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三篠家離散日誌  作者: 三篠森・N
第3章 三篠家介護編
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38/38

第38話 三篠森・Nの2021年、変な夏。

 夏が来た。

 この家族随筆のあらすじ欄には「三篠森・Nが過ごした2021年夏、東京オリンピック期間中のみ許された弟との束の間の仲直りを軸に、我が家の歴史を振り返る。」とあるが、その変な夏について振り返ろうと思う。


 まずおさらいだが、2021年の春から夏にかけては俺にとってメチャクチャ辛い時期であった。

 誰もが嫌いなあの虫が怖くなり過ぎ、病名こそつかなかったが正常な精神状態じゃあなかった。

 当時は弟との不仲が理由で一人暮らしをしていたのだが、そのアパートの中にあの虫が出た訳じゃあないのに、5月中頃から訳も分からずとにかく怖い。そのせいで俺の生活は完全にバグった。虫だけに。

 まず夜に外出できなくなった。暗い部屋に帰ってきて電気をつけるとやつがいそうな気がしたから。あと夜にベランダに出られなくなった。どうしても帰りが夜になってしまう時、その後に洗濯物を取り込まなければならないなら、帰宅前に下着などは適宜買った。

 ワンプッシュで一夏持つ防虫剤を毎日五プッシュはして部屋の隅々に薬剤を染みわたらせた。電気を消すと怖い。歯磨きをするときは鏡の前なので、鏡の反射も含めて視界が広がる。背後にいるような気がして鏡を見られない。

 思い返すと明らかに異常だが、俺はそれくらい虫を恐れていた。


 同時に帰宅不可になっていたはずの実家には変化が起き始めていた。弟の状態が3月頃に突然緩和され、「家に上がって飯を食っていけ」と言われたので、月に二度程帰宅して弟と食事をとった。

 そして6月頃にアパートが停電したので無理を言って実家に帰り、二泊した。

 この頃には「虫が怖くてもう生活が出来ぬ」と弟と母に訴えていたのだが……。


 詳しい経緯は忘れたが、7月の中頃に「リハーサル」として実家での暮らしを許可された。

 弟は元から無愛想であったが、以前のように暴れることもなく、モンハンを一緒にやろうと持ち掛けてくれたり弟なりの意識の変化は見られた。

 何より弟はスポーツが大好きだったので、野球とサッカーを一緒に見た。


 そしてあの夏は東京五輪があったのだ。




 〇




 俺の務めている業界は夏休みが異常に長く、夏休みシフトが存在してそもそも勤務日も勤務時間が短い上、勤務日数も少なくなる。しかも当時はコロナ2年目でまだ在宅勤務もあった。

 ニートの弟と夏休みシフトの俺が二人で家に残るのは危険である。

 そのため、必ず母を挟んで三人になるよう努めていた。アパートを残していたのは幸いであり、在宅勤務や外出の予定がない日はアパートに帰ってきた。虫の件だが、日が高いうちは不思議と虫が怖くないのである。

 その頃、アパートでは『ゼルダの伝説 スカイウォードソードHD』をやっていたのだが、あまりの面白さに頭が狂ってしまいそうだった。多分後にも先にもあれ程時間を忘れて没頭したゲームはないと思う。その夢中になりっぷりは、一回目のクリアをした翌日に二週目をはじめたくらいのとにかく没頭と夢中。


 それから東京国立博物館。

 何がきっかけで行ったのかわからないが、今まで興味を示してこなかった仏像や絵画を見て殴られるような衝撃を受け、何回かに分けて隅々まで回った。特に俺はデカいものが好きで、デカい仏像やデカい書といったものを見て「ほぉ……」と立ち止まった。

 コロナ禍でまったく人はおらず、それでも収蔵品のために冷房はきんきん。とても静かな空間。そしているだけで意識や知性が高まるような謎の錯覚もあった。


 散歩にもよく行った。

 完全にマナー違反だが、スマホにイヤホンを繋いでもこう先生のゲーム実況や、『あたしンち』の過去作などを見ながら炎天下や夜の浅い時間を二時間も三時間も歩いていた。


 電気屋によく行った。

 弟はアニメ好きであったが、所謂新作の深夜アニメよりも『名探偵コナン』『クレヨンしんちゃん』『機動戦士ガンダム』といった作品が好きで、俺は散歩帰りに気まぐれに一番安いガンプラを買って弟に渡してみた。弟は「気ィ遣われ過ぎるのも嫌なんだけど」とか言いながら組み立て、以降弟はガンプラにハマって通販などでも取り寄せて組み立てるようになったみたいだ。


 野球をよく見た。

 あんまり言っちゃいけないんだろうが俺は大のジャイアンツファンである。逆に弟はアンチ巨人であったが、俺は巨人の勝利を見るため、弟は巨人の敗北を見るためということでチャンネル争いはなく巨人戦を見ていた。


 オリンピックが来た。

 ゲーム好きの弟であったから、あのガッカリ開幕式でもゲーム音楽を使った入場シーンで「おっ」と思ったみたいだが、すぐに安易とも思ったのか寝てしまった。

 野球、ソフトボール、サッカー、女子サッカーは弟と全試合観た。

「リリーフで出てきたあの韓国のサイドスローもう打てねぇな」

 みたいな会話だけ覚えている。本当に何を話したか覚えていない。


 そんな感じだ。

 あの夏、昼は東京国立博物館か散歩、夜はスポーツ、それが終われば録画した『熱闘甲子園』を見ながら『ゼルダの伝説』。

 なんだかとても濃い夏というか、変な夏だった。


 そして9月。弟の体調はまた戻ってしまい、俺は再度追放となり俺と弟の遺恨はより深く決定的なものとなった。

 この変な夏を振り返るためにこの随筆を立ち上げたつもりだったのに、終わってみればこんな文字数で語れるものであった。

 家族エッセイでこんな結論を出すのもおかしいが、

 昼:東京国立博物館→夕方:ガンプラを買う→夜:『ゼルダの伝説』

 このサイクルが楽しすぎたんだろうな。

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