シリカ反乱軍
静まり返った室内を重苦しい雰囲気が支配する。
明かりに照らされた彼らの顔は誰もが沈痛な面持ちで、ある者は目を瞑り、またある者は唇を噛み締めている。
「止めだよ、止め!何て辛気臭い顔してんだい。こっちまで気が滅入っちまう」
パンパン!と手を叩いてジェーンが言えば、集まった面々は辛そうに顔を伏せた。
古代魔導兵器の破壊という目的こそ達せなかったものの、時間が稼げたことを考えれば今回の作戦は成功と言ってもいいだろう。
ベリアノスとの戦闘も鷲獅子のお陰で最小限の犠牲に留められた。だが……そこにいるメンバーの顔は晴れない。
何故なら今回の作戦で犠牲になったのはクロードの側近であり、反乱軍を実質上纏め上げているジェーンの甥。そこにいる誰もがその命を惜しんだ。
「いいかい。ここで立ち止まっている暇ははないんだよ。クロード様も何のためにティタンが命を懸けたのか忘れないでおくれ」
「……分かっている」
悲しんでいる余裕がないことは、クロードも理解している。死んでいったティタンに報いようと思うのならば……やるべきことはただ1つ。
感情を押し殺したクロードが顔をあげたその時……
「おいだわじやジェーン様。ダレン様に続き若君までも……ううっ、ズビー!」
涙と鼻水を盛大に垂れ流しながら、1人の男が崩れ落ちた。
空気を読まないこの男はサンライト侯爵領軍の軍団長ベンソン・オーム。
幼少の頃からティタンを鍛え上げた剣の師でもある。ただ少し……いや、かなり感情豊かで思い込みが激しいところがこの男の長所であり短所だろう。
現に緊迫した空気が一瞬で霧散し、全員の顔に苦笑が浮かぶ。若干、場が和んだところでクロードが咳払いを1つ。
「ベリアノスの動きはどうなっている?」
「本隊はサンタクルス領に留まり着々と兵と物資を運び込んでるよ。恐らくは古代魔導兵器の到着を待ってアスタロスへ攻め入るつもりだったんだろうが……」
「私たちが周辺の橋を落としたからね」
現在、古代魔導兵器を運搬するには時間をかけて遠回りするか、橋を新たに造る必要がある。どちらにしろ相応の時間が必要となるだろう。
「古代魔導兵器が船で運ばれる可能性は?」
「その可能性は低いだろうよ。あれの重さを考えるに運ぶには軍艦が必要だからね。魔物に襲われるのがオチさ」
原魔の森から程近いシリカの川には水棲型魔物が数多く住んでおり、巨大な魔石を使用する軍艦の運用は自殺行為だと言える。世界でも希少な古代魔導兵器をそんな危険を冒してまで運ぶとは思えない。
「だとしたら、古代魔導兵器を待たずに開戦ということもあり得るか。捨て駒にされるのは我が民だ。ベリアノスも惜しくはないだろうからな」
そう吐き捨てたクロードの顔には皮肉気な笑みが浮かび、その拳は強く握られている。
「もしそうなればオレが目にもの見せてやりますよ」
ニヤリ、と獰猛にキルゲイが笑えば、「わたくしも!」と言ってエリザベスが椅子を蹴って立ち上がる。
そのやる気に満ちていながらも可愛らしい姿に、微笑ましい視線が集中する一方、クロードは逆に顔を曇らせた。
「私としてはエリザベスには残ってもらいたいのだが……後を引き継ぐ者が必要だろう?」
「あらお兄様、この戦いに勝たなくては後も何もありませんのよ?持ちうる戦力は全て投入すべきですわ。それにわたくしが残ったところで臆して逃げたと後ろ指を指されるだけ。ならば王族として誇り高く戦うことを選びますわ」
艶やかに笑うエリザベスは、咲き誇る大輪の花のように美しい。
果たしてどれだけの人が彼女と同じように笑えるのか……ただ前を見て悔いもなく。
(私には無理だろうな)
そうクロードは自嘲する。
真っ直ぐ己の信念に従って戦うには、彼が背負っているモノはあまりにも重すぎた。例えシリカを解放できても、多くの民の命が失われる未来は変えることが出来ないのだから。
せめてエリザベスだけでも生き残ってくれれば……そう思いはすれどクロードは自分の願いを口に出すことはなかった。
毎日のように剣を振るい、王女とは思えぬほど固くなった手はエリザベスの努力の証。それを否定することは、彼女の人生そのものを否定するに等しいからだ。
「分かったよ。置いて行ったりしないから安心しなさい」
エリザベスは王女であると同時にシリカの騎士。
剣を握った瞬間から、彼女は護られる側ではなく護る側を選んだのだ。ならば自分は為すべきことを成すまで。
せめて最期の瞬間までエリザベスの自慢の兄であるために。
「今、リーンハルトはガッシュ陛下の行方不明と国内で多発している反乱で混乱している。態勢を整えるまでまだ時間がかかるだろう。ベリアノスがその隙を逃すとは思えない」
今まで幾度となくベリアノスに攻め入られ、その度に危機を乗り越えてきたリーンハルトだが、ここまで国が乱れることはなかった。
――英雄王の不在。
それが未だに尾を引いているのだ。
ベリアノスという脅威から西部諸国を守護し続けてきたのは間違いなくガッシュの存在あってこそ。
故に彼らは怠惰に安寧をむさぼってこれたのだ――いざとなれば英雄王が助けに来てくれるのだと信じて。
何と愚かなことか。
結果、リーンハルトは軍をまとめきれず、シリカに至っては自国を護る能力すらなかったと言う訳だ。
「古代魔導兵器が間に合わないのは幸いだが、それでもリーンハルトにとっては厳しい戦いとなるはずだ。相手がシリカの兵となれば剣先も鈍るだろうからね。ベリアノスの動きを見逃すな。もし、開戦となれば……我らは奴らの背後を衝く」
クロードはガッシュがいなくともリーンハルトがベリアノスに劣るとは思っていない。だが、戦には“機”というものが確かに存在し、時にはそれが勝敗を分けることもある。
そして今、勝利の風は間違いなくベリアノスへと流れている。時間を、少しでも時間を稼ぐのだ……自分達の命を以て。
そして願わくば、自分達の一撃がリーンハルトの勝利の一助にならんことを。
強い決意と覚悟を胸にクロードは叫ぶ。
「シリカの汚名を晴らすのだ!ただ無意味に死ぬことは許さん!例え我らの命がここで尽き果てようとも、1人でも多くのベリアノス兵を道連れにしてやろうではないか!!」
「「「「おう!!!」」」」
――パタン
ジェーンたちが出て行った室内にはクロードとエリザベスだけが取り残される。
残り僅かの時間を兄妹で過ごせるように、との年長者の気遣いなのかもしれない。
「あの……お兄様。ルーファちゃん、いえ、迷宮神獣様の御言葉を覚えておいでですか?」
「もちろんだ。『いずれ風が吹く、それまで耐えよ』だったか」
「……待たなくてもよろしいのですか?」
「その言葉を聞いた時、ガッシュ陛下のことが頭に浮かんだよ。陛下が戻って来られるのではないかとね」
「でしたら……」
「でもねエリザベス。いつまで待てばいい?ハッキリ言って兵糧の確保すら危ういんだ。私達に待つ時間はあまり残されてはいない」
俯いたエリザベスは唇を噛む。
「そう……ですわね。先程の言葉は忘れてくださいまし」
クロードがエリザベスに頷きで返したそんな時、外から騒めきの声が室内にまで届く。詳細を聞き取ることは出来ないが、みんな酷く興奮しているようだ。
お互いに顔を見合わせた2人は我先にと室内を飛び出した。
「どうした!?敵襲か!?」
慌てるクロードとは裏腹に、兵の顔には喜びの表情が浮かんでいる。クロードが兵の視線の先を見てみれば、そこには懐かしい姿があった。
「クロード様!ただ今戻りました!」
「ティタン!?」
どちらともなく駆け寄った2人は互いを強く抱き締める。
「……無事だったのだな」
今にも泣き出してしまいそうなクロードの震える声に、ティタンの顔もくしゃりと歪む。
「ご心配を……おかけしました」
希望なき戦いの最中に起こった奇跡の生還は、全員の心に僅かばかりの暖かさを灯した……が、それが長く続くことはなかった。
「……ティタン。つけられたね」
鋭く言い放ったジェーンの言葉に、キルゲイが即座に剣を抜く。その剣先はジェーンの視線の先――何の変哲もない壁――に向けられていた。
「もうバレましたか。流石は名高きサンライト将軍」
ぐにゃり、と壁が歪んだかと思えば、そこには男が立っていた。
全身黒ずくめの姿はどこの間諜も同じ。ただ、その鮮やかな青い髪とエメラルドグリーンの美しい瞳は、目立つことを是としない間諜らしくない。
否、その規格外さこそ強者の証。
それは凡庸な容姿を求められる間諜の条件を覆すほどの何かを、男が秘めているということなのだから。
その証拠に見つかったというにも関わらず、男は余裕の態度を崩さない。
「何者だい?」
「これを見れば私が何者か分かるでしょう」
ジェーンを見つめながら、挑発するように嗤った男が懐から取り出したのは、十字と小さな円を重ね合わせたネックレス。
いや、正確にはそれは円ではなく蛇環の輪――アグィネス教のシンボルだ。
そのネックレスを見た瞬間、殺気が辺りを支配する。
ここにいる誰もが、友人を、家族を、仲間を、アグィネス教に殺されてきたのだ。その闇は広く……深い。
「あんたは支配されていないようだね」
ジェーンの言葉に笑みで応えた男は、クルクルと指で何かを回す。
それは……何の変哲もないただの鍵。
否、ジェーンの目にはその鍵がまとう精密な魔法陣が幾重にも重なって見えた。
「キリシアの断崖に入口がある。貴女の目なら見える筈だ。屋敷の中に置いてある兵糧と武器は好きに使うといい」
そう言い残した男の姿は、瞬き1つの間に綺麗さっぱり消えていた……ジェーンの手に1本の鍵を残して。
無言で鍵を見つめるジェーンに、キルゲイが歩み寄る。
「あの男を信じるのか?」
「罠を張るより奇襲をかけた方が遥かに簡単だと思わないかい?」
「その通りだ。あの男が私たちを見つけたとなれば、恐らくベリアノスにも見つかっていると考えた方がいい。わざわざ姿を表したのは警告と……私たちを試したかったのではないか?」
「ですがお兄様、アグィネス教の中に本当に味方が潜んでいるのでしょうか?わたくしには信じられませんわ」
エリザベスの疑問は最もだと言える。
アグィネス教の亜人に対する扱いは残忍で冷酷だ。まともな神経の者であれば、いくら潜入するためとはいえ到底信者になるとは思えない。
獣人の耳を切り落とすことは序の口。
躾と称して子供を売り渡し、女を犯し、男の口を縫いつけて死ぬまで鞭を打つ。それを時には笑いながら眺め、時には自らが行う――それが“アグィネス教”に入るということ。
とても真面な神経の者が出来るとは思えない。
「“死者からの手紙”……この言葉を聞いたことがあるかい?」
「伯母上、それは迷信では?」
シリカでは時折、このような噂がまことしやかに囁かれている……死んだはずの誰かから手紙が送られてきたと。
「……昔からリーンハルトがジターヴの奴隷狩りを強く取り締まれば、その反動はシリカへ波及してきた。あれはあたしが20歳の頃かねぇ。その波がサンライト侯爵領まで届いたことがあったんだよ。多くの民が連れていかれた……時には村ごと全てね。その中に私の侍女の妹がいたんだよ。何度か城に来たことがあってねぇ、明るくて姉想いのいい子だった」
昔を懐かしむように目を細めた彼女の内にあるのは悔恨。
当時はまだ侯爵家当主ではなかったものの、“全知魔法”を持ちながら何も気付くことの出来なかった不甲斐ない己に対する苛立ちだ。
「侍女は……カラはとても落ち込んでね。あたしも何か手掛かりはないか探して回ったさ。でも結局何の進展もなく1年が過ぎたある日、彼女が手紙を持って来たんだ。住所も消印もない家族の名前だけが書かれた手紙をね。内容はこんな感じだった――『私は幸せだから心配しないで。みんな元気でね』って。それは間違いなく妹さんの筆跡だった。当然あたしは調べたさ。死者から手紙が送られてくるなんて信じちゃいないからね。それで分かったことは、使われていたインクがカサンドラ大迷宮からしか取れない植物で作られていたということさ。そして、そのインクはリーンハルトの1部地域でしか販売されていなかった。あたしはこの時点で調べるのを止めた」
調べればカラの妹の居場所は分かったかもしれない。だがそれは、彼女を逃がした誰かを危険に晒すということ。
“死者からの手紙”という都市伝説がジェーンの子供のころからあったことを考えれば、それは世代を超えて受け継がれている壮大なる潜入劇。
「あたしは信じるよ。拐われた子供たちをリーンハルトに逃がしている誰かをね」
~ティタンが帰ってくるまで~
ジェ「ところでティタン、あれからどうなったんだい?」
ティ「実は気付いたらハラマダの近くの川辺で寝ていて、不思議な事に傷も治ってたんですよ。いやあ、これも日ごろの行いが良いからですかね。それから転移陣を利用しながら戻って来ました」
ジェ「お待ち。転移陣?身分証明書がなければ街にも入れない筈だろ?」
ティ「あっ、冒険者登録ただのティタンでやってたんで。大丈夫かな~って思って」
ジェ「バカタレ!どう考えてもそれでバレたんじゃないかい!!その頭は飾りかい!!」
ティ「あっ!いたっ!伯母上、マジでいたっ!ぎゃあああああ!!」
ティタンはお仕置きされた!




