↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/40

本当の事をきかされたらそうなるよ

教室の中の続きです

いいねありがとうございました

 しんとした教室。教師が口にした事実を受け止められないのだろう。まるで水を打ったような静寂が教室の中に流れた。


『やっぱりね……』


 予想通りの展開にリナニエラはため息をつく。生徒にとって、学校行事というのは『安全』と『非日常』が混ざるから楽しみなのだ。管理されたちょっとした危険はスパイスであって、自分の命を天秤にかける事では無い、その前提に成り立っているのだ。それが崩れている演習と聞かされて、普通の生徒が納得できるわけでは無い。


「嘘だろ!」


 案の定、教室の中がざわざわとし始める。波がうねるように人の声が大きくなって、やがてヒステリックになっていく。こんな事態になるのがあらかじめ予想出来ていたため、リナニエラは無言で自分の耳を塞ごうとした。

 教室のあちこちで『どういう事!』『なんで』などという言葉が聞こえる。教師の方も生徒達の反応が予想外だったようで、戸惑っている様子だった。


「静かに!」


 声を荒げて言うものの、生徒達の興奮は収まる事が無い。それはそうだろう。単なる学校行事で、自分の命が危ぶまれる事に、はなから危険な場所に足を突っ込む、ある意味無理ゲーのような事を学園がしようとするだなんて一体誰が想像するだろうか。


「ああ、やっぱりねえ」


 ざわつく教室の中、隣に座っているクリストファーは小さく呟く。やはり、騎士団側には今回の話は流れているようだ。兵士側で慌てている人間がいない事からもそれが想像できた。


「どうしましょう? 私としては、今生徒の皆さんがおっしゃっている事に理があるように思うのですが?」

「偶然だね。わが妹よ。僕も同じ事を考えていた」


 しらじらしいやり取りを隣のクリストファーをした後、リナニエラは事態を収めようとしている教師の様子を見た。まさか、生徒達がこれほど混乱する事を予想していなかったのだろう。普段の見せるどこか高圧的な様子が見る影もない。一方、隣で建っている騎士団の上役は渋い顔をしたまま腕組みをして、混乱する教室の様子を見つめていた。


「どうします? このまま放っておいたら終わる物も終わらないんじゃ」


 混乱の度合いを増していく教室内の様子に不安を覚えて、リナニエラが隣の兄に話しかければ、クリストファーはと言えば、何を言う事も無くにんまりと笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ。リナニエラ」

「え?」


 この混乱した状況だというのに、全く慌てた様子を見せない兄の様子にリナニエラが戸惑った顔をしたのとほぼ同じに、『バンッ!』という大きな音が教室に響き渡った。


「静粛に!」


 今までずっと黙っていた騎士団の上官の男性が教壇の上にある机を叩いたのだというのは分かった。大きな声で騒いでいた生徒達の勢いすら削ぐ大きな音で、教室は一気に静かになる。彼は、教室の中を見渡した後、一つため息を吐いた。


「全く、こんな状態になる事位、学園側も想像ができただろうに。混乱させて済まない」


 静かな教室の中、低くよく通る声で声が響く。さっきまでのただ声を張り上げていた主任教師とは違う人を圧倒させるような空気に、生徒達は皆口をつぐんだ。


「先ほど、主任教師が話をした内容は残念ながら、事実だ。演習の場所である森は今、魔物が暴走する危険をはらんでいる。これは、最初に森に入った冒険者からの証言、その後検証に入った冒険者と騎士団も確認している!」


 逃げようもない事実を告げられて、シンとした空気が更に張りつめる。だれかが息を飲んだのだろうか、ごくりといった音がリナニエラの耳に小さく届いた。


「騎士団の立場から言わせてもらえば、今の森の中は一滴の水でもたらされたら溢れるコップと同じ状態だ。演習で大勢の生徒が入る事など言語道断だ」


 そう言うのと同時に、騎士団の上官は黒板へと貼っていた森の地図を外した後、もう少し縮尺が小さい周辺地図を貼る。生徒全員に見えるようにだろう、大きなそれを拡げようとした時に、騎士団の一人が彼の元へと歩み寄ると彼の作業を手伝った。ガサガサと紙が擦れる音がするのと同時に、王都周辺の詳細な地図が掲示された。


「これが、演習周辺の地図になる。演習をしようとしている森は、元々、魔の森と言われている場所と繋がっていて、魔の森の生物が流れてくる事がある。今回の件もそれが原因だ」


 そう言って、地図を指示した上官は、演習がある森の向こうにある黒く彩られた森を指さしてそう説明した。魔の森はその名前の通り、魔物が多く暮らしている森だ。普段魔物は森の奥深くで生活しているのだが、何年かに一度魔物が大量発生して、森から湧き出してくる。それが間近に迫っている。そう、上官は説明していた。


「騎士団としては、こんな状態の森の中に身を護る術を持たない子供を入らせるわけにはいかない」

「まあそうですよね」


 上官の言葉に、リナニエラは思わず相槌をうってしまう。最前列に座っているせいで、その声が聞こえたのだろう。上官が驚いた顔をしてこちらに目を向けてきた。そして、兄と隣り合って座っているリナニエラを見た後、『ああ』といった顔をした。あまりにじっと見つめられるのが、きまり悪くてリナニエラはその上官に向かって小さく目礼を返せば、自分の態度を見て我に返ったのか、上官は一つ咳払いをして再び地図に目を戻したそして、彼は指である場所を指示した。そこには、自分達が今いる王都と演習予定地である森がある。


「学園は演習を行う事は決定事項だという。日程が変えられないなら、場所を変えるしかない」

「ですがっ!」


 上官の言葉に、主任教師は声を荒げる。彼は、場所を変える事すら良しとしていないようだ。


『全く……』


 主任教師の言葉に、リナニエラは柄にもなく舌打ちしたくなる。もちろん自分は侯爵令嬢だからそんな事をしてしまえば一気に評判が悪くなる。前世の性格が時々表に出るがそこは我慢する事にした。

 無言のまま、リナニエラは教壇の上で繰り広げられる攻防を見つめる。

 見てわかる事だが、騎士団の上官は演習の場所を変えたがっていて、教師は今までと同じ場所で行いたがっている。自分の想像の域を出ないが、教師たちが演習を強行しようとするのはジェラルドの落ちた評判を上げる為のもの。しかも、どこかからの圧力がかかっているらしい。それを、騎士団の面々は既に理解している。隣にいる兄や、離れた場所にいる騎士団の人間も同じだろう。

 教壇の上で狼狽えている主任教師の顔を見詰めながらリナニエラはそんな事を考えた。上官の話を止めようとしている主任教師を無視して、上官はリナニエラや他の生徒達に視線を向けた。


「そこで、君らに問いたい!」


 真顔をこちらを向けて、話をする上官の言葉に、生徒達の背筋が伸びた。上官は地図の、元々の演習地であった森の近くにある平原を指さした。ここはリナニエラも採取クエストの際などに良く出向く場所だ。よく知っている。この場所は、平原で見晴らしは良いが、見晴らしがよい分、獣の出現や、森から出てきた魔物出る事がある。もちろんそれは、冒険者が討伐している。


「この場所は、森のよりも見晴らしがよい場所だ。今の状況の森にはいるよりも安全だと言える。だが、この場所でも野生の獣も出るから完全に安全とは言えない場所ではある。私は君らの演習場所をここに変更をする事を提案する」

「なっ!」


 上官の言葉に、主任教師は驚いた声を上げる。恐らく教師に話はされていたのだろうが、反対していたに違いない。それを生徒の前で口にしてきた辺り、狡猾というべきなのだろうか。


『それとも、よっぽど今の状況が悪いかよね』


 頭の中で考えつつリナニエラは次の展開を待った。代替案として、平原を提案された生徒達は顔を見合わせた。明らかに危険であると分かっている森の中よりも、見晴らしの用意平原の方が安心だと考えたようだ。顔を見合わせながらボソボソと話し合う彼らに目をやったと、リナニエラは隣に座るクリストファーに目をやった。そして、小声で話しかける。


「お兄様の上司は初めからこれが狙いでしたの?」


 先に恐怖を見せつけておいて代替案を見せて逃げ場を作る。それを生徒に見せる事で、無茶を強行している学園側の思惑を内側から潰すつもりなのだろう。きっと、上官や、ここにいる騎士団はその事に気が付いていた。そう考えながら兄の顔を見れば、クリストファーはにっこりと笑みを深める。

 頬杖を突いた状態で、自分の顔をみたまま彼は頬杖をついている手とは反対の人差し指を唇の前まで持っていく。


「な、い、しょ」


 にこりと笑って、続いた言葉にリナニエラは、自分の考えが間違っていなかった事を知る。学園が無茶をしようとしたのは眉を顰める事だが、それをひっくり返す為に、生徒を使う騎士団の上官もなかなかの策士だ。それに半分呆れながらもリナニエラは息を一つ吐いた。一気に演習場所を変える流れができたのが分かる。生徒達は顔を見合わせてボソボソと話し合っていた。だが、学園の人間では無い上官に意見を言う事は憚られるようだ。なかなか煮え切らない態度の生徒を達を見て、リナニエラは息を吐く。これはもう一度自分が口を出した方が良いのかもしれない。そんな事を考えながら手を上げようとすれば、それよりも早く生徒の中で手を上げる人物がいた。

 見れば、それは先ほど発言をしたレオクリフだった。彼は上官に促されるまま立ち上がると周囲を見回した。


「私は、騎士団団長のお言葉に賛成しまう。わざわざ危険な場所に足を踏み入れる必要は無い。それに、危うい状態の場所に行って不測の事態が起これば、騎士団の方々にも危険が及ぶ事にもなりかねません」


 教室に響く声で主張する言葉に、リナニエラは続けるようにして手をあげる。そして、何か言いたそうな顔をして口をぱくぱくとしている主任教師を見つめながら口を開いた。


「私も、カルヴェ先輩のお言葉に賛成いたします」


 そう言えば、自分が挙手をした事で勢いが付いたのか、他の生徒も手をあげると自分達に賛成するという言葉を次々と上げて行った。

 一気に、演習場所を変える方向に自体が動いた事に主任教師は抵抗しようとしていたが、圧倒的多数対一という状態で彼は自分の主張を貫き通す事は出来なかったようだ。渋々と言った顔ではあったが、『わかりました』と口にすると、用事があると取り繕うような言葉を口にすると教室の中から出て行った。恐らくは演習場所が変わった事を伝えに行くのだろう。ぴしゃりと閉じられたドアを見つめた後リナニエラは一人残された上官へと目をやると、これから一体何が言われるのだろうかと背筋を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。