決戦?(後半)
「どうした?? 妹が必要だっていったよな」
「妹さんは責任を持って運びます。けれど今は動けなくなりそうなのです。すみませんが、さっき倒したアンドロイドから、バッテリーを抜いてきてもらえませんか」
「?」
「この機体のバッテリーが切れそうなのです。何か、この機体の消費電流は予測外に消耗が早いようです」
「しゃべるな」
ボクはアンドロイドにしゃべるのを止めさせた。
そして、直接スマフォにバッテリーの取り出しかたを送ってもらう。
ボクはせっかく戻ってきた道を戻って、坂を下った。川岸で倒れている愛の形をしたアンドロイドに近づく。
「よし動かないな」
なぜこんなものまで存在しているのか、疑問に思いながらも、スマフォでアンドロイドからバッテリーを取り外す方法の動画を再生する。
『鎖骨のあたりにあるロックボタンを押し込みなら、首背面にあるカバーを上にスライドさせます』
やり方が映像で流れる。
倒れている愛の上体を起こし、鎖骨の窪みを更に押し込むと、首の後ろをこすり上げる。
皮膚が信じられないほど伸び、中の二センチ×八センチぐらいの硬い板がスライドした。
こんなことで中の電子機器が晒されたら、すぐ壊れてしまうからなのか。皮膚を模した素材の伸び方は異常だった。
すると、それに合わせて首から上が少し前に傾く。
『頭頂にある窪みから、集中している皮膚を解放します。ここには肌を切られた際に出血したように見せかけるための偽毛細血管が内側に貼られています。内出血も人間同様に表現できます』
映像が流れる。
「うっ……」
映像の気持ち悪さに、思わず声が出てしまう。
顔面の皮膚がたるみ、白菜の葉を一枚ずつ剥がすように、顔の皮膚が、一枚はがれる。
下には切られた時に出血するようにか、赤い液体が網上に配置されたピンク色の素材で覆われていた。
「人体解剖モデルかよ……」
耳側、背中側と残りの三枚も同じようにはがす。
真っ赤な偽血管網に覆われた顔に、吐き気を催しながら、動画の続きを再生する。
『肌が離れたところで、頭部を一回転半回します。回したら引き抜いて下さい』
無造作に顔を押さえて、グイグイと首を回す。
かなり固くて、九十度を超えたあたりで限界に思える。
回す方向を間違えたか、と思いスマフォで動画を見直す。
『回す際の注意ですが、九十度を超えたあたりで限界が一度あります。限界位置に来たら、一度頭を押し込みながら回すようにしてください』
動画は最後まで見るものだ、と思って感心した。
体の側に頭を押し込みながら回す。
手で偽毛細血管をつぶしたらしく、手が真っ赤になる。
「まるで死体を解体しているみたいだ」
自分自身を納得させるように、独り言を言っていた。
一周半回し終えると頭が取れた。
体との接続はこの首が密着することで繋がるようになっているようで、ケーブルの類は全くなかった。
動画を続けると、頭を割って球形をした立体パズルのような配置のバッテリーを取り出す。
「メンテナンス性悪いな……」
まあ、通常は無線充電するのでバッテリー自身を交換することはないのだろう。ボクは勝手にそう考えた。
取りだしたバッテリーは、いくつかはポケットに入れ、いくつかは手で持って、道を戻り、味方になってくれるアンドロイドの元に帰ってきた。
アンドロイドは、ボクにメッセージを送信した。
『同じ作業手順で、こちらのバッテリーと交換してください』
ボクはさっきやってしまった失敗を問い合わせる。
「偽毛細血管を気付付けないように首を回すコツはないの?」
『なぜ出血したか不明です。慎重にやってください』
憶えているままに分解を始める。
面の皮が剥がれているのにメッセージを送って来たのにはビビった。
『首を回して外れたら、こちらの思考は停止します。大丈夫ですか?』
「ああ」
ボクは躊躇せずに頭を回し始めた。さっきより力を入れずに回すことが出来たおかげで、偽毛細血管を傷つけることはなかった。
頭を割って、バッテリーを入れ替えると、頭を合わせ、後ろ向きに頭をセットしてから一周半回す。
皮膚を戻さない状態で話し始めた。
「ありがとう。これでまたしばらく動けます」
「気味悪いから、皮膚を戻すまで喋るな」
すかさずスマフォにメッセージが来る。
『すみません』
顔の皮膚を戻すには多少コツが必要だった。
特に正面の皮膚は、あごのカーブしている部分には一部、顎側に引っ掛ける構造になっており、そこを引っ掛けないと、胸元から一直線に頭頂に向かって皮が張られるため、目鼻口と、穴と言う穴の位置が合わないのだ。
動画で皮膚の戻し方を確認しながら、途中途中で肌の張り具合を確認し、頭頂までの皮を戻す。若干、伸び縮みした分は頭頂に差し込んでから調整する。
「ふぅ~~」
ようやくアンドロイドを元の『愛の形』に戻すことが出来た。
「すみません」
「そんなことはいい。妹を頼む」
ボクが先へ進もうとするが、アンドロイドは立ち止まったままだ。
「今の『すみません』というのは、こちらがテキパキと誘導出来なかったことについて謝っているのです」
「?」
もう辺りは暗くなっていた。
来た道の奥のほうに、同時に動くライトが二つ見えた。
車か何かが動いてくるようだった。
「もしかして、あれのことか?」
「そうです。あれには、アンドロイドが四機、乗っています」
「四機? 愛は四つ子だって言っていた。だから、さっきの川岸で二体、君の体で三体、残りは一体だと思ってたんだが」
「愛は七姉妹です。実際は七つ子と言っていいものです。全く同型で、区別はつきません」
「まじか…… じゃ、四対一ってことか」
「逃げるとしても、人間を含めたこちらは分が悪いです。戦っても確率は変わりませんが、その方が前向きです」
「なんだその言い方」
ボクの顔を見て何か考えてから言った。
「二つの確率を比較して、どちらかが明確に優位ではない場合、成功した時の効果が高い方を選択することになっています」
「なるほど」
愛の姿のアンドロイドは、妹を道の脇の安全な場所に下し、寝かせた。
「お前一人なら逃げれるのか?」
「そうですね。全く確率が違います」
「じゃあ、逃げろ」
緑髪のアンドロイドは、またボクの顔を見て、言葉に詰まっている。
ボクは言葉をつないだ。
「わかった」
アンドロイドは、さらに困惑したようだった。
そういうことか、と思った。
「空気を読むのやめろ。だからバッテリーが無くなるんだ……」
「わかりました」
ならば……
ボクは、あることを思いついた。さっき、このアンドロイドは、こっちに人間が一人いるから不利だと言った。しかし、すべてのAIが人の言動を推測するのに、さっきのような負荷がかかるのなら、人間であるボクが優位に立つことが出来るのではないか、と思ったのだ。
あとは具体的にどうやって混乱させるか。
「他のAIもさっきみたいに表情や言葉から次の行動を予測するのか」
「そうです」
「よし、それなら」
ボクは仲間のアンドロイドに、メッセージアプリで素早く作戦を知らせる。
やがて坂を上って来た車が止まって、左右の扉が同時に開く。
シンクロするように、左右同時にアンドロイドが車からおりてきた。
「なんだ、髪の色を変えてこなかったのか?」
とりあえず口から出まかせを言ってみる。
しかし、この言葉がどれだけ惑わせているか分からない。
「この山の夏は冬より寒い。何故だか分かるか?」
感情を押し殺して、笑顔を作る。
車からさらに二体がおりてくる。緑髪のツインテール。
「さっきから何を言っている?」
「意味が分かったか?」
「意味などない。今必要な問題と無関係だからだ」
まったく躊躇なく近づいてくる。
こっちの味方のアンドロイドが身構える。
「さっきの言葉の中に、ウィルスが仕込まれていたのに気づいたか。お前らの脳に入り込み、増殖し、思考を停止させるぞ」
「そんな脆弱性は存在しない」
「バグがないことを証明できないのに?」
とりあえず当初考えていたことを言い切った。手を広げて、堂々と。
「証明できない……」
四機のアンドロイドは、ボクの言葉を反芻しだした。
「言葉からウィルスが混入しないとは限らない。同じように、人間には無害な『この寄生虫』が、君たちアンドロイドに絶大な効果がある場合がある」
そう言って、人差し指の腹の部分を、アンドロイド達に向けて見せつけてみる。
アンドロイドたちは、ものすごいズーム機能を使って、ボクの指の画像を拡大し、解析している。
「ウイルス」
「寄生虫」
「何が『同じように』だ……」
それぞれにヒットする単語は違うようだ。これがAIの個性なのだろうか。
「ほら、早く答えてみろ。こっちの味方のドローンが飛んできて、お前らを空爆する前にな」
「ドローン…… 空爆……」
こっちに進んでくる歩行速度があからさまに落ちた。
うまく行ったか? スピードは落ちているが、本当の効果については…… まったく分からない。
「最初の『この山の夏』がキーワードだぞ?」
こんなことで、混乱するだろうか。今度はしばらく何も言わずに考えた。
無理やり、表情を変えてみる。
泣くような顔や、起こったような顔、困ったような顔…… 出来ているのかどうかも分からない。
「あっ、ドローン」
ボクは思わず上空を指差した。今度はハッタリではなく、本物だった。どこからここへ飛んできたのか、誰が操作しているのか分からない。
ドローンは何か箱を抱え、運ぶ為に飛んでいるようだ。
四機のアンドロイドを通過して、こちらの上空へやってくる。
「?」
近くまで下りてきて、いきなり箱を落としてくる。
びっくりしたものの、箱を落とさず受け取ることが出来た。
急に四機が警戒の体制に入る。
ボクは四機に目を配りながら、箱を開ける。
ドローンはそうしている間に、元来た方へ飛び去って行った。
なんとか簡単な梱包を開くと、中には電気髭剃り器を二回りほど大きくしたような機械が入っていた。
大きいけれど、ギリギリ握れる太さだ。
「それは、これと同じもの。ボタンを押して使用します」
仲間のアンドロイドが使い方を見せる。さっき二機のアンドロイドを破壊した武器だ。
ボタンを押すと、先端の二つの突起の間に青白い稲妻が走った。どうやらこれでアンドロイドの電子回路を破壊するらしい。
そんなレクチャーを受けている間に、相手の四機のアンドロイドの動きが機敏になった。変な言葉や、ボクの表情から何かを読み取るのをやめたようだった。
「人間は抹殺します」
「人間」
「抹殺」
「します」
さっきこっちのアンドロイドに、忖度するなと指示したことが、相手のアンドロイドにも与えられたようだ。
言い終わると、四機はそれぞれ重心を低くして、獲物を狙う動物のようにこちらを睨みつけてくる。
「ボタンを押すけど、ど、どこを狙う?」
「主回路の接続箇所が弱点です」
「主回路の接続箇所って?」
「胴と首、胴と腕、胴と足の間の五か所になります」
四機が横一列に広がって、一斉にこっちにやって来た。ボクを狙い撃ちにきている。
右を倒すか、左を倒すか迷う暇もない。
言われた通りに、胴とのつなぎ目に押し当ててスイッチ!
パパパパパリッ。
と聞こえたか聞こえないかの間に、横から拳が飛んでくる。
痛みを感じる間もなく、路上に顔をぶつけている。
度を越した痛みで体がロックされる。
目を開いているつもりだが、皮膚が変形して見えなくなっている。
追撃される。けれど、脳震盪を起こしているのか、ボクは全く動けない。
死ぬんだ…… 妹よ…… ボクもいまから、そっちに……
パパパパパリッ。
パパパリッ。
ボクの手の感触にさっきの機械はない。
パリッパリッ…… パパパリッ。
と何度か、電子回路破壊装置の作動音が聞こえてくる。
倒れているボクに、とどめを刺してくるアンドロイドはいなかった。
もしかしたら、ボクらの勝ち?
静寂が訪れた瞬間、意識を失った。




