不思議な出会い
ザアアアアア……
悪戯な風がスカートを翻す。
膝丈よりやや長いそれは上品な黒。その上に着けた純白のエプロンはフリルがあしらわれ、可愛らしい印象を与えている。
決して肌を見せない黒いタイツに覆われた足は清楚さを演出し、頭にはメイドの特徴であるホワイトブリム。
品質も1つ1つが丁寧に縫製された一級品で、動きやすさを重視しながらもラインの美しさを損なわないデザインとなっている。
当然それはただの豪商のメイドではあり得ない。
全員がその服を着こなすに相応しい品格と容姿を持ち、歩く姿1つ取っても洗練されて隙がない。
そんな彼女らの正体はシリカの王城で働くメイドであり、誰もが自身の仕事に誇りを持つプロフェッショナルだ。
その中において本日はどこか様子が違う。
同じメイドであるにも関わらず、ちょこまかと城内を走る姿は上品とは言い難く、キョロキョロと周りを見渡す仕草は慣れていないのが明らか。
だがその不審な姿を見ても、誰もが口を閉ざし咎める者はいなかった。
それはメイド服を着る不審人物の容姿が芸術品の如く美しいから。
絹のような光沢を放つ漆黒の髪はそのまま結われること無く腰まで流れ、新緑に輝く瞳はまるで熟練の職人の手でカットされた宝石のよう。
白磁の肌は染み1つなく滑らかで、幼いながらも絶世と呼ぶに相応しき美貌はまるで神の創った至高の作品。
数年後には傾国の美女と謳われること間違いなし、そう誰もが確信するほどの美貌に彼らはこう誤認した――貴族のお遊びか、と。
それはある意味仕方のないことなのだろう。
堂々と歩き回るその姿は怪しさとは程遠く、不慣れな様子は初々しさすら感じさせるのだから。
「ふふふ!完璧なる変装なんだぞ」
その正体は……お分かりの通り、どこぞの子狐である。
ルーファは子狐の姿ではあきたらず、干してあったメイド服を拝借して城内を動き回っていたのだ。
周囲に溶け込んでいると全く疑っていないルーファの行動は徐々に大胆になっていき、現在では中枢付近にまで紛れ込んでいた。
「君、どこの子?」
そう声をかけられたのは必然か。いや、いきなり斬りかかられなかっただけマシなのだろう。
自分の幸運を全くと言っていいほど認識していないルーファが振り替えれば、そこにはフードを目深に被った怪しい人物がいた。
「誰かー!曲者……もがっ!」
「ちょっと!曲者はそっちだろ!?」
口を塞がれたルーファにやや怒った声で言い返したその人物に、ルーファはようやく自分の置かれている状況を思い出した――観光ではなく偵察をしているのだと。
ピタリ、と借りてきた猫のように大人しくなったルーファが様子を窺えば、怪しい人物はあっさりとその手を放した。
朝人が不審人物に気付いたのは偶然であった。
召喚されて以来、周りに敵しかいない朝人にとって安らげる場所と言えば人が少ない場所に限る。
一時の休息を求め、朝人は毎日のように人の全くいない庭園へと通っていた。
朝人が不審人物に声を掛けたのは幾ばくかの好奇心と……警戒心から。
何故ならここへ来るには幾つもの魔法を潜り抜けねばならず、隠密に特化したアシュレイですらも不可能だと言わしめたほど。
このような少女に可能だとは思えない……外見だけならば。
初めてこの少女の姿を見た時、朝人は違和感しか感じなかった。
彼は支配魔法の恩恵で半径数十メートル程度ならば生物を感知することが可能だ。彼が感知に失敗した事例は魔法の習熟度が低かった初期段階のみ。それも相手は全員固有魔法士だ。
それが……この時は目の前を通り過ぎた瞬間に初めて気付くという大失態。
目を逸らせば少女の存在は朝露の如く消え、何処にいるのかすら分からない。それ即ち、少女の実力が朝人を上回っている証拠だ。
だが……しばらく背後から少女を観察しても、その動きは素人そのもの。いや、素人というよりも好奇心旺盛な子供と言うべきか。
朝人の存在にも気付いてないように思えるが、それをそのまま信じるほど彼は平穏な人生を歩んではいない。
この世は欺瞞と欲望に満ち、隙あらばあっという間に搾取される側に堕ちることを彼は誰よりもよく知っているのだ。
故に少女のちぐはぐな印象は朝人に不気味さを与えた。
魔法とはそう簡単に極めれるほど単純なモノではなく、厳しい修行なくして朝人を欺くことなど不可能なのだから。
朝人を見るなり叫びだした少女に、彼は警戒を強める。
例え敵に囲まれようとも余裕で切り抜けられる自信があるのかと。
「ここは王族専用の庭だよ?見つかればただでは済まない。だいたいどうやって入り込んだの?」
笑顔の仮面をつけた朝人は穏やかに問う。
別に朝人はベリアノスの味方ではなく、いつか裏切ることを考えれば潜在的な敵だと言える。
ならば、この少女を味方に出来ればそれに越したことはない、と言う下心満載の笑顔である。
「えっと、オレは観光……じゃなくて、そう!偵察をしてるんだぞ!」
堂々と胸を張る少女に、朝人はどこから突っ込んだら良いのか分からなかった。
何だろうか……自分は試されているのだろうか。朝人は顔が引きつるのを感じながらも笑顔でルーファに向き合った。
「……何を偵察してたの?」
「大切な友達を探してたんだけど、もういいの」
その言葉に朝人の背に冷や汗が滲む。
ベリアノスが王城を牛耳ってから、人々の反応は2つに分かれた――早々と王城を離れた者と、朝人に支配された者と。
当然のことながら前者は拘束された後ベリアノスへと送られ、今頃は碌な目に遭ってはいないだろう。
(……マズイ)
このことが知られれば自分は確実に敵と認定されるだろう。何としても誤魔化さなくては。
「最近は人の出入りが激しいからね。もう王都にはいないんじゃないかな。ここだけの話、もう戦争が始まってるんだ」
どこの国とは言わない。勝手に誤認してくれれば幸い。それに例え真実を知っていたとしても、既にリーンハルトへ攻め入っているため嘘ではない。
「そうなんだ……教えてくれてありがとう。貴方の名前は?オレはルウっていうんだぞ」
「オレは……」
朝人は一瞬躊躇した……が、すぐに馬鹿馬鹿しいと思い直す。どうせ自分という存在は幽霊のようなもの。人々に認識されることはなく、化け物へと変わるその瞬間まで陰に隠れて生きるしかない哀れな兵器。
本名を名乗ったところで何も問題など無い。
「朝人だ。ルウ……さんは何処から来たの?」
それは戯れに放った質問だ。どうせ真面に答えることはない、と。
だが、ルウと名乗った少女の答えは無視できないものであった。
「うむす。オレはリィンから来たんだぞ!」
リィン――それは朝人が行きたくてたまらなかった都市の名であり、生き残るために必要な神獣の御座す場所。ベリアノスの敵国とあって情報収集もままならず、リィンの情報は喉から手が出る程欲しいモノ。
朝人は唇を湿らすと情報を引き出すべく口を開いた。
「リィンかぁ。行ってみたいな。神獣様は美しくてお優しい方だって聞いたけど、ルウさんはお会いしたことがあるの?」
いきなりの質問だが、不自然ではない筈だ。
神獣信仰国のシリカでは毎日のように噂されおり、なおかつ神獣が滅多に人前に姿を現さないことも周知の事実。朝人としてもそれほど期待してはいない。
「あるんだぞ」
「だよね~。って!あるの!?」
思わず詰め寄った朝人にルウは怯えたように後ずさった……中々の演技派だ。
神獣に会ったことがある、と答えた時点で間違いなくルウはリーンハルトの中枢に関わる人物。
(間諜か?でもそれにしては様子がおかしい)
間諜とは普通目立つことを良しとしない。周りに溶け込み、情報収集をするプロフェッショナル……それが間諜というものだ。
それを踏まえれば、ルウの類まれなる美貌もさることながら、年齢と仕草もとても間諜とは思えない。そして……自分に情報を提供する意味は何だ?
混乱する頭を他所に、朝人は願望を口にしていた。
「オレも会えないかな?」
「何で会いたいの?」
「実は病気の友人がいるんだ。治癒石じゃもう治らなくて……どうにか助けてやりたいんだ」
沈痛な面持ちで顔を曇らせた朝人は、頭を掻きむしりたい衝動を必死に押し殺した。
(何を言ってるんだオレは!相手はリーンハルトの精鋭だぞ!?)
どう考えてもワザとらしいことこの上ない自分の演技に、内心で頭を抱える。だが、朝人の予想に反してルウは心配そうに彼の顔を見上げた。
「そうなんだ……でも大丈夫なんだぞ!神獣様は優しい方だから、きっと病気を治してくれるんだぞ。そうだ!オレが紹介状を書いてあげる!」
何処からともなく取り出したペンと紙で手紙を書き始めたルウを、朝人は呆然と見つめる。こんなに簡単でいいのだろうか。何かの罠なのでは……そう思いはするものの、朝人に取れる手段は限られている。
言うなれば、これは天から降ろされた蜘蛛の糸。彼の時間はあと僅かしか残されていないのだから。
(罠がどうした。このまま行けばどちらにしろ化け物になる運命だ)
差し出された手紙を朝人は握りしめる。
「ありがとう。これを誰に渡せばいいの?」
震える声を抑えきれない朝人の手にルウのそれが重なった瞬間、心地よい何かが朝人の身体を包み込んだ。
「大丈夫、絶対に助かるから心配しないで。これをリィン冒険者ギルドの受付嬢レイナ・ラプリツィアへ。彼女がきっとルーファスセレミィ様の元へ導いてくれるから」
優しく微笑むルウに朝人は思わず見惚れた。
その微笑みはここに来てから一度も感じたことのない無償の愛を感じさせる……まるでもう2度と会えない家族のように。
感傷に浸る朝人から手が離れ、止める間もなくルウが走り出した。
「もう行かなきゃ。バイバイ」
「待って!」
そう言って手を伸ばした朝人だったが……結局彼がルウの後を追うことはなかった。
ここで引き留めたところで得るものは何もなく、むしろ印象を悪くするだけだ。ならば別の手を打つまで。
「アシュレイ」
朝人の側に控える影に命じれば、【是】という思念と共に遠ざかっていく気配を感じる。
有能な数少ない手駒だが、朝人は確信に似た思いを抱いた――今回は失敗するだろう、と。
案の定、5分と経たずに戻って来たアシュレイの眉間にはシワが寄り、不機嫌さがにじみ出ていた。
「……見失った。いや、あれは消えたと言うべきか」
「どういう意味?」
「言葉通りだ。一度も目を離さなかったのに忽然と消えた。これだけを残してな」
そう言って差し出されたのはメイド服。
未だ体温が残るそれは先程までルウが着ていたものに間違いない。
「つまり中身だけが消えたってこと?彼女はリーンハルトの間諜……なのかな?」
どこか自信なさ気になったのは仕方のないことだろう。
朝人自身、その回答に違和感を感じるのだから。
「アレは間諜じゃない」
「理由は?」
「神獣の名を知っていた。いいか、この世界では神獣の名は伏せられている。母なる神獣、炎の神獣のようにな。神獣の名を知っているという事は、直接神獣に会い名を呼ぶ許可を得た者だけだ」
「つまり、彼女は神獣と顔を合わせる立場にあるってこと?」
「そうだ。そしてオレたちの目を欺くほどの実力者」
そう言って朝人の手から手紙を奪ったアシュレイは、表、裏と順に見つめるとソッとその表面をなぞる。
「最高級の紙質に暗号文……迷宮神獣は魔物を配下にしているそうだ」
「成程ね。神獣の配下か」
それならばあのちぐはぐな様子も納得がいく。
魔物ならば人間の常識に疎いだろうし、神獣に連絡を取ることも可能だろう。
この出会いはただの幸運か、それとも運命の悪戯なのか。いや、そのどちらだろうと構いはしない……例え悪魔に魂を売ることになろうとも運命をねじ曲げてやる。
「ああ、そうだ。お前に撤退命令が出たぞ。指揮権をドマノフへ委譲して戻って来るように、とのことだ」
「相変わらず信用されてないな。まあ、もういいけどね。アイツらに従うのはあと少しだ」
口の端を吊り上げて嗤った朝人は歩き始める――次なるステージへ向けて。
~朝人と別れてから~
ル「ふんふ~ん♪良いことしたんだぞ。あ、あそこに手頃な茂みが……」
どろ~ん!
そのまま子狐の姿へと変わったルーファは茂みの中を突き進んだ。
ア「バカな!オレの目を欺くとは……一体どんな魔法を使ったというんだ!しかも、パンツがない……だと(動揺)」
ルーファはノーパンだった!




