拾肆《怒》
「……今日は、よく喋るね本郷。」
普段は、これといって言葉を交わした記憶がない。それもそうか。基本的に本郷は、あの男としか会話をしているところしか見たことがない。会うのも男とセット、秘書だからだ。
「あ、いえ。すみません」
「いーの、別に。ちょっと、思い当たっただけ。だって、本郷と会話らしいものした記憶がないから」
そういうと、本郷はきょとんとした。
「あ、そう言えばそうですね。基本的に、弥代様とは会話をしないよう命令されていましたから」
「……はい?それは、初耳なんだけど」
ううん、そう言えばそうか。家の者は、私が煩わしいから会話しないと思ってた。まあ、そっちの方が強いのはきっと変わらない。
屋敷で私と言葉を交わすのは、使用人。いいや、あの男が作った人型の式紙だった。言葉を交わしていたから、人間と会話していると錯覚していた。私が常日頃言葉を交わしていた唯一の人間は、あの男だった。
力を込めれば会話もできるんだ、と自慢気に言ってたじゃないか。すっかり忘れていた。
「嫉妬深いんですよ、木暮様は」
「分かった、本郷がとられたくなかったんだ。そりゃ、優秀な秘書は手離せないよ。………
私には必要ないけど!」
「ちょっと待って下さい!必要ないなど、失礼です!それに、勘違いしてらっしゃいます!」
「あーはいはい、分かった分かった」
面倒になったので適当に返事を返す。
なんだか、今日は本郷が慌てふためく日だなとぼんやり思う。まあ、主が行方不明状態だから仕方ないことだろうが。
「絶対にわかってらっしゃらない!これでは木暮様があまりに不憫!」
「なにが不憫なの。分かってないのはそっち。私の今までの境遇の方が不憫だって。」
間髪入れず、そう言った。
「私なんか、結婚したくないのに結婚して。不必要に命を狙われ、居ないものとして扱われ、力が無いからって理由で。最終的にはマジで死にかけて。本当に私の人生返せって言いたい」
今までの怒りがつらつらと言葉に出てくる。一番の怒り?力がない人間は、矢蔓家に不必要、殺してしまえ的思想だ。アホか、あんたら。命をバカにし過ぎだ。
あの男の無理やり押し通した結婚に反対してた代表は彼の父親と母親だ。だが、力関係がものを言うこの矢蔓家において絶対権があるのはあの男、矢蔓木暮だった。まあ、頑なに私に会おうとしなかったことで反対を押し通している。似た者親子だ。だから、会ったとき文句をぶちまけてやろう。そう、意気込んでいたんだが会わず終いだ。
本郷が、慌てて礼をする。
「弥代様、その件につきましては大変申し訳ございません」
「今更、謝ったところで私は変わらない。恨みはしないよ、疲れるだけだし。ただ、許しはしない。決して、」
そういい放ち、冷たい視線を本郷へと向けた。本郷だけじゃないけれど、私は腹の虫がおさまらなかったから。完全に八つ当たりだ。




