幽霊屋敷の真実②
静加は部屋の中へ入ると壁を見つめた。
外から見た二階の三部屋の広さはだいたい同じ、だけど中に入るとこの部屋だけ極端に狭い。
静加は壁に細工があるのではないかと念入りに見つめていた。一通り確認した時、他の部屋……特に一階の床には色んな足跡がついていたが、二階のこの部屋は極端に綺麗だ。
人形で怖がらせていたのも二階に上がらせない為だろうと静加はにらんでいた。
「二階に上がらせたくなかったのであれば、絶対にこの壁の向こうに何かあるはず」
腕組みをして考え込んでいた静加は、自身の脛に違和感がある事に気付き足元へ視線を落とすとメイメイが小さな前足でカリカリと静加の脚を掻いていた。
「あ、そうか。あなた、あの人形はどこから持って来たのよ」
「犬に言葉が分かるのかよ……もう良いだろ?何もないんだから諦めて開放してくれよ」
ミハイルは動きを制限されているだけで、口がきけない訳ではない。犬と話をしている静加を半ば呆れた様子で眺めていた。
しかし、メイメイは言葉が分かる犬……いや、魔物である。静加を先導する様にトコトコと廊下に出るとミハイルを一瞥し、馬鹿にするように鼻を鳴らした。
ミハイルを横目にメイメイは廊下を突き当たりの壁に向かって進むと、ついて来ているか確認する様に静加を振り返った。
「ついて来いって事?」
喋ってくれたら楽なのに。静加は思ったが、メイメイはあくまでも犬の設定を忠実に守りたいようだ。廊下の先の行き止まりの壁をカリカリと前足で掻いていた。
「あ、なるほど。廊下も短くなっているのね」
静加が壁を押してみるとただの壁の様に見えるが、ビスクドール同様に魔力が通っている様だ。
「……これもか」
呟きながら静加が壁に魔力を流すと、壁は音も無く奥に吸い込まれる様に移動した。
「魔力が無いと入れないという訳ね」
隠されていた廊下が現れた事で、新たな扉が登場した。
「もしかして、壁も扉も作ったの?ご苦労な事ね」
一般家庭に魔力を要する隠し部屋が完備されているとは思えない。元々一つの部屋を半分に仕切る形で壁を作ったのだろう。そして、別の入口としてこの扉を作った。
静加は躊躇うことなくその扉を開けた。ここは特に魔力は要しないようだ。
隠されていた部屋の中を見渡すとベッドとドレッサーが置かれており、そのベッドには女性が座っていた。
「あなたがソフィア?」
静加が女性に問い掛けると、女性は軽くウェーブのかかった金髪を揺らして静加を見上げた。その青白く透き通った肌は本当に透けていて、向こう側の壁が見えていた。
つまり、この女性がソフィアで、この世の者ではないのであろうと静加は理解した。
足元を見ると鎖に繋がれていたが、その鎖も透けている事からこの世の物では無い事が窺えた。
「あんた、物怖じしないんだな。絶対に叫ぶと思ったけど。でも彼女は返事をしないよ。喋らない……喋らなくなったんだ」
廊下からミハイルが声を掛けて来た。バレてしまった事で開き直った様にも感じる。
「つまり、何?彼女は霊体となってここに留まっているという事なの?」
静加は入口を跨いで廊下のミハイルに声を掛けた。
「そうさ!俺の祈りが届いたんだ!俺の為に彼女はここに居てくれる」
彼女が埋葬された後も、ミハイルは彼女のこの部屋で「もう一度会いたい」と悲しみに暮れていた。一ヶ月が過ぎようとしていたある日、突然彼女の姿が目の前に現れたのだという。
「俺も彼女も泣いて喜んだんだ。彼女はここから動く事は出来ないけど、会うことは出来る」
静加は違和感を覚えていた。嬉々として饒舌なミハイルとは対照的にソフィアの顔は暗くなっていく様に見えていた。とてもミハイルと一緒にいる事を喜んでいるとは思えない。
そして、気になるのはソフィアの足に繋がれている鎖だった。
「色々とツッコミどころが満載なんだけど……何から聞いたらいいかしら」
「何を気にしているか分からないが、俺達はこの空間を守りたかっただけなんだよ。静かに過ごさせてもらえればそれで良いんだ」
頭を抱える静加とは裏腹にミハイルは変わらず嬉々としている。
静かに過ごしていたのに幽霊屋敷として注目を集めてしまった。ソフィアが見つかってしまうと引き離されてしまうかもしれない。仕方なくここを隠し部屋として細工を施した。それも魔力が無ければ見つからないという徹底ぶりで。
「……それなのに、何故か魔法学園の連中ばかりが来やがる」
隠し部屋に近付かせないようにと考えた策があのビスクドールだったのだという。
「それなんだけど、あの人形はどうやって手に入れたの?まさかあなたが作ったわけではないでしょう?」
「ソフィアが生きていた頃……彼女が長くない事は分かっていた。だから、彼女の肉声を残しておくにはどうしたらいいか友人に相談したんだ。そしたらその友人が作ってくれたんだ」
見た所ミハイルは魔力を持ってはいるが、さほど強い訳ではないように感じる。その微量の魔力でも作動する様に人形を作れる友人。恐らく廊下の細工もその友人だろう。
……長くない事が分かっていたなら、覚悟も出来ていたでしょうに。
静加は部屋の中のサイドテーブルに目を留めた。
テーブルには、そこに置くには少し大きいと思われる三面鏡が置かれている。
「鏡……では、なさそうね」
鏡はドレッサーがあれば十分だ。静加はその三面鏡の様な物に向けて手を伸ばし、魔力を流した。
魔力が流れると三つの鏡にそれぞれ玄関の外、内側、階段の映像が映った。
「うわ、やっぱり……徹底してるわね」
玄関の上にガラス細工が嵌め込まれていたが、その一部がこの防犯カメラの様な細工だったのだろう。これもその友人の仕業か。静加は玄関の細工には気付いたが、他は気付いていなかった。静加は思わず溜め息を漏らしていた。
「何だ?何をしている?」
ミハイルが拘束されている場所からは部屋の中までは見えない。静加の言動が気になって仕方ないようだ。
「不法侵入は悪かったよ。でも彼女と一緒にいる為には仕方無かったんだ。ソフィアには俺が必要なんだよ」
死んだ人間に生きた人間が必要とはどんな理屈だ。どう考えても逆だろう。
本当にそれだけであればさして問題はない……いや、不法侵入は問題だが。静加はミハイルのソフィアに対する執着が気になっていた。
「その人形を作った友人とやらに廊下の細工もしてもらったのでしょう?彼女の事を知っているの?」
「いや、彼女を見られたくはなかったからね……衝立てをして隠してたよ」
つまり、その友人はこの事態を知らずにいる。静加はその友人が共犯でない事に安堵した。
ふとソフィアを見ると、何かを訴える様な視線を静加に送っている。ソフィアはゆっくりとドレッサーを指さした。
ドレッサーの上にはソフィアが使っていたのであろう化粧品がいくつか置かれていた。
「オイルと化粧水……化粧水?」
静加が化粧水の瓶を手に取り、ソフィアを振り返ると彼女は暗い顔で頷いている。
彼女は化粧水に何かあると伝えているようだ。元の世界とこの世界がどの程度違うのかは分からないが同じであるとするならば、化粧水だけでなく食物にも微量の有害物質は含まれている……手を加えていなければ自然に排泄されてしまう程度だが。
もし、その有害物質を意図的に多く混入されていたら……それ以前に食事に混入されていたとしたら?
「ミハイル……彼女は何の病気だったのかしら?」
一つの可能性が浮かび上がり、それを確認する為に廊下に顔を出した。
「肺の……病気だったよ」
静加の中で可能性が確信に変わった。ソフィアの様子からも彼女自身、毒を盛られていると感じていたに違いない。
慢性砒素中毒。
昔の化粧水には砒素の成分が含まれていた。元の世界では管理も厳しくなっていて、そんな心配をする必要はなかったがこの世界では如何せん曖昧である。だからこそ、静加の様な者でも簡単に薬の調合が出来てしまうのだが。
静加は思わぬ所で如何に平和な世界で生きていたのかを実感する事になった。
しかし、確信したとて証拠がない。誰がやったのかも……考えられる犯人はいるが。
静加はミハイルを見やった。そう感じてしまうと、本当に婚約者であったのかという事も疑わしくなってしまう。文字通り「死人に口なし」状態であった。
「ソフィアのお祖父さんお祖母さんも同じ病気で亡くなったよ……俺達を引き離そうとした天罰さ」
ついでのつもりで口にしたのだろうミハイルの言葉に、静加は狂気を感じ驚愕した。
まさか、この男……ソフィアだけでなく?
やはり、ロイドは外に出しておいて正解だった。幼い人間にはあまり聞かせたくない内容だ。そっと視線をソフィアに向けると彼女は人差し指を唇にあて、静加に手招きしていた。
ゆっくりとソフィアに近付くと、彼女は廊下を気にする様子を見せた。
「大丈夫。彼は私の魔力で拘束しているからここには来られないわ」
静加は廊下にいるミハイルに気付かれない様に声を潜めてソフィアに声を掛けると、彼女は安心したのか安堵した表情を浮かべた。
「ミハイルは私の婚約者ではありません。何度もお断りしましたが、思い込みが激しい方の様で……」
静加はソフィアの隣に腰を下ろしたが、この距離でやっと聞こえる音量で彼女は語り出した。
「いつからか、私の泣き叫ぶ声が好きだからと暴力を振るうようになり、お祖父様とお祖母様にも協力してもらって会わない様にしていたのですが……気が付くと屋敷の中にいる事もあって」
いや、もうそれ、ヤバい奴というか、犯罪者だから!!
静加は心の中で激しくツッコミを入れた。
「彼と知り合った頃から少しして、私は体調を崩す様になったのです」
まさか、そんな当初から毒を盛っていたのか?
「……そして私は息を引き取り、死んだのだと理解した時、やっと彼から開放されたと安堵しました。どのくらい経った頃か分かりませんが、頭上に光がある事に気付いたのです」
よく聞く成仏の瞬間だ。ここまではよくある話だったのだが、ソフィアの話には続きがあった。
「その光りに吸い込まれる様に昇って行ったのですが……」
ソフィアはその時の事を思い出したのか、涙を流し震え出した。
「何者かに足を掴まれ……気付いたらこの部屋のベッドに繋がれていたのです」
ミハイルに聞こえないようにする為か、ソフィアは声を押し殺して泣いていた。
「部屋にはミハイルが居て「俺が連れ戻してやったんだ、感謝しろ」と言われて……どこまで私の気持ちを蔑ろにすれば気が済むの!!」
泣き崩れるソフィアの背中を擦ろうとしたが、静加の手は虚しく空を彷徨うだけであった。
このまま縛られていてはソフィアは地縛霊になってしまう。もう既に似たような感じだが。
先ずは鎖をどうにかしなければ。静加はどうすれば鎖が切れるのか思案した。
「静加……遅いわね。何をしているのかしら」
馬車の中で実菜は呟いた。あれからどれくらい経っただろう。流石の実菜も心配になって来た。
「後始末とはどういう意味なのでしょうね……あぁっ?!」
屋敷の様子を窺っていたロイドが変な声を上げた。
「どうしたの?!」
ロイドを見ると何時ぞやの静加の様に首を傾げたり、変な顔をしながら屋敷を見つめていた。
「何よ?静加の真似でもしているの?」
「……もしかしたら、シズカさんはあの時、これに気付いたのでしょうか?」
ロイドは真剣な表情で実菜に向き直った。
「俺達はまだ入っていない部屋があったんですよ」
そう言ってロイドは屋敷の二階の端を指さした。
「ほら、二階を見て下さい。三部屋の広さ!ほとんど同じじゃないですか?」
「ほんと……ね。気付かなかったわ。あれ?でも、部屋の広さは……ああ!そういう事?!」
つまり隠されている部屋があるという事に、やっと実菜も気付く。
「もしかしたら、後始末って……その部屋に何かあるのかも……行った方が良いのでしょうか?!」
「うーん……私達を外に出したという事は、静加には何か考えがあるとは思うのだけど」
静加が一人で問題を解決しようとするのは今回に限った事ではない。一人で無理な時は声を掛けてくるはず。逆にここで出て行くのはどうだろうか。実菜は判断し兼ねた。
お読み頂き有難う御座いました。




