第37話:初出演
令和の朝、9時30分の大阪城桜門は、平日ということもあり、人もまばら。ただ桜門の前に陣取っているテレビ番組収録のスタッフ、出演者のグループだけが異様に目立っている。
番組の本番前だが、ADである田中が、他のADに本番に向け人止めをする指示をしている。
出演者は、なにわTVの男性アナウンサー、白人とのハーフ顔で2枚目の沖田正志(32歳)と大阪城学芸員の斎藤常雄(55歳)、そしてそしてノブさん、ハリセンを持ったヒデさんの二人。ディレクターの松岡が、カメラマンと出演者に、これから行う撮影の段取りを説明していく。
「ここから桜門に向かって、沖田くんとノブヒデ二人で話しながら歩いて行きます。カメラは3人の後ろから少し離れてと、前から歩きながら。そして、門を潜ったところで、斎藤先生が登場。みんなで先生に挨拶してから、先生の誘導で蛸石のところへ向かう。じゃ、そこまで、一度やってみようか。テスト本番で」
沖田アナとノブヒデをはじめ、出演者、スタッフが返事をする。
「はい!」
ADの田中が、斎藤先生に近づき、声をかける。
「では、先生は、私と一緒に門を超えた奥のところにスタンバイしましょう」
「はい、わかりました」
AD田中と斎藤先生は、桜門を潜って所定の位置に向かう、
沖田アナ、ノブヒデの二人、カメラマン二人と各アシスタントは、松岡デイレクターとともに、もう少し桜門から離れて行く。そしてプロデューサーの漆原やヘアメイクなどのスタッフも出演者3名の後方に移動。
出演者、カメラが位置についたことを男性ADが確認して、松岡に知らせる。
「全員、位置につきました!」
出演者の前のカメラ横にいる松岡ディレクターが、その声を聞き撮影スタートを告げる。
「では、一度、本番行きます!」
男性ADが、カメラ横に来て、指でカウントする。
「本番行きます! 5、4、3‥」
沖田アナは、ADのキューサインを見て歩き始め、ノブさん、ヒデさんに話しかける。
後ろのカメラも前のカメラも一緒に移動していく。
「いや〜、ノブさん、とうとうここから大阪城本丸ですね」
「ワクワクしますね〜」
「実は、この門を越えたところで、本日のメインゲストがお待ちかねですよ」
「そうなんですか?」
3人は、桜門を潜り、右手で待っている斎藤先生を発見。まず、沖田アナが斎藤先生に挨拶をする。
「先生、本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言った後に、沖田アナが、先生をノブヒデの二人に紹介していく。
「こちらが、大阪城の、もっと細かな情報を解説していただく、大阪城学芸員の斎藤常雄先生です」
「よろしくお願いします。ノブヒデのノブといいます」
「ヒデと申します」
「よろしくお願いします。信長風の漫才、面白いですね」
「ありがとうございます!おそれいります」
「では、さっそく、こちらをご案内します」
と言って先生の先導で、桜門の前の大きな蛸石の前に4人が移動していく。
そこで松岡ディレクターが、大きな声でカットをかける。
「カット!! はい、いいですね〜。一発OKです! ではつづいて、蛸石の紹介シーンに行きましょう!」
松岡の言葉を聞いて、笑顔になるノブさんとヒデさん。
ノブさんは、ヒデさんの肩をポンとたたき、ヒデさんの緊張をほぐす。
「今日3回目の見せどころやけど、もう慣れたんちゃう!」
「はい。まだまだハリセン、強くいけますが‥。ノブさんこそ大丈夫ですか?」
「ど〜んときていいよ。次は、叩かれながら、かっこよく信長を演じるから。まかさんかい!」
AD田中が、蛸石の前で沖田アナと斎藤先生がスタンバイしているのに、ノブヒデがまだ少し離れて雑談していることに気づき、二人を呼ぶ。
「ノブヒデさん、すぐここに来てください!!」
しまったという表情で、ノブさんとヒデさんがAD田中の方に振り向く。
「すんません!」
急いで、沖田アナと斎藤先生の間に入ってスタンバイするノブヒデ。そこに、松岡ディレクターが近づいてくる。
「ここも、ビシッとお願いしますね、ノブさんの大ボケ、期待してますよ」
「はい、任してください。本番お願いします!」
ノブさんとヒデさんは、松岡ディレクターだけでなく、沖田アナ、斎藤先生にも頭をさげる。
男性ADが、ふたたびカメラ横でカウントをはじめる。
「では本番行きます! 5、4、3‥」
沖田アナが、まずカメラに向かって話はじめる。
「はい、そういうことで、大阪城で一番大きい石、通称、蛸石の前にやってきました」
その言葉を受けてノブヒデの二人は、蛸石を見渡す。
「これは、安土城の石より大きいわ。なぁ、ヒデちゃん」
「すごいですね。でも、なんで、蛸石って言うんですか?、先生」
ヒデさんの質問に、斎藤先生が答える。
先生は、蛸石の向かって左側の模様に近づき、手で模様を示す。
「実は、こちらの模様が蛸に似ているので、蛸石と呼ばれるようになったと言われています。この巨石は、徳川大阪城として再建される寛永元年(1624)に、岡山藩の池田忠雄がここに運ばせました。岡山は、巨石の産地として、当時有名だったんです」
「そうなんですね。ではノブさん。信長やったらこの石のこと、どう言ってたと思います?」
沖田アナに、そう振られて、ノブさんは、渋い表情になり、凄みのある声で答える。
「織田信長やったら、この石を見て、こう言うてると思うわ。『是非に及ばず。他石及ばず!!』」
ノブさんは、かっこよく大きな声で決めるが、 一瞬、沖田アナも斎藤先生も、松岡ディレクターもスタッフも「えっ?」という表情で静かになる。そしてこれはまずいという様子でヒデさんがつっこみを入れる。
「そのままやないかい!!」
そして、ハリセンがノブさんの頭に炸裂する。
「ビヨヨヨ〜ン」
ノブさんは、そう言いながらハリセンがめちゃくちゃ効いたように、顔の両側で手を振るわせ、白目をむく。すると、周囲から大きな笑いが起きる。沖田アナも笑いながらノブさんに声をかける。
「ヒデさんのハリセンにまたも救われましたね、ノブさん」
ノブさんは、すっと正気に戻り、何事もなかったように話す。
「ほんまですわ。ヒデちゃんありがとう」
ヒデさんも、改った言い方で、ノブさんに答える。
「いえいえ、どういたしましての介‥」
松岡ディレクターが、満足気な笑顔で渾身の力をこめて「カーーー-ット!」と叫ぶ。




