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たださみしかっただけ  作者: 朝月
六章 悪魔事変
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No.8  キキ・スウィンドラーは

 魔界は総じて治安が悪い。

 現世という広い世界がある事を知りながら、魔界なんて閉塞空間に閉じ込められている人々の精神的負荷が娯楽目的の犯罪を助長しているのだろう。

 犯罪が横行すればそれだけ被害者がいる訳で、またその人も生きる為なら犯罪を犯す。

 被害者が加害者に、加害者が被害者に――魔界はそんな悪循環から抜け出せないでいる。

 かく言うキキも、自然発生したんじゃないかと思える程に両親の記憶は無く、ゴミ、ゴミ、ボロボロの人、またゴミ、そして倒れた人、それが日常のスラム街育ち。

 犯罪かどうかなんてどうでもいい、だってそうしなければ生きていけない。

 女に生まれてよかった事は身体で稼げる事、誰かがそう言っていた、否定はしないがそれは所詮武器の一つに過ぎない。

――女の一番の武器は弱そうに見られる事に決まってる。


「……」


 ホテル街の一角、壁の薄い安いホテルの一室。

 そこでは嬌声響く他とは違いベッドに座っているキキ、右目は『愛』の文字が浮かび上がっている。

 そしてそのヒールの下には無言で床に頭をつける男の人。

 何より他と違うのは神に供物を捧げるかのように上げられた両手には財布が掲げ上げられているということ。


「ありがとう、じゃあまたねぇ」


――もう会う事ないけど。

 財布をなんの躊躇いもなく奪い、中身だけ抜き外身はその辺に放っておく。

 所持金を失ったにも関わらず微動だにしない操り人形に手を振り、にこやかに部屋を出る。

 ホテルを出て誰もいない路地裏に入るとケイルを消し誰もついてきていない事を確信すると、鼻歌とスキップが自然と出てきて誰が見ても機嫌がいいと分かる。

 しかしすぐに首を横に振り、平静を装う。

 浮かれているのが周りにバレたら今度はキキがカモにされてしまう。

 奪った札束をポケットの中で密かに数えていると、思っていたより大金で笑みが溢れる。

 少しでもか弱そうな素振りを見せればそれを信じ込んだバカな男の人達はホイホイついてきてまさに入れ食い状態になる。

 少し前まではそんな人達を魔術で適当に好感度を上げて貢がせていたが、大金目当てにちょっと危なそうな人に貢がせようとして襲われそうになった事があった。

 あの時はもう終わりかと思ったが、それをきっかけに発現したケイルは奇跡的にキキの魔術と相性バッチリだった。

 もちろんその時もケイルを使って事なきを得た。

 ケイルの能力を知ってからは個室に連れ込める娼婦詐欺を主として活動し、何とか少し貯金できるくらいの稼ぎを得ていた。

 しかしそうは言っても綺麗な格好をしていなければ男の人は釣れない、でも綺麗にするにもお金が必要というジレンマに悩まされた事も数知れず。

――本当ケイル様々よ! 貢がせるより何倍もリスクの高い稼ぎ方なのに操れるから安心安全、まさに必勝法! 一回引っ掛けた男の人とはもう会わないようにすればいいだけだしね!

 コソコソと路地裏を出て堂々と群衆に紛れれば誰もキキを詐欺師だとは思わない。

 ふと、店先に掛けてあった時計を見ると一仕事終えたと言うのにまだ夕方で、むしろ書き入れ時だ。


「もう一人くらいいけるかしら……」


 暗くなってくると本当に危ない人も姿を現し出す。

 人選は慎重にしなければいけない。

 比較的高級そうなレストランの前に立ち止まり、誰かと待ち合わせをしているかのように立ち振る舞う。

 これならキョロキョロしていても不自然じゃない。

 いいカモが目の前を通り過ぎたらすぐに追えるように――あれ、あの輪っかってもしかして天使型の? て事はもしかしなくても魔神様のご子息?

 目の前を通った見慣れぬ輪っかに目を奪われ、思わず跡をつける。

 そして会話に耳をすませる。


「いやぁ、最近彼女にフラれちゃって……今新しい子探し中。目星はつけてるんだけど」


「レイだったらすぐオトせるだろ。お前に彼女いない期間なんてほぼ無いんだし」


 レイという名前を聞いて確信する。

 魔神の息子にして天使型とのハーフ、そして女たらしで有名な人だ。

 フラれたと話していたし、飢えているであろう今ならいける。

 何よりこのケイルがあればキキが負ける事はない。

 魔神の息子、魔王の弟が大金を持っていない訳がない。

 か弱そうなフリして個室に連れ込めば夢の借家暮らしも夢では無くなる。


「そこのお兄さん」


「ん? オレ?」


「ほらさっそく可愛い子きたじゃねぇか」


 気を見計らって話しかけると嬉しそうに振り返る。

 周りの友達らしき人たちもニヤニヤして送り出しムード。

 これはもう勝ち確と言ってもいいのではないか。


「その、お兄さんに一目惚ちゃったの。そしたらさっきの話聞こえちゃって……ねぇ今フリーなんでしょ? 少し私と遊ばない? 何でもするわよ」


 レイの腕に絡みつき、胸を押し当てる。

 触れた瞬間に魔術を使い、ダメ押しに困り眉と上目遣いで相手の目をジッと見つめればついてこない人なんていない。

――『騙される方が悪い』なんて誰かが言っていたけど、アンタもそう思って私に大金ちょうだいね!


「ご指名だってよ、羨ましー行ってこいよ」


「そうだね、折角だし遊ぼうか!」


――私の勝ち。

 心からの笑顔で精一杯可愛らしく返事をする。

 これで雨に打たれ、風に吹かれの不安な夜を過ごす事も無くなる。

――待ってなさい、今行くわよ! アパートの備え付けベッド!






 壁が薄くなくて隣の人の声も聞こえない高級ホテル。

 背中には柔らかい高級ベッド。

 折角だから高いホテルを堪能したくておねだりしたのは大正解だったと思う。

 しかし予定と違うのは――


「……ッ! なんでッ!」


「え? 遊ぶってこういう事でしょ?」


「そうだけどッ、なんで」


 キキに覆いかぶさるレイの身体は押そうが引っ張ろうがビクともせず、片方の手はすでに手首を掴まれて動かすことができない。

 足の間に差し込まれたレイの足も相まって逃げる事ができない。

――なんでケイルが効かないの?! 魔術もちゃんと使ってる! 今までこんな事無かったのに!

 様子のおかしいキキを見て、首を傾げて不思議そうに見つめているレイをケイルを浮かばせた目で睨みつける。


「急にケイルなんて使ってどうしたの? もしかして最近多発してる娼婦を装った盗難事件の犯人って君?」


「――ッ!」


 図星を突かれて思わず顔を引き攣らせてしまった。

 これでは自白したのと何ら変わりない。

 すぐにケイルを消して可愛らしく小首を傾げ、困ったような顔に変えるが時すでに遅し、レイの口から小さいため息が溢れる。


「うーんそっかぁ。じゃあお兄ちゃんの為にはこのまま警察に連れて行った方がいいのかな?」


 眉を落としてしょんぼりした様にこちらを見つめる視線に対して、キキは猫をかぶるのは止め再び鋭い目で睨みつける。

 逮捕されるなんて絶対に嫌だ、ただ普通の生活がしたいだけなのに、そんな切望を孕んだ瞳にレイが気づく素振りはない。

 抵抗しなくては本当に逮捕されてしまう。


「そ、そんな事したらアンタが娼婦買おうとしてたのバレるわよ! いいの?!」


「いつもの事だし……」


 そんな事をそんな申し訳なさそうに告げられても困る。

――何なのよこいつ! 本当に魔神様の血を継いでるの?! 嫌よこんな所で捕まるなんて。私はただ雨風を凌げる安全な場所に住みたいだけなのに。


 往生際悪くバタバタ暴れるキキを見て何を思ったのかレイが突然「あ!」と声を上げる。


「じゃあこうしよ? 今からタダで遊ばせてくれたら気づかなかった事にしてあげる!」


「へ?」


 子供の様な無邪気な笑顔でそう告げるレイの視界にはこの世の終わりの様に絶望しているキキが写っている事だろう。


「――ッいや、いやよ! 離して!」


 先程より力を込めて身体を捩るが逃げられる程動けない。

 唯一自由に動かせる片腕でレイの身体を叩くが、苦笑いで返される。

 体格差があったとしてもここまで歯が立たなかった事は今までなかった。

 やはり腐っても魔王の血筋なのだろう。


「なんでそんなに嫌がるの? この場限りの関係だよ? ねぇお願い、そんなに嫌がられたら流石のオレもなにもできないんだけど……」


 そんな戯言を吐かしながらもレイの手はキキの身体を這う。

 脇腹や背中、それに脚を丁寧に撫でられる。

 あくまでもキキから同意を得るまでは撫でるだけに止めるつもりらしい。


「この、ッへんた、い、さわらないでッ!」


 噂で聞いていた女たらしは本当の様で手慣れた手つきが憎たらしい。

 触られた所がヒリつく。

 ゾクゾクして鳥肌が立ちそうになるのが悔しい。


「やめ――あっ、なに、ひッぁ?!」


 脚をなぞっていた手が離れたと思うと、突然背筋に電流が走った様な感覚がした。

 なにをされているのか確認しようにもレイの身体が邪魔でなにも見えない。


「あ、ごめん。尻尾がそんなにイイなんて」


 謝るつもりも尻尾を離すつもりもない癖に。

 触るのをやめてくれないせいでビリビリする身体を静止したくて歯を食いしばる。

 しばらくその状態が続いてキキが嫌がる場所を見つける度に重点的に触られる。

 律儀に露出している場所しか触らないつもりらしいが、それで反応するこの身体に嫌気が差す。


「ねぇー君もそろそろイイ感じじゃないの? すっごい丁寧によくしてあげるから嫌がらないでよ、ね?」


 近づいてくる顔に気を取られそうになるが、キキは見逃さなかった。

 レイの腰が少し浮き、足が完全ではないけど動かせるようになった事を。

 その少しの隙間から瞬時に足を引き上げて、少し力を入れて蹴り下ろす。

 その先にあるのはもちろん――


「ッ嫌だって言ってるでしょ!!」


――ここ蹴られて悶絶しない人はいないでしょッ!


 レイがなんとも言えない悲鳴を上げて横に倒れ込んだ。

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