第9話:再会
大雨に見舞われた竹藪。遠くから馬の鳴き声がゆっくりと近づいてくる。天正10年6月2日の子の刻の深夜、勝龍寺城から撤退した13騎の明智軍は力無く、坂本城を目指していた。それでも光秀の姿は凛々しく、心の中ではある想いが強まっていた。
「坂本城にさえ戻れば、まだ勝機はある。上杉ともつながれば‥。天下一の戦上手と言われたこのわしがあのサルに負けるはずもない!」
光秀のすぐ後ろにいた家臣が、竹藪の中で、何か小枝が折れる音に気づく。
「殿、気をつけなされ。何者かが我らを狙っておる気がしまする」
「そんなわけはあるまい。秀吉の手勢は、まだ我らに追いつけまい」
光秀は、少し余裕の笑みをみせた。しかし突然、後方で光秀の手勢の叫び声が上がる。竹藪から多くの百姓たちが竹槍を持ってあらわれ、一斉に光秀の列に襲いかかっていく。
「殿。お逃げくだされ!」
「あいわかった!!」
しかし光秀にも、容赦なく竹槍が迫る。光秀は馬を進めることができず太刀を抜き、竹槍を跳ね返すが、バランスを崩し落馬。落馬した光秀が顔を上げると、自分を狙う竹槍の百姓に取り囲まれていた。
光秀の手勢も馬から降り、百姓たちに切りかかるが、新たに竹槍を持った百姓があらわれ次々と光秀の手勢を仕留め、光秀に狙いをつける。光秀は太刀を振るが、その太刀も逆に竹槍で振り払われ、光秀の手から離れてしまう。そして光秀は観念し、百姓に向かって叫ぶ。
「この首、そちのものじゃ。さぁ、秀吉の元へとどけよ! さぁ!」
そう叫ぶと百姓の竹槍が、光秀に迫ってくる。
「うわぁぁぁ!」
光秀は叫び、一瞬にして気を失う。
美しい青空に、小さな雲が流れていく令和の空。
ある業務スーパーから、さまざまな食材でいっぱいになったエコバックを持って出てくるノブさん。少し寝癖のついた髪の毛。大きなあくびをしながら商店街を歩いてくる。そんな時、ノブさんの肩を叩く男があらわれる。
「よっ、ノブさん!」
「オーナー」
「なんか、元気ないですね。ひょっとして二日酔いですか?」
その男は、ノブさんの店のオーナー、高井だった。
「そうなんですわ。わしとしたことが、お客さんと盛り上がりすぎて」
「いいじゃないですか! これでまたノブさんファンが増えて、お店も大繁盛ですな。そしたらもう少しメニュー増やした方がいいかも。お店の人気が出て同じメニューばっかりやったら飽きられますからね。また考えといてください」
「御意!」
「それと最近、ウチの他の店でも人手不足で大変なんですよ…。 もしいい人見つけたら教えてくださいね。タイムスリップしてきた侍でもいいですよ」
「そんな〜。次から次へと時空を超えてくるやつが居ったら大変ですがな。タイムスリップは、たぶんわしで最後ですわ、知らんけど」
「光秀さんと秀吉さん、家康さん、ノブさん以外の武将にも会ってみたい気はするけど…」
「わしだけでは、物足りんとか?」
「そんなことないけど、戦国ワールド大好きなもんで。欲が出てきたというか。ということでまた」
少し呆れた顔で気楽に去っていくオーナーを見送り、足取りも重く商店街を抜けていくノブさん。途中、二日酔いで喉が乾いたのか自販機で水を買い、がぶ飲みする。
目の前に現れるタコさん滑り台のある閑散とした公園。二日酔いから復活できないノブさんは、公園のベンチにゆっくりと腰を下ろす。しばらく目を閉じ休むノブさん。空にはゆっくりと雲が長れ、1時間ほどの時間が流れていく。すると突然ノブさんの頭の中で稲光のような衝撃が走り、慌てて目が覚める。
「ああ〜、びっくりした」
ノブさんの目の前には、前には誰も滑っていない大きなタコさん滑り台。なんとなく滑り台を見ていると、いくつかある滑り台の出口のトンネルの一つが光を放っている。
「あれは?」
やがて光はゆっくりと消えていく。そしてその後には、横になっている人の姿があらわれる。遠くからでもその人物が、甲冑らしきものを身につけているのが確認できる。
あわててベンチから立ち上がり、甲冑姿の人物のそばに駆け寄るノブさん。その人物は、鞘に刀のない甲冑の男性。しかも兜の前立ては、明智桔梗紋。トンネルの中に陽が差し込むと、その顔は、自分を本能寺で襲った明智光秀とわかる。
「光秀!お前は、光秀ではないか!! 起きろ! 目を覚ますのじゃ!!」
そう叫ぶと、ノブさんは光秀の体を激しく揺さぶる。光秀がゆっくりと目を開けると、目の前に生きている信長の顔が。
驚いた光秀は、急ぎ滑り台のトンネルから出て、ノブさんの前に土下座する。
「姿は妙なれど、その声とお顔は紛れもなく上様。生きておられたのですね」
光秀の言葉に笑みを浮かべゆっくり頷くノブさん。しかし光秀は気を取り直し自分の体を触りながら独り言のように喋り始める。
「いや、これは違う。わしはもう竹槍で刺され死んだのじゃ。ここはあの世で、先に本能寺で亡くなられた上様と 、たまさかお目通できただけなのじゃ。上様! あの世とは言え、こうやってお目通できたのはありがたき幸せ。
それがしが誤っておりました。上様を打ったところで、それがしに天下を納める才などなきことが痛いほど分かり申した。ここがあの世なら、もうこれ以上死んでお詫び申し上げることはできませぬが、せめてこの先もここで上様の
お世話をさせていただけませぬか。平にお願い申し上げまする」
光秀は頭を地面につけ、顔を上げようとしない。ノブさんは、その姿を静かに見つめ、しばらくしてから光秀にやさしく声をかける。
「光秀よ、頭を上げよ」
ゆっくり頭を上げる光秀。
「次に、己の頬を強く抓ってみよ」
光秀は不思議そうな表情で、ノブさんに言われたままに自身の頬を抓る。
「痛っ!」




