No.5 各々の知られたくない事
いつもは猫型かってくらい音を出さないリルがあんなに大きな音で扉を閉めるなんて珍しい。
まるでこちらに自分の存在を知らせるかの様――
「……」
突然騒ぎ出したかと思うと、今度は突然静かになったガストの方を見ると顔面蒼白になっていて驚く。
「あら、リルくんおかえりなさい」
「ただいま、ところで何でこんな所にガスト君がいるの? 忙しいんじゃなかったの?」
ズンズンこちらに向かってくるリルを見て、ガストの身体は後ろのめりになっていく。
――何この浮気現場に突入された時の旦那みたいな態度。
今まで見たことのない兄の姿に目を丸くする。
そんな事よりリルとガストに面識のある事に驚くべきだろう。
ガストからリルの話は聞いたことがない、逆もまた然り。
しかもリルは悪魔型の事は知らないと言っていた。
「待て、待てリル。忙しい中わざわざ弟を迎えに来ただけだ。忙しいのは嘘じゃない、だからな? 怒るなよ? じゃあ俺は忙しいから帰るからな!」
センをペシペシ叩いて魔術を使うように促しているガストの肩をリルがガッチリ掴む。
なんなら反対の手で翼や尻尾も掴みそうな勢いにガストもギョッとしたような顔でリルを見る。
「まあまあ折角来たんだからご飯でも食べていきなよ。それに何でツノ隠してるの? ツノなんて獣耳と同じようなものじゃない」
「お、おい!」
「ツノ?」
二人だけで話を進めていくので周りは置いてけぼり。
フォミが気になる単語だけを拾い上げる。
「お前ッこの野郎!」
「なに? 僕になにか文句あるの? ツノなんて隠しててもしょうがないじゃないでしょ?」
「はぁッ?! お前ッ、この、人の事、くそ……他人事だと思って……」
ガストが深いため息を吐くと頭の上の方が蜃気楼の様にぼやけていき、耳の上辺りに内側に湾曲したツノが左右に一本ずつ姿を現した。
少しだけ螺旋状の模様が入っている。
やっと見慣れたガストになった。
「隠してて悪かった。現世の奴らはこれ見ると怖がるから俺の魔術『幻覚』で隠してた。悪魔型は忌力が多いとそれに比例してツノが二本ずつ生えるんだ」
もうどう取り繕ったって遅いよガス兄……
もうポンコツだって皆にバレちゃったよ……
「悪魔型って面白いわね」
「ちなみに過去最高は六本よ。ついでに言うと天使型は羽が二本づつ増えていくわ」
興味深そうにガストのツノを見つめるフォミにキキが少し遠くから付け加える。
六つツノは伝承みたいな感じで記録には残ってないけど。
仮に六本もツノがあったら流石に邪魔じゃないかと思うが、キキがドヤっているので黙っておこう。
「こっちにはツノが生えてる獣人っていないわよね? 今後鹿型とか出てきたら別だけど」
「いや、どこかで聞いたことあるような気も……」
「何それ聞いたことない! どんなの?! どんなの?!」
天然の二人がまた的外れな事を言い出したので、それに乗じてガスト達から離れていく。
「……覚えてない」
「えぇー」
これぞエン。
フィー以外の人間への答えを考える為の時間なんて無い。
少し考えてくれただけでもレイはいい方にいるのだろう。
それに妙に安心する。
「えぇ……」
「ほら隠しててもしょうがないでしょ?」
ガストの拍子抜けしたような声が聞こえて少し良心が痛む。
蔑ろにしてしまっている兄達の方の会話も気づかれない様に聞いているが、比較的いつも通りで安心した。
兄達の事が嫌いな訳じゃない。
むしろ仲のいい兄弟だと自負している。
規則的に契約者のいないレイが現世に住むのはタブーだということもわかっている。
魔王として見過ごせない事も、その血族が率先して規則を破るのが良くない事だという事も。
だが、魔界には帰りたくない。
理由も話したくない。
――穏便にこのまま現世に住まわせてもらえますように。
意識はガスト達に向いたままエン達と楽しく話し続ける。
「何なんだよこいつら……」
「いつの間にか兄貴の話題じゃなくて現世のツノの有無についての話題になってるしな」
「すごい……です、ね」
センの腕にしがみついているリンが額の包帯を触りながら呟く。
「……そうだな」
「レイはここにいた方がいいんだろうか……」
「ここには俺の契約者もいる。兄貴が心配してたような事は起こらないんじゃないか?」
ガストが心配とは何だろうか、気になるが話に入りたくないので仕方なく聞き流す。
そして、あっさりとした話し方をするセンとは対照的にガストは腕を組んでこちらを見つめている。
視線が痛い。
「うーん……おいレイ」
「ッ?! な、なにぃ?」
このまま兄達だけで話が進んでいくと思っていたので、突然名前を呼ばれ身体が跳ねた。
「お前ここに居て楽しいか」
そんな心配そうな声で言わないでよ。
「超楽しい!!」
笑顔で即答する。
何を心配してムキになってるのか知らないが、ここにいて楽しいのは紛れもなく事実で、答えに迷う必要なんてない。
「そうか、ならもう帰ってこなくていい」
「えッ?!」
――どういう意味?! 過保護な人のその発言怖いんだけど?!
帰ってこいと言われたら嫌だが、帰ってこなくていいと言われると不安になる。
そのスンッとした顔で頭の中では何を考えているのだろうか。
「も、もしかして……勘当されるの……?」
犯罪者はもう弟じゃないという事だろうか。
それしか思い浮かばず、口に出せば心底呆れたような顔をされてわざとらしいため息を吐く。
「違うわ……こっちはどうにかするからお前の好きな時に帰ってこい」
「っうん! ありがとうガス兄!」
若干寂しそうな顔ではあるが、今日初めて微笑んでくれたガストに笑顔で返す。
どうにかするのはセン兄だと思うけど。
「ん、今度こそ帰るぞ」
隣に立っているセンを再び押し始めたガストは理由はわからないがやはり早く帰りたかったのだろう。
締まらないなぁと思いながらそれを見るのも暫く無いだろうからちゃんと見送ろうとガストの元に駆け寄る。
グイグイ押されるセンは不機嫌そうだが、ソルの方を見ると「何かあったらいつでも呼べ」と言っている。
実の弟じゃなくてソルに過保護なのなんなの。
センが適当な場所に手をかざすと、ゲートが出現しする。
「いつでも帰ってこいよ」
ガストはそう言うとレイの返事も待たずにゲートに入って行った。
次にリンがお辞儀をしてガストの後に続く。
最後にセンが通るとゲートは瞬く間に消えてしまった。
「ねえねえリル」
ガストの近くにリルがいたので一緒に兄達を見送る形になった。
心なしかムスーッとした顔をしているリルに話しかけるといつもの胡散臭そうな顔に戻る。
「なんだい?」
「オレと会うまで悪魔型の事知らないって言ってなかった?」
揚げ足をとる様な事はしたくないが、最初の最初に嘘をつかれていたとしたら正直ショックだ。
「悪魔型の事知ってたのは僕だけだよ。だからフォミ君が君の記憶をちゃんと見てないのは本当だから安心してね。ソル君が契約してた事は僕も知らなかったし」
ガストと知り合いだと言うことをレイに黙っていた理由は語らず、何やらぼかした様な話し方をするので不審に思う。
「じゃあガス兄とはどこで知り合ったの? ガス兄は割と最近まで部屋に引きこもってたし、塔から出る事もほとんどないから魔界に住んでても会った事ない人も多いのに」
「ああ、その事ね。ガスト君とはちょっと会った事あるだけだよ」
ガストのリルに対する態度はちょっと会っただけの人に向ける態度ではなかったけど。
レイに話したくない事があるように、リルにも話したくない事があるのだろう。
「ふーん、そうなんだ。まあいいや! 魔界に連れ戻される事ももうないみたいだし」
ジトーッとリルを見つめるのをやめてエン達の方に向かって歩き始める。
――ちょっと待って、そもそも悪魔型は滅多に現世に来る事ないのにどこで……? リルって一体何者?
チラリと後ろを振り返るとリルはすでにいなくなっていた。
レイの兄という人達が現れてから帰るまで、ミルはずっと遠くからガストを見ていた。
帰ったのを確認すると腕を組んで喉を鳴らす。
「うーん……」
「ミルちゃんどうしたの? 静かだったから心配したわよ」
そんなミルの様子を心配してくれたのか、フォミが隣に来たかと思うと顔を覗き込まれる。
フォミにならこのモヤモヤを伝えても大丈夫だろうか。
「……さっきのレイのお兄さん、ガスト。どこかで会った事あるような気がするんだよね……何となく」
ガストの姿を見た時、反射的に離れてしまった。
自分でも何故かわからない。
ガストが喋るたびに鼓膜が、動くたびに視線が、反応して仕方がない。
どれもこれも脊髄反射に近い様な感覚だった。
でも事前にわかっていれば抑えられない程じゃない。
「……気のせいだよね」
そう思うしかない、ガストとはまた会う事があるだろうから。
ミルを案じる様な表情をしているフォミを安心させるように微笑むと、フォミの手を引いて皆の元へと向かう。




