「燈」


「……うん」


「ここで会う方が、雲仙様だ」


その言い方は、説明というより確認みたいだった。

私は小さく頷く。


都の中を歩いているあいだ、ずっと遠かったはずの名前が、急に目の前まで来てしまった気がした。


雲仙様。

この妖魔界で一番多くの妖怪を束ねている人。

私がここへ来た理由も、自分の中にあるらしい力のことも、その人なら知っているかもしれない。


知りたい。

でも、怖い。


その二つが胸の中でごちゃごちゃに絡まって、うまく息ができなかった。


白嶺はそれ以上何も言わず、静かに前を向く。

椿は一瞬だけ私を見て、「大丈夫かい」とは言わなかった。ただ、置いていかないように少しだけ歩幅をゆるめた。


私はその背中を見ながら、もう一度、お屋敷を見上げた。


ここに、雲仙様がいる。


そう思った瞬間、都の賑わいさえ遠く感じられた。

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