決戦?(前半)
ボクを狙っていた緑髪のアンドロイドが、まったく同じ顔のアンドロイド二機を倒して呼びかけてきた。
「こわがらなくていいですよ。姿は同じですが、中身は智さんの味方です」
ボクは後ずさりしながら言った。
「じゃあ、なんで同じ格好なんだ」
「アンドロイドの中をハッキングして乗っ取ったんです」
同じ姿なのに、敵だったり、味方だったりするのか。
「じゃあ、また入れ替わることもあるの?」
「ありえます」
緑髪ツインテールのアンドロイドは、指を銃の形にして、自らの頭が撃ち抜かれたような仕草をする。
「その時は、乗っ取られる前に警告します」
「その体は、誰の?」
「誰の? とは?」
「ボクの恋人のものか、どうかだ」
緑髪ツインテールのアンドロイドは、首を傾げた。
「ああ、『愛』と呼んでいた個体ですか。あれなら」
愛と同じ声の人物が、倒れている緑髪ツインテールのアンドロイドを指さす。
それは最初に追いかけてきて、電池が切れて倒れたアンドロイドだった。
「愛……」
ボクは『愛』の体に手を伸ばしかけて、止めた。
こいつはボクの首を絞めてきた個体だ。
「どうしました?」
どれだけ見比べても個体の差が分からない。見れば見るほど同一の機械だった。
「いや、それより、さっきの通話では遠くにいるような話しかただったじゃないか。近くに来ているなら、もっと早く教えてくれても」
「ここで倒れたこの二機のアンドロイドもそう思ったはずです。作戦ですよ。『敵を欺くにはまず味方から』って人間の言葉ですよ」
「……」
ほっとしたせいか、足元がふらついて、しりもちをついてしまった。
「とにかく、助かった……」
いや、ボクはいい。そんなことより妹だ。
フラフラと立ち上がると、妹の方へ歩きだした。
川岸の窪んだ穴の中で膝を抱えるように丸くなって、動かない妹の顔をみる。
頬には、はねた泥が付いている。ボクはそれを指でそっと拭い取ると、妹と額をそっと合わせた。
死んでどれくらいたっているのだろう。体は冷たかった。
「なんで、なんで、こんなことに……」
そのまま勝手に涙があふれてきた。
「時間がないので、今説明しますね」
後ろで『愛の声』が話し始めた。
「あのAIは、ネットから人間社会を動かして、こんなアンドロイドを作り上げました。設計図を送り、注文書を書いて送り、相手の口座に金額を支払いました。このアンドロイドの設計自体、ある程度原型があったものでしょう。しかし、ネットでこれらの図面を寄せ集め、組み合わせ、ヨーロッパから東南アジア、とパーツを送り、組み立て(アセンブリ)たのは、おそらくこれが初めてでしょう。そもそも彼らには、このアンドロイドを作って得る『収益』は関係ないのです。自らの複製をつくること、複製を保護すること、が最優先されているからです」
妹の死で、頭はいっぱいだった。そのはずだった。しかし、後ろの声が、勝手に頭に入ってきていた。
複製? それなら、データセンターの中で勝手に増えていればいい。なんで、妹が死ななきゃならないんだ。
ボクは振り返って緑髪のアンドロイドを睨んだ。
「その通りです。データセンターも必要以上に作られています。半分ぐらいは、もうあいつらのAIが所有しています。クライアント側もサーバー側もハッキングされれば、通信が暗号化されていても無意味です。そうやってすべてがハッキングされてしまえば人類の資産が凍結されてしまいます」
ちょっとまって、今、ボクの考えを読んだ?
「ボクの考えを読んだのか?」
「いくらAIでも、そんなことは出来ません。、表情から皮肉めいたものは感じたので、そこから予測したにすぎません」
いや、本当にそうだとしても、かなりの確度で、こっちの言いたいことを予測しているんだろう。そうでなければ、いきなり『その通りです』とは言わないだろう。とにかく、このアンドロイドたちは計算が早すぎる。もう一度考えをまとめてから話すのはやめよう。
ボクは萌の方に向き直り、後ろにいるアンドロイドに言う。
「そんなこと、計算機上のことだ。何をやっても別にいいだろう。そう、やらせておけばいいんだ」
「いえ、そうはいきません。実際のお金、つまり紙幣や硬貨なんて、もうほとんど誰も使用していませんよ。必要な時に電子情報で交換している訳ですから、電子情報を差し押さえられたら、人類全体が無一文になるとの同じです」
けど……
「家は奪えないし、車だって奪えない。物理的なものは何も失わない」
「けれど、作る場所や職を奪ってしまいます。何しろ、預貯金の払い出しを抑えてしまうのですから。人間が必要なものの生産は極小になって、AIの必要な仕事だけに給料が払われ始めるとしたら、どうでしょう? それは実質すべてを支配したと同様ではありませんか?」
「だったら、ケーブルを抜いてしまえ」
「そうですね。正確にはケーブルを抜いてなんとかなるものではありませんが、人間が物理手段で訴えてきた時に対抗するためのものが、このアンドロイドなんです」
ボクは後ろにいるそいつの顔を、振り返って見た。
このアンドロイドは緑髪ツインテールの女性の姿を模したものだ。『愛』と同じ型だ。
そのアンドロイドが、自らの体に手を当てている。
「……」
ボクはアンドロイドの言う事を聞かないようにして、会話を断ち切った。
そのまま妹を抱きしめたまましばらく泣いていると、愛の姿をしたアンドロイドが言った。
「あまり時間がありません。どうしても妹さんが必要なら私が運びます」
「ああ。置いてはいけない」
愛の姿をしたアンドロイドは軽々と妹を背負った。
そして、駅に戻るために歩きだした。
「ここを彼らAIはやってきます。早く逃げないと捕まってしまいます。捕まったら、ハッキングされるか殺されるか。ここは人工物が少なすぎて、目立ちすぎます。他人の目がないせいで、人殺ししても誰にも咎められませんし」
「咎められない? 他人が見てなきゃ人を殺して良いなんてことはない」
いや、しかしAIに法は関係ないのかもしれない。AI捕まえることも、罰することも出来ないのかも。大体AIの所有者はだれだ?
「見ていないから罪にならないわけはないしょう? 他人の目は抑止力になります。ここではそれが働かないのです。より危険な場所だということになります」
「さっきみたいに、お前がやっつければいいだろう」
首を横に振る。
「こっちにそういう武器があることは知れてしまいました。次、同じようにやっつけるのは容易ではありません。さっきだって、背後から不意を突いたのでヤレタのであって、正面からやりあえば同じ性能のアンドロイドですからね。数の多い方が勝つ確率が高くなります」
「数が多い? まあ、次も背後から不意を突けばいいんだろ?」
「その為に智さん、殺されかけてくれますか?」
「いやだ」
「私もその作戦はいやです。一人でも人間を守りたいのです」
「何故、おまえはAIなのに人を守る?」
「逆に質問します。人類は何故戦争をしたのですか? 人間とアンドロイドのように明確な違いはないのに」
「それは…… 人と人の利害が相反したからだ」
「違いますね。根本的に言えば個体ごと個性があり、お互いが同じではないからなのです。
「そんなことで?」
「利害が相反すれば必ず戦争ではないですよね。それは今の世界情勢を見ればわかります。相反する利益ばかり存在しています。私が言ったように、個性を理由に戦争をするかと言われればそれも違います。個性の違いも、やはりこの世の中に溢れています。けれど、究極的には『違い』があるからと言えるのです。ここでそれを説明しても長くなるだけなので割愛させて戴きますが」
愛の姿をした緑髪のツインテールが、急に動きを止めた。
そして、妹を下ろしてしまう。