御伽話
___アルマの家は、山中のかなり奥に位置する。
またアルマやマグムの魔法により、簡単には足を踏み入れることができない。
そのためこの家に近づくことができる存在は限られる。
例えば、アルマ達と同じ魔法使い。
例えば、アルマ達本人。
例えば___
「アルマ、この本は何?」
魔女と仲良くなりたいような、変人。
まだ太陽が昇り、しばらくした頃。
割と早朝に、フェリスはアルマの元へと向かったのだ。
「ええっと……『空想哲学の具象化』? なにこれ?」
「アルマも知らないの?」
「記憶にないかなー……」
二人はアルマの書斎で、本の整理をしていた。
別にアルマが頼んだわけではない。むしろ頼んだのはフェリスの方だ。
事の発端は、数時間前まで遡る。
「え……フェリス!?」
「えへへ、こんにちわ」
アルマは驚き、フェリスは顔を赤らめる。
「ま、まだ一日しか経ってないけど……」
「うん。暇だから来ちゃった」
まさかこんなに早く再開すると思っていなかったアルマは、まだフェリスのことについて何も考えていなかったのである。
とりあえず、この現場をマグムに見られるとマズい。最悪の場合、フェリスがみじん切りにされてしまうことすらあり得る。
……それくらい、マグムは人間が嫌いなのだ。
「立ってたら疲れるし、家で話しましょ?」
そう言って、自然にフェリスを家の中へ招き入れる。
「ん、お邪魔しまーす……わあ、何も変わってない」
「変わんないよ、一日しか経ってないんだから」
「それもそっか、えへへ」
そんな他愛もない話をしながら、部屋の椅子へ腰を下ろす。
「ねえ、アルマ。今日はひとつ聞きたいことがあるの」
早速、フェリスが身を乗り出す。
「何?」
「あのね、前『魔女』って本を読んでもらったでしょ? 覚えてる?」
「うん、私の部屋にあった本だね」
アルマは、しっかりと覚えていた。フェリスが涙した御伽話。
アルマの心に深く染みた、あの言葉。
その後、フェリスから気になる話を聞く。
「あのあと街の本屋を見たんだけど、あんな話どこにも無くって」
「え、そうなの?」
アルマはそれを知らなかった。あの本は昔からあったので一般的なものだと思っていたのだ。
「それでね、アルマの家に書斎とかってある? もしあったら、そこの整理をさせてほしいの!」
「……一応訊くけど、なんで?」
「私が見たことない本があるかもしれないじゃない? 私、街の本はだいたい読んだの。でももっと沢山の本が読みたいのよ!」
埃が積もった本棚を思い返す。確かに自分の家には書庫があるのだが、最近全く整理していないのだ。
たまにはいい機会かもしれない、そう思った。
「うーん……そっか、いいよ」
「本当に!?」
目を輝かせるフェリスを見ていると、どうもアルマは錯覚してしまった。
人間は、本当に魔女を嫌っているのだろうか? 話し合えば、互いに理解できる種族なのではないか?
そして現在。
「これ何? 絵本?」
「図鑑ね。石とか宝石の」
「これは? 文字ばっかりなんだけど?」
「えーっと……小説みたい」
二人は無造作に本を取り出しては、ジャンルごとに本を分けていく。
その成果か否か、先程まで積み上がっていた本の山はかなり片付けられていた。
「……あっ、この本」
「ん、どうしたの?」
そんな中、フェリスが気になる本を見つけ出す。
声を聞きつけて、アルマが覗き込む。
その題名を見るなり、アルマの視線が釘付けになる。
「あっ!」
驚きのあまり、つい口から声が出てしまう。
フェリスが見つけ出した本は、それくらい貴重なものだった。
『魔導書』
魔法使い達にとっての、ノートのような物。
魔法というものは未だに使い方や原理が知られていない。魔法使いですら、その詳細を知らない。
なので魔法使いは大抵、魔法について書き留めるノートを持っている。
そのノートこそが、世間で言う魔導書なのである。
『ネクロノミコン』という魔導書は有名だろう。魔法使いは各個人でそれぞれ、あのような本を書いているのである。
力の弱い魔法使いは、あそこまで強力な魔導書を書くことはできない。簡単な手品ができる程度の魔法しか記されていないだろう。
逆に高度の魔法使いは、ネクロノミコンと同等の魔導書を所持していることが多い。
悪魔を召喚する魔法や、天変地異を引き起こす魔法が書かれていたりする。
「すごい……こんな本、家にあったんだ」
アルマから感嘆の溜息が漏れる。手にした魔導書には大量の魔法が記されていた。
それも魔法語で、びっしりと。そのため、横から見ていたフェリスは首を傾げる。
「んー……? これも外国語?」
「うん。少し貴重な本」
「え、ほんと!? やったじゃんアルマ!」
アルマは笑顔で頷くと、スカートの隠しポケットに魔導書を収納する。
「……? アルマ、今どうやってその本しまったの?」
「あはは、ちょっとね」
アルマのポケットは、簡単に言うと四次元ポケットのようになっている。収納数に限りがあるが、外見からでは何が入っているか分からない。
勿論これも魔法の産物だが、悟られないようアルマは笑って誤魔化した。
その後も二人は着々と片付けを進めた。
その成果もあり、数時間前まで本のジャングルだった書庫はあっという間に整理され、図書館のような見栄えになった。
「ふぅー、こんなものかしら」
フェリスが椅子に腰掛ける。
「ほんと、色々出たきたね。フェリスが読めるのは無かったけど」
「そうなの! もー、アルマはどこの国の人なの?」
「ここの国のはずなんだけど……」
どれだけ昔の記憶を探っても……否。思い出せる記憶を探っても、国外の記憶は無い。
アルマは確かに、ここで生まれたはずだった。
「……アルマのお父さんとかお母さんは、この国の人なの?」
フェリスにとっては純粋な疑問。だが、アルマにとっては違った。
脳裏を過る、嫌な感触。ノイズ越しに聞こえる雨音。
「……分かんない。そうだと思う」
アルマは曖昧な回答をする。
それが正直な回答だった。
両親は、確かこの国の人だったはず。
『いやダ。』
『おもイだシタクナイ。』
「うっ……!?」
ズキンと頭が傷んで、アルマは机に伏せる。
「あ、アルマ?大丈夫?」
「うん……ちょっと、疲れたみたい」
ズキズキと痛み続ける頭を上げ、愛想笑いを浮かべる。
「ほんとに大丈夫?」
「……ちょっと、苦しい。でも大丈___」
大丈夫、そう言いかけた。
しかし。
ガタン! という音を立てて、フェリスが立ち上がる。
「アルマが大丈夫かって聞いてるの!!」
突然大声を出したフェリスに、アルマは驚き硬直してしまう。
「フェリス……?」
「私はアルマを心配してるの! アルマが私に気を使ってたら、アルマがどれくらい辛いか分からない! それじゃあ話にならないでしょ!?」
怒りを露に、フェリスが大声で……
だが、優しい声でアルマに訊く。
ただ怒鳴っているのではない。そこには理性があり、感情があり、フェリスの希望があり……
つまり、アルマのための言葉だった。
「うん」
「だから、正直に答えて。私に構わないで。アルマは大丈夫なの?」
その気迫に、勢いに押されたのか___魔女は人間に、少しだけ弱音を吐く。
「……大丈夫じゃ、ないかな。でも寝たら治ると思う」
「そう。分かった」
アルマの答えを聞いて、フェリスが再び椅子に座った。
深呼吸してから、今度は急に頭を下げるフェリス。
「……ごめんなさい!突然、大きな声出して。」
「ううん、それは……本当に大丈夫。どうしたの、何かあった?」
アルマの問に、フェリスはしばらく黙る。
何も言わなくても、アルマはフェリスを待った。
数秒して、重い口を開く。
「…………私のお父さんね、街の、偉い人なの。いつも街のこと考えてるの。どうしたら街はもっと良くなるか、どうしたらもっと豊かになるのか」
そして当然だが、フェリスには母もいた。
フェリスの母は、いつも父の側にいた。
フェリスの面倒を見ながら、書類仕事を手伝ったりしていた。
そんなある日、母が病で倒れる。
だが、母は仕事の手伝いを休むことはなかった。ボロボロの体と精神で、最期まで父に尽くした。
大丈夫か、と何度も訊いた。
休んだほうがいい、と何度も言った。
だが母は、『大丈夫』とだけ告げ、仕事へ向かった。
母の最期はあっけなかった。
出張先で倒れ、そのまま亡くなった。ストレスによる心肺停止だった。
その後も、父は仕事を休むことは無かった。
母の葬儀にすら参加しなかった。
「それでね。私、『大丈夫』って言ってる人が見過ごせなくて。だから、その、アルマにも強く言っちゃって……」
そこまで言って、再び頭を下げる。
「……ごめんなさい」
「いいよ。優しいんだね、フェリスは」
そう言われてパッと顔を上げるフェリス。その頬が紅く染まっている。
「そ、そんなことないよ! 私なんて__」
「フェリスは優しい。わざわざ私に会いに来てくれるし、無理しないように気遣ってくれる。それに……」
「それに?」
「……魔女のこと、悪くないって言ってくれたし。」
アルマは、少し考えていた。
『何も悪くない』。魔女に対し、フェリスはそう言った。
絶対悪のように扱われている、魔女。フェリスは、それを赦すと言っているのだ。
アルマも、赦されるのだろうか。
「フェリスは優しい。私が証明する」
胸を張って、アルマが言う。
「……ありがと。お母さんの他にそんなこと言ってくれたの、アルマが初めて」
「そう。良かった」
「…………」
「「……えへへ」」
顔を合わせて、二人は笑い合う。
「フェリスにも心配されたし、今日は休むよ。また明日、来てくれる?」
「……うん!絶対来る、約束!」
アルマに促され、フェリスは強く頷く。
今日、二人が共にいた時間は数時間ちょっと。
だが今日、二人の距離はすぐ側まで縮まった。