知らぬは本人ばかりというね
教室での演習説明会 最後です
「ああ、いいなあ」
トープをうっとりと見つめながら呟くデニスの言葉に生ぬるい笑みを浮かべた後、リナニエラは表情を戻した。
「それで、ブラント団長。有事の際、私たちにも魔物の殲滅を依頼という話ですが、それは、王宮からの依頼と考えてよろしいのでしょうか?」
真面目な顔で尋ねれば、自分の肩にいるトープに釘付けだったデニスの表情が真顔に戻った。そして、その表情のまま頷く。
「ああ、そう考えてもらって構わない。恐らく褒章もあるだろう。ギルドからも君らの名前は王宮に上げられているし、防衛の依頼が上がっている。有事の際には、E,Fランク冒険者の資格を有している生徒には、騎士団の面々と一緒に避難の誘導を――。こうなれば、班編成なんてあてにならないだろうからな。彼らに頑張ってもらう。そして、君達ランクC,Dの冒険者には平原へと出てきた魔獣を始末して欲しい」
自分達の顔を見合わせてそう言うデニスの顔に、リナニエラ達は一瞬顔を見合わせた後、頷いた。
「分かりました。ですが、私たちは学園からも同じような依頼を受けています。こちらについてはどうすれば――」
少し前、魔法科の学年主任から聞かされた話をデニスにすれば、彼は苦い顔をしたまま、頭をかいた。
「分かった。そちらについては、学園と話をしてみる。我々とて、君らに負担を掛けさせる事は申し訳ないと思っている」
そう言うと、彼は折り目正しく頭を下げた。
「え、あの……」
いきなり騎士団の団長に頭を下げられて、レオクリフ、カイン、リナニエラは戸惑った顔をした。リナニエラの印象では、騎士団の団長というのは、もっと貴族や階級意識が高くて居丈高な人間なのだと勝手に思っていたのだ。自分の身近にいる身分の高い人物がそんな態度を取る事が多いから、すっかり自分もお偉い人というのは鼻もちならない物だと思い込んでいた。
『いけない、いけない。すっかりジェラルド王子に毒されていたわ』
自分の思い込みを反省しながら、リナニエラは笑顔を作った。
「かしこまりました。騎士団の皆様に比べたら微力ではございますが、お力になれるようにご協力いたします」
そう言って頭を下げれば『どこか微力なんだか……』とデニスの隣で呟くクリストファーの言葉が耳に届いた。
「トープ」
すかさずトープの名前を呼んで、クリストファーの頭に攻撃を仕掛けるように指示を出す。そうすれば、自分の言葉の意味を理解したのだろう。トープがリナニエラの肩の上から飛び上がりながら羽ばたくと、そのまま再びクリストファーの頭の上に降り立った。
「あ! こら!」
その直後、再びクリストファーの頭の上で足踏みを始めたトープの様子に、クリストファーからは悲鳴のような声が上がるが、周囲からは笑い声が上がった。それを見て、リナニエラは鼻を鳴らした後、デニスへ顔を向けた。
「申し訳ありません。所で、私には大型の召喚獣がいます。それに、隣に立つ彼にも狼型の召喚獣がいます。出来れば騎士団の皆様と一度面通しをしておきたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
未だにトープと戯れている兄を無視して、リナニエラはデニスへと話をする。『召喚獣』という言葉を聞いて、一瞬デニスの瞳が輝いたのが気になったのだが、彼はすぐに真顔に戻ると、『そうだな』と返事をしてきた。そして、少し目を閉じた後、『あ』と気が付いたような顔をする。
「そういえば、オースティン嬢は、外務大臣である御父上と近々魔法で手合わせをする事があるとか」
「え? あ、はい」
まさか、先日の父との話が騎士団の団長の口からでるとはおもってもみなくて、リナニエラは目を丸くする。それでも、彼の言葉を肯定するように頷いて見せれば彼は、先ほど見せたキラキラとした瞳を隠す事なくリナニエラとカインに向かって口を開く。
「で、ではその時に、第一、第二騎士団との面通しをお願いしたい」
勢いよく言われて、リナニエラとカインは顔を見合わせた。自分自身はエドムントとの手合わせがあるから、予定を調整する必要は無いが、彼はどうなのだろうか。そんな顔をしながら、彼を見ればカインの方も少し考える仕草をした後、『問題ない』と返事をしてくる。お互いにうなずきあった後、デニスに『大丈夫です』と返事をした。そうすれば、彼は満足そうにうんうんと頷いた後、リナニエラに視線を向けてくる。
「オースティン外務大臣と、貴女との手合わせは魔法師団の方でも注目しておられてな。カルヴェ団長も興味をもったらしい。それを聞いた陛下がそれなら、騎士団の施設を貸すようにという話になっているよ。近々日程も決定される予定だ」
「「えぇ?!」」
デニスの言葉に、今度はレオクリフと、リナニエラが声を上げる事になった。おそらくレオクリフは自分の父がリナニエラに興味を持った事に驚いているのだろう。自分はもちろんこんな大事になっている事だ。まさか、陛下まで話が行くなんて想像していなかった。ただ、父親と魔法で腕比べするだけという話なのでは無かったのだろうか。
絶望的な顔をして、リナニエラが黙り込めば、迂闊な事を口にしてしまったという自覚があるのだろうか、デニスが慌てた顔をする。
「一応、手合わせは内々だと聞いているが、なにせ外務大臣とはいえ今の魔法師団長と同じくらいの魔術の力を持つオースティン外務大臣の力を見られる機会だという事で興味を持つ者が多くて……」
自ら墓穴を掘っていくように色々な事を暴露してくれるデニスに、リナニエラはこめかみに手をやった。頭が痛い。
「オースティン嬢……」
デニスとのやり取りを聞いていたカインが同情するように声をかけてくる。だが、その言葉もリナニエラには何の慰めにもならなかった。
「だ、大丈夫で……す」
気を確かに持って、リナニエラがカインに返事をするけれども強がっている事はバレバレのようだ。自分でも目が虚ろになっているのを感じながらも、リナニエラが返事をすれば、傍らにいたレオクリフが耐え切れなかった様に『ぷっ』と吹き出した。そちらを見れば、彼は肩を揺らしてくつくつと笑っている。一応、我慢しようとしているようだが、こらえきれていない。笑う彼の顔を見つめながら、リナニエラは意外そうな表情をする。
魔法科の女子生徒の中でも人気が高いレオクリフは、クールで格好いいという印象が持たれているのだが、今見る彼はその印象からは随分かけ離れているように感じられた。
「……、くっ、失礼」
謝罪の言葉は口にしているけれども、全く反省している様子では無い。まだ肩が揺れている。
『まあ別にいいんだけど』
下手に敵視されるよりはこうやって笑われる方がよっぽどいい。ちょっと納得は出来ないが、その方が気が楽だ。
『無条件で敵視してくる某王子様もいらっしゃるしね』
頭の中に浮かんだジェラルドの顔を追い払ってリナニエラはコホンと咳払いをした。
「いろいろお二方にもご迷惑をおかけするかもしれませんが、演習の際はよろしくお願いします」
そう言って頭を下げれば、少し真顔に戻したレオクリフは真面目な顔をしてうなずいた。続くようにカインも頷いて来る。
「こちらこそよろしく頼む」
そう言うと、レオクリフが手を差し出してくる。いきなり出された手に、リナニエラは戸惑うが、最初の頃に彼が見せた敵対心が無い事に気が付いて、その手を握り返す。
「こちらこそ」
そう返した後、手を放す。そのまま、同じ様にレオクリフはカインにも手を出した。
「よろしく頼むよ」
「こちらこそ」
がっしりと握手をして笑いあう二人の間になぜか火花のような物が見えたような気がして、リナニエラは首を傾げた。その時『ギュイ』とトープが鳴きながら戻って来た。どうやら、クリストファーの頭の上を堪能しつくしたようだ。ちらりと兄の方向を見れば、前髪所か、髪の毛全体が寝起きか? と思う位にはぐしゃぐしゃになっている。その頭をなでてやりながら、リナニエラはまだ手を握り合っている二人を見て呆れたように肩をすくめた。
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次回はお父様との腕比べ会のはず




