希望の風
「……ん、知らない天井なんだぞ」
異世界転移した日本人の言ってみたい言葉ランキングNo.1のセリフ(作者調べ)を呟いたルーファは、シパシパと瞬きを繰り返しながらその身を起こす。
それと同時に、引っ張られるような違和感に視線を向ければ、見覚えのある豪奢な金髪の美女がルーファの手を握り締めて眠っていた。
「あー!エリーちゃん!?」
「きゃあ!」
飛び起きたエリザベスとルーファの目がバッチリと合う。
「ルーファちゃん!良かった!3日間ずっと眠っていましたのよ」
「えっ!3日も!?」
そう言ったルーファは記憶を振り返る。
メイド服を拝借した(窃盗)
城でご飯をこっそりと頂いた(食い逃げ)
アークとジンを脱獄させた(犯罪幇助)
生クリームとプリンが付いたアークとジンをペロペロした(セクハラ)
自身の犯罪歴を振り返っていたルーファはようやく気を失う前の記憶に辿り着く。
(えっと、確かジンが戦ってて……最後はどうなったんだっけ?)
ルーファが覚えているのは、ジンを助けようとネロに飛び掛かっていったところまで。不思議な事にその後の記憶がハッキリとしない。
「アークとジンは無事なの?」
不安そうに尋ねたルーファにエリザベスは笑顔で頷くと、その手を優しく握りしめる。
「皆ルーファちゃんが目覚めるのを首を長くして待っておりますのよ。着替えたら案内致しますわ」
実際には神獣が目を覚まさないこともあって、首を長くするどころか全員が顔面蒼白で食事も喉を通らぬ状況なのだが……ルーファは知る由もなかった。
「アーク!ジン!」
扉を開けて駆け寄るルーファにアークは涙し、ジンはといえば……床に額を擦りつけていた。いわゆる土下座である。
その背後に粛々と並ぶのは反乱軍の主だったメンバー――クロード、ティタン、ジェーン、キルゲイ――だ。
残念ながらベンソンは反乱軍を率いて既に出発しているためにここにはいない。
「申し訳ありましぇぬ。わしゃの……わしゃの所為で……」
そう、実はルーファが気を失った原因はジンにあった。
とは言っても、ルーファを乱暴につかみ上げたネロに対して怒りの鉄拳を食らわしただけなのだが……その結果が酷かった。
血と脳しょうがそのままルーファへと降りかかり、スプラッタどころか血を見る事さえ苦手なルーファはそのまま気を失った次第である。
ちなみに3日も目を覚まさなかったのは、ただ単に寝汚ないだけであり、たいした意味はない。
ここでの悲劇は神獣に詳しい者がいなかったことか。
「神獣は穢れを嫌う」と言われてはいるものの、時には苛烈な報復も辞さない存在だ。要するに血で汚されれば烈火の如く怒り狂うのであって、それでフラ~と倒れる様な軟弱な性質ではないということ。
ルーファが血を見るたびに倒れているのはビビリな性格ゆえであって、決して種族的な理由からではないのだ。
だが残念ながらここは神獣と縁遠き西部。誰もそんなことは知らなかった。
そんな勘違いから、ジンは深く……それはもう深く反省した。自分の所為でルーファがこのまま目を覚まさなかったらという恐怖に怯えながら。
この3日間寝る時――アークにより無理矢理(物理)寝かしつけられた――以外はただひたすら祈りを捧げていた程である。
おいおいと鳴き始めたジン(※100歳越え)に、ルーファは戸惑った視線を向けるとそっとハンカチを差し出した。
「ジンは何も悪くないんだぞ」
ルーファの微笑みは聖母の如き慈愛に満ちてはいるが、その心情は「取り敢えず慰めておこう」的ないい加減なものであった。
「るーふぁじゅじぇれみぃしゃま……」
何かを求めるように差し出されたジンの手をルーファは優しく握りしめる。
ちなみにジンが求めるのは赦しであり、ルーファが与えたのはただのハンカチである。
全くかみ合ってない2人の想いは、完全にすれ違いながらも何故か周囲に感動の嵐をもたらした。
「1つおたじゅねしてもよろしいでしょうか?」
ひとしきり泣いた後、ハンカチを握りしめながらジンが問う。ちなみに、そのハンカチはドレイク家の家宝にする所存である。
「あの時月が隠れているにも関わらじゅ、何故わしゃは魔法をちゅかえたのでしょうか」
ジンは今でも不思議に思う。
固有魔法の制約が破られるなど今まで一度も聞いたことのない話であり、もしそのような裏技があるのなら世界の常識が覆る可能性があったのだが……その答えは実に意外なものであった。
「ジンの魔法は月に由来するものでしょ?月と神獣は深い関わりがあるんだぞ。神獣は満月にその力を増し、新月には減じるの。月に由来する魔法は神聖魔法に近い性質を持つって母様が言ってたんだぞ。だからジンの魔法は神聖魔法……ううん、正確には神力に反応するの」
「神力でしゅか?」
当事者のジンのみならず、この時は全員の顔に疑問が浮かんだ。
元々“神力”について分かっている事はほとんどない。明確にその存在が記載されているのは「勇者と汚染獣」の本のみであり、本当にそんな力があるのかどうか未だに証明出来ていないのが現状である。
「神力は世の根幹たる力。神獣の持つ力が最も神力に近く、その延長線上に光魔法があるの」
「もしや、光魔質の者が属性魔法を使えないのは……」
ハッとして呟いたクロードによくできましたと言わんばかりにルーファが頷く。
「そう。彼らの魔質が神力に近いから。魔力は神力が変質して出来たものだけど、この2つは似て非なるモノ。神力を扱う者は魔力を扱えないし、魔力を扱う者は逆に神力を扱えない。ジンが持つのは魔力だけど、発動条件に神力が関係しているの」
月の光は神力を活性化させる。
そして神力の存在がジンの魔法の発動を促すのだ。
「気を付けて、ジン・ドレイク。貴方の力は汚染獣には通じない。これから先その力は役に立たないだろう。貴方はそれでも戦場に立つの?」
その言葉の危うさに全員の顔が強張る。
それはベリアノスと汚染獣の関わりについての言及か、それとも再び汚染獣が襲ってくるという未来の予言なのか。
どちらにせよ、波乱に満ちていることに間違いない。
「わしゃは……わしゃは老いぼれでしゅ。最早、戦う力なんぞ残っとりましぇん。でしゅが……もし、汚染獣がおしょってくれば再び剣を取りましょう。棺桶に片足を突っ込んじょる老いぼれでしゅが、それでもわしゃは最期まで戦士でありたいのでしゅ」
弱弱しい外見とは不釣り合いの強い言葉に、ルーファの口が知らずに綻ぶ。その眼に強く輝く魂を映して。
ところ変わり、彼らはとある部屋の前に集まっていた。
だが、そこにはルーファの姿だけがなく、彼らは何の変哲もない扉を凝視している。
「いったいルーファちゃんは何をなさっておいでなのかしら?」
「凄い魔力が漂ってますよね。いえ、これが神力なのでしょうか」
無邪気な様子のエリザベスとは裏腹に、ティタンはぶるりと身体を震わす。
足元を這い上がるように広がっていくのは、今まで感じたことのない神聖なる魔力……いや、神力と言うべきか。まるで無限に湧き出る泉の如くその力の底はようとして知れず、その密度は時が過ぎるごとに増していく。
「オレはSランクの魔物を相手にしたことがあるが……そいつもこれ程の魔力じゃなかったぜ」
「きっとあたしら人種には及びもつかないことをなさっているのさ」
額から汗を流しながらゴクリと唾を飲み込んだキルゲイの常ならぬ様子に、ジェーンは苦笑をもらした。
そこには緊迫した空気こそあるものの、今まで付きまとっていた絶望はない。それはひとえに神獣という名の希望ゆえ。
己の死の未来しか見えていなかった彼らの目に、初めて別の色が映ったのだ。
それは何処にでもありそうな他愛のない光景。ただ、みんなと笑い合い酒を飲む――そんな未来だ。
「エリザベス……君の言ったことが正しかった」
「え?」
「言っていただろう?待たなくていいのかと」
眼を見開いて見上げてくるエリザベスに、笑みを浮かべたクロードが続ける。
「風が吹いたんだ。希望の風がね」
クロードは扉の中にいるルーファは思う。
今、ルーファが何をしているのか知る術はない。いや、それは人が知ってはならぬ秘術に違いない。何故なら扉を閉める前にルーファはこう言ったから――自分が出てくるまで誰もこの扉を開けてはならない、と。
その結果が現在の状況であり、刻々と密度を増す魔力にクロードは畏怖と歓喜を覚えた。
畏れ敬うのはその尊き御身
歓び慕うのはその慈悲深さゆえ
リーンハルトの守護神獣はカサンドラ、フォルテカのみならずシリカをも救おうとしているのだ。その全てを包み込むような温かな力に身を委ね、クロードはそっとその目を閉じた。
さてさて、その扉の中で何が起きているのかと言えば……
「ルーファの楽しいクッキング~♪」
実はルーファが立てこもっているここは隠れ家にあるキッチン。
その中でフリフリのエプロンドレスを身に着けたルーファが、くるりとターンを決めていた。ノリノリである。
「まずは用意したこのコップに水を入れて、神樹の枝をぶっさしま~す。続きまして、豊穣ノ神を発動させるんだぞ。ゆくぞ!〈神・ノ・領・域〉!」
決めポーズと共にルーファの身体がペカッと光り、魔法が発動する!
「う~ん。やっぱりただの〈神域〉なんだぞ」
未だかつて〈神ノ領域〉を成功させたことのないルーファはガッカリとため息を吐くと、気を取り直してコップの中の水を見る。
「“神水”の完成なんだぞ!」
“神水”とは神獣の気まぐれの上位互換。
ルーファの神域にある中心部――神樹の周りを囲っている湖――でしか採れぬ奇跡の水だ。その効能をロキから聞きかじっていたルーファは、それを再現すべく神域を作り出したのだ。
ちなみに神樹の代わりとして用意したのが、ミーナと遊ぶときにぶん投げてもらっている神樹の枝であり、コップに入っている水が湖代わりである。
果たしてちゃんと再現されているのか……疑問が残るところだろう。
だが、細かなことなど気にしないルーファはそれが“神水”だと信じて疑わない。
満足気に頷いたルーファは早速完成した“神水”を持って扉を開こうとしたところで足を止めた。
客観的に自分を見てみよう。
ふりふりのエプロンドレス
手に持っているのは木のコップ
そう、ルーファは気付いてしまった神獣としての威厳が足りないことに。
「ふう。危なかったんだぞ。母様にも神獣らしくって言われてたのに」
コップをひとまずテーブルの上へと置いて、ルーファは衣装チェンジすることにした。
取り出した姿見の前で試着すること数十着。冒険者の服装からドレスまで、迷いに迷ったルーファは結局カトレアが好んで着る白い和服に似た服に決めた。ルーファにしたら英断だと言ってもいいだろう。
「後は髪をまとめて……ほっ!はっ!」
どんどんグシャグシャになっていく髪を眺め、ルーファはそっと簪を〈亜空間〉へと仕舞う。
「うむ。自然のままが一番いいって誰かが言っていたような気がするんだぞ」
強引に自分を納得させ、手早く髪を梳かしたルーファは次いでコップを見る。
「見た目って重要だよね」
例えば料理を盛る皿1つとっても、色や大きさ、材質によって全く印象が異なることをルーファはよく知っている。白い生クリームを使ったケーキには色のついた皿を、逆に色取り取りの野菜を使ったサラダにはシンプルな白が良く似合う。
それを踏まえて見たならば……現在テーブルの上に置かれているコップの中身はただの水にしか見えない。
「なんかこう、神聖さが足りないんだぞ」
ガサガサと〈亜空間〉を漁ることしばし、ルーファはようやく納得がいくものを見つけ出す。
それはカトレアが作り出した氷で出来たグラス。中に飲み物を淹れれば瞬く間に冷たくなり、真夏には重宝するルーファお気に入りの逸品である。ちなみに世界魔法〈氷嵐ノ世界〉で作られているために溶けることはない。
見た目も極上の一言。
水晶の如く透明なそれは光に反射して神々しく輝き、カトレアの趣味で入れられた幾何学的な模様を美しく浮かび上がらせている。漂うオーラも神聖な力を宿し、見る者が見れば神獣が創る伝説の品――聖具――だということが分かるだろう。
ルーファが無造作に“神水”をグラスへと移せば、そのキラキラと輝く水に思わず目が釘付けになる。
キョロキョロと周りを見渡したルーファは欲望に負け、ゆっくりとグラスを傾けた。
「あ、甘い!」
何という美味しさか!
喉を通る水は冷たく清涼で、その香りは芳醇な果物の如く爽やかだ。舌に残る甘みにしつこさはなく、むしろ永遠に感じていたいとさえ思ってしまう。これぞ甘露の如き水か。
――ぐびぐびぐび
プハーと息を吐いたルーファの前には、僅かに1口だけ水が残されていた。
「あ、あれっ」
ちょっと味見をするつもりがこの体たらく。
挙動不審に目を泳がせたルーファは言い訳をするように口を開く。
「ま、まだ効果は分からないんだし……そう、これは実験なんだぞ。だからまず1口試してもらうんだぞ」
効果があればまた作ればいいし、なければ改良する必要がある。
そう自分に言い聞かせたルーファはキッチンの扉を開けた。
~キッチンにこもる前の出来事~
ル「あー!貴方は人生の旅人!!」
ティ「え?人生の旅人……?」
ル「うむす。一緒に河を漂流した仲なんだぞ」
ティ「あっ!まさか自分を助けてくれたのは迷宮神獣さま!?」
ルーファは漂流仲間と再会した!




