ルーファの大冒険
パカラッパカラッ!
軽快な地面を蹴る音に、ルーファの意識は覚醒した。
周りを見渡せはばそこはいつもの自分の部屋ではなく、薄暗く狭い場所。いや、その表現は正しくはない。ルーファは武骨な檻の中に閉じ込められているのだから。
聞こえてくる音から、ここが魔獣車の中だと推測したルーファは「はて……?」と首を傾げると眠る前の記憶を辿る。
…………
…………
「あっ!そうだ!ワザと捕まったんだった!」
ようやく全てを思い出したルーファはジッと檻を見つめる。
魔法が効かないルーファにとって一番の敵は物理そのもの……即ち、目の前にある檻だ。押しても引いてもびくともせず、〈亜空間〉に移動させようにも中にルーファが入っているためそれも出来ない。
正に絶体絶命の大ピンチ!……と思いきやルーファは不敵にニヤリと笑う。
どろ~ん、と子狐へと戻ったルーファは檻の隙間からあっさりと脱出を果たした。
要は子狐のサイズに対し、檻が大きすぎたのだ。ルーファを閉じ込めるために必要な物は、虫かごか鳥かごである。
張られていた隔離魔法も華麗にスルーし、魔獣車の隙間を縫って外へと出たルーファは、去り行く魔獣車を見送りながら前足を振った。
『さ!シリカへ急ぐんだぞ』
気合を入れ直したルーファが鬱蒼とした森へ足を踏み入れると同時に、その声は届いた。
【ルーファ!ルーファ!!何処にいる!?】
それは聞き慣れている筈のロキの声。
だが……胸を締め付けられるほどの悲痛に満ちた声音は、いつもの優しいロキとは別人だ。まあ、優しいのはルーファ限定でだが。
【ロキ!オレは無事なんだぞ!ちょっと用事があってシリカまで行ってくるけど、心配しないで!】
ルーファが返事を返すが……
【ルーファ!ルーファァァァ!!】
全くと言っていいほど通じてはいない。
クワッと目を開いたルーファは、魔力を練り上げると渾身の力で叫ぶ!
【ロキー!ロキーーーーーーー!!!】
【頼む!返事をしてくれっ!!】
【あー!あー!テスト!テスト!】
【オレを置いて行くなっ!ルーファァァァ!!】
【オっレは~♪シリカへ~♪おっ出かっけ中ぅ~♪】
【……殺す殺す。オレからルーファを奪ったニンゲンめ!!】
温度差が激しい1人と1匹。だが……ルーファは至って真面目である。
『う~ん、どうしよう。あっ!そうだ!』
完璧なる解決策を思い付いたルーファは、道すがら神樹の葉を置いて行く。これで自分の居場所がロキに通じる筈だ。
ふんふん♪と上機嫌に鼻歌を歌い始めたルーファは気付かない。この後、風に飛ばされた神樹の葉がロキの捜査をかく乱することに。
――2時間後。
『つ、疲れたんだぞ』
そう呟き茂みの中に座り込んだルーファは、〈亜空間〉からチョコレートを取り出すとモシャモシャと頬張る。
『これが最後の1つ……』
僅かに躊躇った後、ルーファは味わいながらそれを飲み込んだ。ちなみに、なくても全く問題などなく、強いて言えばテンションが下がることぐらいだろうか。
6度目の休憩を終えたルーファが周りを見渡せば、未だに鬱蒼とした代わり映えのない森の中。ちゃんと進んでいるかどうかさえ疑問なところだ。
『ちょっと上から確認してみようかな……』
それまで地面すれすれを低空飛行していたルーファは、上へ向かって進路を取った。
枝と枝の間をすり抜けたルーファが見たのは、澄みきった青い空と……でっかい鳥の足。
『ひょえええええ!』
間一髪!結界がルーファの身体を覆うが……結界共々捕らえられ、そのまま巨鳥に運ばれていく。
――バサッバサッ!
足下を流れる樹海はまるで深緑の海。
ふわふわと漂う雲は手を伸ばせば掴めそうなほど近く、太陽の光はいつもより眩しくルーファを照らし出す。遥か遠くに見える迫力のある切り立った断崖は、世の登山家たちを魅了することだろう……魔物さえいなければ。
『ふふふっ、素晴らしい光景なんだぞ』
現実逃避をするルーファは段々と近付いてくる断崖に虚ろな眼差しを向ける。ルーファの視線の先には、巨大な巣の中で餌を求めて鳴くヒナたちがいた。
ルーファが正気に返る間もなく、そのまま高度を下げた巨鳥はヒナの口の中へとルーファを投げ入れた。
『あんぎゃああああ!お助けえ!』
思わず目を瞑ったルーファだったが、想像したような衝撃が何1つ襲ってこないことに疑問を抱く。
もしかして即死だったのだろうか?不吉な予感に思い切って目を見開けば、ルーファはヒナの喉につっかえていた……どうやら結界が大きすぎて飲み込めないようだ。
『これはっ!チャーンス!!』
ササッと結界を消したルーファはそのまま口の中から飛び出すと、崖を垂直に駆け上がった。
『ふぅ。酷い目に遭ったんだぞ。危うく鳥さんのおう〇ちになるところだったんだぞ』
空は思っている以上に危険が一杯だ。
ここは慎重に地上を行くべきだろう、と小心者なルーファは心に決める。
『まずは甘いものを食べて心を落ち着け……あー!さっきのチョコが最後だったんだぞ!』
残念ながらチョコは既にお腹の中。しょんぼりと尻尾を垂らしたルーファだったが、その直後勢いよく後ろを振り返った。
ルーファの欲望センサーが囁いたのだ……こっちに甘いものがある、と。
当初の目的は星の彼方。
ルーファは欲望に従い行動を開始した。
『この先なんだぞ』
ヒクヒクと鼻を動かしながらルーファが木陰からそっと顔を覗かせれば、そこにあるのは巨大な蜂の巣。
周りには1メートルを越える蜂たちがブンブンと飛び回っていた。
『ハチの巣と言えばハチミツ!!』
じゅるり、と涎を滴らせたルーファは空を見上げる。
時刻は既に夕闇に差し掛かり、太陽は程なくその姿を完全に隠すだろう。
ルーファはその場にしゃがみ込むと、蜂が眠るのを待つことにした。
ぺろぺろ……んぐんぐ
暗い蜂の巣の中、活発に動き回る影が1つ……言わずもがなルーファである。
意地汚さを遺憾なく発揮したルーファは、これでもかというほどハチミツを食いまくっていた。
『ふぅ~、お腹一杯なんだぞ』
ゴロンと寝転がったルーファのお腹は普段の数倍にまで膨れ上がり、とてもではないが動けそうではない。そしてお腹が一杯になれば眠くなるのが自然の摂理というもの。
ウトウトと目を閉じたルーファは、眠りの海に沈んでいく……
『ハッ!』
魔物の巣の中で爆睡すると言う前代未聞の暴挙をやらかしたルーファは、恐る恐る周りを見回すが……幸運なことに蜂たちは未だ夢の中。ルーファはソロリソロリと移動を開始した。
巣の中を移動すること暫し、ようやく出口が見えてくる。
ホッとしたのも束の間、ギャオーギャオーと鳴く怪鳥の声が賑やかな朝の訪れを強固に主張し、もぞもぞと動き始めた蜂たちの目が侵入者へと向く。
『お邪魔しました~』
そう言って何食わぬ顔で外へ出たルーファの背後から聞こえるのは、カチカチ!カチカチ!という威嚇音。ギギギ……とゼンマイ仕掛けの人形の如く振り返ったルーファの目に、憤怒に駆られた蜂の群れが映った。
『ヒィィィィ!全部食べてないから!残してあるから!』
そんな言い訳が通用するはずもなく、ロケットの如く飛んできた蜂の針がルーファを貫いた。
『がっ……はっ!』
防御することすら許されず、地面に張り付けられたルーファの姿はまるで虫の標本。ただもがくことしか出来ない、死を待つだけの哀れな獲物だ。
それでも生きようともがくルーファへと放たれた数多の針が、大地を樹木を……そしてルーファを粉砕した。
針山へと姿を変えたその地に、以前の面影は何もない。ただ、赤い色だけがその場を飾る。それは……かつてルーファであったモノ。貫かれ、引き裂かれ、押し潰された、小さな小さな肉塊だ。
それを見届けた蜂たちは巣の中へ帰って……
『ふわぁ、ビックリした……ん?』
ムクリ、と起き上がったルーファと立ち去ろうとしていた蜂の目があう。
『いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!』
死なないルーファと執念深い蜂の不毛なる鬼ごっこが始まった。
茂みや木の根の隙間を巧みに利用してちょこまかと逃げるルーファに対し、蜂は圧倒的な数と針による物理攻撃。ルーファにとっては一撃一撃が致死の攻撃だ。
それでもルーファがギリギリを潜り抜けているのは、結界を巧みに使って針の軌道を逸らせているためだ。その技はかつてミーナが敵との戦いで見せたもの。
攻撃にスピードが乗れば結界は意味をなさず、正面から受け止めてもそれは同じ。
タイミングと角度を調節することで敵の攻撃を逸らせる……言葉で言うのは簡単だが、実際は熟練の魔法士ですら失敗するほどの高難易度な技だ。この極限の状況がルーファの魔法操作技術を磨いたのだ。
だが……ルーファの体力は既に限界を超え、いつ力尽きてもおかしくはない。
必死に足を動かすルーファの目が草原を捉えたのはそんな時だ。
そこは人の膝丈ほどの草が生えそろい、ルーファの身体など簡単に隠してしまうだろう。最後の力を振り絞り、ルーファは草原へとスピードを上げた。
『セーフゥゥゥゥ……う!?』
草原へと滑り込んだルーファは……開いていた深い穴にそのまま落っこちた。
『ううう……今日は厄日なんだぞ』
起き上がったルーファが上空を見れば、未だブンブンという音が聞こえてくる。しばらくはここに身を隠す方が安全だろう。
警戒心の塊と化したルーファが真っ暗な穴の中を見回せば、そこは地底型迷宮のような道が左右に繋がっていた。まあ、左右とは言っても別に道が別れているわけではなく、一本道の半ばにルーファが落ちただけなのだが。
特に何もいないことにホッとしたルーファはその場にへたり込むと、大きく欠伸をもらす。
『今日はここで休もっと』
徹夜で働いた(?)のだ。今日1日休んだところで罰は当たらないだろう。そう思ったルーファはそっとその目を閉じた。
…………ギチっ
微かに聞こえたその音にルーファの目がパッチリと開き、ピリピリとした空気が肌に突き刺さる。
それは“殺気”と言うほど強いものではなく、かと言って「ただ見られているだけ」といった生温いものでもない……獲物を捉えた捕食者の死線だ。
息をひそめるルーファの目に1つ2つと明かりが灯る。
通路一面に広がっていく赤い光は、まるで地底に輝く星の運河。ただしそれは血を思わせる濁った赤色だ。
ルーファはただ震えながらソレを見つめた――幾千幾万という蟻の大群を。
無機質な赤い眼はただただ侵入者を殺すことだけを考え、そこには一片の感情すら浮かんではいない。
――大喰蟻
それは僅か一夜で小国を滅ぼした魔物の名。
単体ではCランクに過ぎないこの魔物だが、群体ではSランク……準竜種級の魔物となる。
ルーファが落ちた地下道は、大喰蟻の居城だったのだ。
(動け!動け!!動け!!!)
震える足を叱咤し逃走を開始したルーファの背後からは、ギチギチという鳴き声が迫りくる。それは間違いなく死の足音。ルーファを殺すためのカウントダウンだ。
(ここまでか……)
芽生えた諦めの心は、けれども一瞬で消え失せる。ルーファは未だ忘れてはいない。いや、どうして忘れることが出来ようか……自分のために命を懸けた友人の存在を。
そして何よりルーファは多くの人を助けるために、今ここにいる。ここで諦めるぐらいなら、端からこの場にいるものか。
……ドドドドド
微かに聞こえてきたその音と共に、ルーファの鼻が水の匂いを嗅ぎ分ける。
徐々に激しさを増していく轟音はやがて辺りを埋めつくし、あれだけ煩わしかった蟻の音すら掻き消した。
常人であれば絶望をもたらすその音は、ルーファにとっての希望の音。
――地下水脈
山頂から遥か海の彼方まで続き、滝のように猛々しく……そして岩をも砕く激流だ。飲み込まれればルーファの小さな身体など、あっという間に引き千切られることだろう。
一度後ろを振り返ったルーファは、躊躇うことなく地下水脈へとダイブした。




