第8話:光秀とノブさんの決意2
天正10年。6月13日の時刻は申の刻、午後16時ごろ。山崎では、羽柴軍と明智軍の戦闘が始まっていた。激しい雨が降り、鉄砲の音はほとんどなく、両軍の兵の叫び、馬の甲高い鳴き声だけが鳴り響く。明智本陣の光秀は、険しい表情で雨空を見つめている。
突然、伝令が到着。戦況を光秀に知らせる。
「津田信春殿の軍、奇襲に遭い壊滅。斎藤利三殿の軍も撤退を余儀なくされております」
「大義であった」
光秀は俯いたまま伝令に声をかけ、そして立ち上がり本陣にいる武将たちに号令する。
「この雨では、鉄砲が使えず、数に劣る我が軍に勝ち目はない。ここは勝龍寺城まで後退し、そこから坂本に戻り立て直すのが筋だと思う。全軍に伝えよ。今が引き時、撤退じゃ!」
「仰せの通りにいたしまする!」
「おう!!」
本陣の武将たちはそう答え、本陣を後にする光秀を見送る。用意された馬に跨り、光秀は目を閉じ、心の中で自分に問いかける。
「天は、わしを見放したのかもしれんな」
本陣に立ててある、明智の旗印は雨に濡れ、その重みでしな垂れて悲しそうな雰囲気を醸し出している。
現代のノブさんこと信長はもう、かなり酔っていた。客である佳澄と恵は、まだ楽しそうに戦国話に花が咲いている。
「明日は休みだからって、少し飲みすぎたかな。佳澄はやっぱりお酒強いわね。私も強いほうだけど」
「そうかな?」
恵は少し、うとうとしているノブさんの方を見る。
「ノブさん大丈夫ですか?私たち、ちょっと飲ませすぎましたよね?」
テーブルには、途中からボトルに切り替えたのかワインの瓶が2本、空になっている。厨房から戻ってきた由美は、ノブさんに近づき心配そうに様子を伺う。
「マスター、今日はどうしたの?いつもはもっとしゃんとしてるのに。体調でも悪い?」
ノブさんは、突然しっかりと目を開く。
「いいや、そんなことないよ。ちょっと休んでただけや。もう大丈夫。
由美ちゃん、利休の緑茶ハイもってきてくれるか」
「はいはい」
恵も佳澄も、利休という言葉に反応して同じものを注文する。
「私たちにも同じものを」
「利休の緑茶ハイ2つですね。ありがとうございます」
厨房に戻っていく由美を目で追うノブさん。
「よかった、ノブさんも蘇って」
「大丈夫やてかすみん。いつもは、こんなにお酒に飲まれへんねんけど。
すまんな店主がこんなんで。かすみんとめぐみんの戦国話が面白くて、
ちょっと調子にのりすぎたかもしれんな」
厨房から緑茶ハイを持って戻ってくる由美。
「お待たせしました。利休の緑茶ハイです」
「ありがとう」
恵が緑茶ハイを一口飲んで、ノブさんに話しかける。
「そういえば信長って、利休の影響か、茶器に目がなかったですよね」
「男って、これが集めたいって決めたらコンプリートしないとしないと気がすまへん人が多いやろ。信長もそれやったんちゃうかな」
「でも女子も収集癖ありますよ。佳澄なんかキティちゃんめっちゃ集めてるやんな」
「そうやな」
「じゃノブさんは、今なんか集めてるんですか」
「店のコレクションルームを見たと思うけど、戦国武将のフィギュアとかはちょっと集めてたな、今はモノを集めるよりお笑いに夢中やねん。そやからめぐみんとかすみんが漫才コンビやってるって聞いた時、めっちゃテンション高ったやろ」
緑茶ハイを一気に飲み干すノブさん。その飲みっぷりに驚いている佳澄と恵。
「ノブさん、あかんってそんなに一気飲みしたら」
由美に注意されて、少しムキになるノブさん。
「大丈夫。こんなの俺にとってはほぼお茶。ああー、逆にしゃっきっとしたわ。それよりかすみん、わしにも、今練習中の戦国をテーマにしたギャグあんねんけど…」
「ほんまですか? めっちゃ見てみたいわ〜。なぁ恵」
「うん、見たい見たい」
「よしわかった!」
ノブさんは急に立ち上がると、右手を扇子を持っているような感じで突き出し、ゆっくりと舞い始める。唄は信長の好きな“敦盛”の一節で。佳澄も恵も真剣にノブさんの動きを追い続けている。
「人間五十年〜 令和の世に比ぶれば〜 」
きりっとした表情で能役者のように舞い続けるノブさん。しかしノブさんは、ここから急に戯け始める。
「短かすぎるやん!!」
佳澄も恵もあっけにとられて、固まっている。由美は、また滑ってしまったなという表情。少し沈黙の時が流れた後、佳澄と恵が突然、勢いよく拍手をはじめる。
「めっちゃ面白い!」
「シリアスとふざけた感じのギャップが最高! な、かすみん」
「うん! 他にもなんかネタあるんですか?」
「まだまだあるで〜 」
恵が、満面の笑みでノブさんにお願いをする。
「もっと見せてくださいよ。お願いします」
「ええで〜。オッケーはざまや!エンジンかかってきたで〜。知らんで〜」
由美は、3人から少し距離を置いて冷ややかな表情でノブさんを見ている。
「こっちも知らんでやわ。マスター!調子のりすぎ!」
「ええやんか、今夜ぐらい」




