人知れず水をかく
演習前の出来事です 召喚獣が好き勝手やっています
間が空いてしまってすみません なるべくペースよくあげたいと思っているのですが・・・
ガサガサと草を踏みしめる足音が近づいて来る。その音は複数だ。リナニエラの背中に緊張が走った。しんとした広場に聞こえる音。この音が何なのか、リナニエラには見当がつかなかった。
『野生動物、モンスターの類じゃない』
今である可能性のあるものを頭の中で浮かべては否定しつつ、リナニエラは剣を手にする。森にに入った後、ざっと索敵はした。だが、森の浅い場所だからと強いモンスターなどの簡単な索敵しかしなかったのが悪かったのだろうか。自分を責める言葉が浮かぶ中、リナニエラは音のする方向を見つめた。
「マロ、トープ」
名前を呼べば、足元にいるマロの耳が動く。もちろん、自分の召喚獣も今聞こえる音と近づいて来る気配に反応はしている。だが、普段の依頼の時のようにそれほど緊張感があるとは思えない。むしろリラックスしている状態に近くて、リナニエラは戸惑ってしまう。
『どういう事?』
こういった場面で余り見ない自分の召喚獣たちの様子にリナニエラは戸惑わずにはいられない。これは一体どう判断すれば良いのだろう。
マロの方は座っていた体勢から立ち上がると、音のする方向へ向くとお座りをする体勢になった。トープはといえば、自分の頭の上に乗りながら爪を立てただけだった。
内心頭に走る痛みを与えているトープに文句を言いながら、リナニエラは他の面々の顔を見る。
パトリックとセリアは突然の出来事に何をどうすれば良いのか分かっていない様子だった。パトリックの表情は完全に固まっていたし、セリアに向かっては、自分が持っているスタックを上げたり下ろしたり意味の無い動きを動かしている。
『二人がちゃんと動けるわけ……、ないか――』
いきなりの出来後tにガチガチに緊張した二人の顔を見て、リナニエラは息を吐くと、もう一人の冒険者の経験があるカインへ目を向けた。彼は冷静な顔をして音のする方向を見つめていて、いつの間に呼び出したのか、傍らには彼の召喚獣である狼の姿があった。
彼の手はちゃんと腰につけた剣に伸びている。その様子を『さすが』と感心した後、リナニエラも音が聞こえる方向へ目を向けた。
ガサガサという音は段々近くなる。きっともう少しすれば姿が見えるはずだ。
『モンスター、野生動物はさっきの索敵に引っかかっていないからあり得ない。後は他の冒険者、盗賊くらいか……』
自分の頭の中にある冒険者といての経験値からリナニエラは足音の主を想像する。盗賊だったら、戦闘になるだろう。
『討伐か……』
リナニエラ自身、不可抗力で対人戦闘の経験はある。だが、それは余りよい記憶では無い。だが、向こうが戦い慣れていれば、こちらに危害を加えてくる事など躊躇は無いだろうし、なにより今は戦闘になれていない同行者がいる。彼らを守って自分はちゃんと立ち回れるのだろうか。頭に一瞬不安がよぎった。
『けど、マロとトープは落ち着いている』
唸る様子もなく、音のある方向を目と耳を向けている。だが、唸る様子は無い。悪意のある人間が近づいて来るのなら、もっと彼らは緊張するはずだ。
ガサガサという音が更に近くなっていく。『来る』とリナニエラが剣を抜こうとした時、地面に座っていたマロがいきなり立ち上がると、音の方向へと走って行った。
「マロ!」
さっきまで落ち着いていたマロがいきなり走り出した事で、リナニエラは大声を上げた。止めるように声をかけたのだが、マロは聞く様子が無い。そのまま、高い草が生えた場所へと飛び込んでいく。
「っ!」
草むらへと姿を消した白いマロの身体をリナニエラは慌てて後を追おうとするが、その直後、草むらの方向から『ぎゃぁ』というこの緊迫した空気に似合わない叫び声が聞こえた。
「マロ!」
マロが興奮して、何かをしてしまったのではと思いながら、リナニエラは声をかけて草むらの方向へと向かう。その後をカインが続こうとした。だが、残りの二人を残しておくわけにはいかず、リナニエラは振り返ると、カインに向かって声をかけた。
「私の事は大丈夫です。あなたは二人を!」
短く言えば、カインははっとした顔をした後、後を振り返ると納得したように頷いた。足を止めたカインを見て、リナニエラは頷いた後、そのまま草むらの方向へ走っていく。相変わらず、草むらの向こうからは、ガサガサという音と『うわっ!』『ひぇっ』という声が聞こえてくる。マロが何かをしているというのは分かる。だが、肝心のマロの声が聞こえてこない。
それを不安に思いながら、リナニエラが広場から外に出ようとした時に、背の高い草の向こうから人がひょっこりと顔を出した。その顔を見て、リナニエラは目を丸くする。
「お兄様?」
見れば、マロを抱きかかえた状態でこちらに歩いて来る兄の姿があった。マロの方はといえば、ぶんぶんとクリストファーに向かってしっぽを振っている。その様子はフェンリルというよりも完全に犬のように見えた。
「こら! マロ」
ふんふんと匂いを嗅いで、クリストファーに身体を擦り付けているマロに彼は困った顔を浮かべる。
「ええと、これはどういう……」
訳が分からずに、リナニエラが兄のクリストファーに尋ねれば彼はマロの頭を撫でながら困った顔で笑う。
「実は、学園で開催する演習の前の露払いってところかな?」
そう言うと、クリストファーはマロの身体を地面に戻した。だが、マロは再び草むらの中へと飛び込む。その際高く飛び上がって、草むらへと入っていったのを見てリナニエラは、かつて自分が別の世界で生を受けていた時に見た、雪原の上肉食の哺乳類が小動物を捕獲する時に見せた動きと同じだなと他人ごとのように考えた。
「うわっ!」
再び草むらの向こうから聞こえた声。それに、リナニエラは首を傾げた後、背後を振り返った後草むらの方向へと足を向けた。
ふと頭の上に合った重みが消える。どうやらトープがリナニエラの頭から移動したようだ。変わりに背後から兄の『こら! トープ、髪の毛をむしるのはやめなさい』という声が聞こえてくるから、おそらく足場を兄の頭の上に替えたのだろう。『うわっ』やら『こら』やら聞こえる声を無視して、リナニエラが少し高い草むらの中を進むと、そこにはマロに身体を押し倒されるような格好で顔を舐められている兄と同じ格好をした男性が草むらの中にいた。
「おいっ! こいつを止めてくれ!」
焦った様子で話をする男性の言葉に、リナニエラは我に返ると匂いを嗅いでは顔を舐めているマロの身体を無理やり抱き上げる事で引き離した。
「マロ、お行儀が悪いわよ」
そうは言うものの、自分の興味を持つものから遠ざけられる事が気に入らないのか抱き上げたリナニエラの腕の中でマロは身体を捩っている。
「大丈夫ですか?」
暴れるマロをなだめて、リナニエラが声を掛ければ彼は涙目になりながらこちらを見つめてくる。
「すまない。クリスと一緒に任務についていたら、いきなりコイツがとびかかってきて」
そう言う彼の言葉に、リナニエラは『すみません』と小さくなりながら謝罪の言葉を口にした。マロを引き離したおかげか、彼は立ち上がると自分の服についたほこりを手で叩き落とすとリナニエラの前に立つ。身長は兄のクリストファーよりも少し高いだろうか。筋肉もどちらかと言えば、華奢に見える兄に比べるとしっかりしているように見える。
「細マッチョ……」
ボソリと前世の言葉を口にすれば、目の前の男性は訳が分からなかったのだろう。きょとんとしたような顔をしている。
「え? 何って?」
尋ねられた言葉に我に返ると、リナニエラは首を横に振った。
「な、なんでもありませんわ」
慌てて取り繕うように返事をすれば、目の前の男性は首を傾げた後自分の顔をまじまじと見つめてきた。
「な、なんですか?」
不躾な視線に、リナニエラの視線が鋭くなる。その様子を遠間で見ていたクリストファーが気が付いたのか、トープを頭に乗せた状態で自分達の元へと歩み寄って来た。
「こら、エルマー。僕の妹に失礼な事をするんじゃないよ」
そう言うと、リナニエラとエルマーと呼ばれた男性の身体をクリストファーは引き離す。
「あ、ああ」
我に返ったのかエルマーはうなずくと、リナニエラから距離を取った後頭を下げた。
「こいつは、エルマー。騎士団の同僚だよ。南にあるリンド伯爵家の息子なんだ」
近づいてきたクリストファーの言葉に、リナニエラはもう一度、エルマーの顔を見上げた後、頭を下げた。
「兄がお世話になっております。妹のリナニエラです」
そう言って、こんな格好ではあるがカーテーシーの仕草をすれば、彼は慌てたような顔をする。
「ああっ! えーっと」
いきなり貴族を前面に出した挨拶の仕方に、エルマーは慌てる。それを見て、隣に立つクリストファーがクスクスと笑っていた。その直後、リナニエラの頭に重みがかかる。どうやら、兄の頭からトープが再び自分の頭の上に移動したようだ。
このタイミングで移動してくるトープに若干苛立ちを覚えながらも、リナニエラは顔を上げるとクリストファーへと視線を向けた。そうすれば、彼は背後で自分達のやり取りを見つめているカイン達へと視線を向ける。
「君達もこっちへおいで」
そう言って手招きすれば、セリア達は顔を見合わせた後、こちらへと近づいた来た。
「皆に紹介いたしますわ。私の兄、クリストファー・オースティン。今は城内の第一騎士団に務めています。要するに社畜ですわ」
「「「しゃちく?」」」
全員の声が重なった事に気が付いて、リナニエラはコホンと咳をすると隣で肩を震わせている兄へと目をやった。もちろん、足元で兄の足を踏みつける事も忘れない。だが、彼は任務の内容の事もあるのか、頑丈な靴を履いていたようだ。踏んだ割には手ごたえが無い。それに少し忌々しい物を覚えながらも、顔はどうにかうっすらと笑顔を浮かべる事にした。
「始めまして。リナニエラの兄であるクリストファー・オースティンです。妹がお世話になっている」
そう言って頭を下げる兄に、セリアと、パトリックが慌てた顔をして頭を下げる。
「そ、そんな侯爵家の方に頭を下げられるだなんて」
どうやら、階級意識が強いのだろう。慌てた様子で、パトリックがそんな事を言うのに、リナニエラは息をはいた。
「そんなにかしこまらなくても、兄は噛みついたりしませんわ。それより、お兄様。何故この場所に?」
最初に質問した内容を彼に問いかけてみればクリストファーは苦笑すると背後に広がる森に目をやった。
「今度ある学園の演習の前に、危険な場所や危ないモンスターを片付けておくんだよ。ほら、魔法科や騎士課の生徒はクエストの経験がある生徒が多いけれども、貴族化の生徒はねえ……」
そう言うと、言葉を濁す兄にリナニエラは頷いて見せた。
「なるほど。演習を安全に行う為の露払いと」
そう言えば、クリストファーとエルマーが苦笑しながら頷いて見せる。彼らの言うように、戦闘に慣れていない生徒がいきなり魔物が大量発生する場所に対応できるわけがない。
言い方は悪いが、この演習は『安全を約束された演習』でなければならないのだ。それを作る為に、人知れず兄たちのような人間が土台を作っているという事だろう。
ふと、リナニエラの頭の中に湖に浮かぶ白鳥の姿が浮かんで来る。彼らは優雅に泳いでいるように見えるが、実際のところは水面の下では足で水をかいているのだ。騎士団という花形の職場でちやほやされている彼らも、こうやって人知れず裏方のような事をこなしているのだ。そう考えると、リナニエラは目の前の二人の顔を見つめる。
「なんだよ」
いきなり見つめられて戸惑うエルマーにリナニエラは頭を下げる。
「お勤めご苦労様です」
せめてもの感謝の言葉をと、リナニエラがそう言うと、一緒にいた面々も頭を下げるのが分かった。どうやら、何故自分が兄たちに頭を下げたのか理由が分かったのだろう。
ここで、騎士だから安全に準備するのが当たり前だというような人間がいたら、多分リナニエラは手を上げていた。そんな人間がいなくて助かった。そう思いながらも、リナニエラは二人の顔を見つめた後、口元の口角を無理やりに上げた。




