幽霊屋敷の真実
「悪いけど、それはこちらの台詞よ。私達の制服を見れば何者かは分かるでしょう?何をしに来たのかも……で?あなたはここで何をしているのかしら?」
静加は突然の男性の登場に特に驚く様子もなく、寧ろ迎え撃つかのように仁王立ちで階下の男を見下ろしていた。
ロイドは驚きすぎて壁に激突していたが、相手が生きている人間だと分かると落ち着きを取り戻し、男を食い入る様に見つめている。
「あー……不法侵入で捕まる感じですかね、これ」
頭を掻きながらそう言った男に悪びれる様子は無い。
「ここで何をしていたかの内容によるわね。犯罪グループのアジトにでもしていたら、アウトだけど」
静加の言葉に男は目を丸くした。
「まさか!そんな事はしていませんよ。いつもここに来ている訳ではないですし……それに、今日は……たまたまです」
たまたまでも何でも、こんな所に何の用があるのか。その男は「降参」とでもいうように両手を上げておどけた雰囲気をみせる。しかし頬の痩けたその顔はやつれている様にも見えた。
「まあ、これから寝室を確認してくるから、あなたの話はその後ね」
静加はあくまでも部屋の中を確認したいらしい。そんな時間を与えたら男が逃げてしまうのではないかと実菜は心配したが、男からは先程の余裕の表情が消え、落ち着きを無くしたように目を泳がせて両手を揉み合わせ始めた。
「いや、それより俺の話を聞いて下さいよ!そしたらきっと見逃してくれる気になるからさ!」
「後で聞くって言ってるじゃないの。それまで待って頂戴」
二階には寝室と書斎がある。二つある寝室の内、奥にある狭い方の寝室に向かう静加を見て、男は慌てた様子で階段を駆け上がって来る。男のその勢いに思わず実菜とロイドは壁にへばり付く様にして除けた。
「待ってくれって!」
男は静加の腕を掴んだ。前に進めなくなった静加は呆れた顔で振り返ったが、男の顔を見るとニコッと悪そうな笑みを浮かべた。
「あなたが隠そうとしている物の方からこちらに来るみたいよ?」
「……は?そんな物は、ない」
消え入りそうな声で男が呟くが、その時「キィ」と寝室の扉が開き、とてとてと可愛らしい足音が二階の廊下に響いた。
「ぎ、ぎゃあぁーっ!!」
叫び声を上げたのはロイドである。ロイドは足音の主を見て腰を抜かして廊下にへたり込んだ。
「に、人形が……人形が歩いてる」
ロイドは寝室から出て来たビスクドールを指差して、震える声で呟いた。
「ロイド、落ち着いて?よく見てよ。あれはメイメイよ?メイメイが人形を咥えているだけよ」
「……へ?」
実菜がへたり込んだロイドの背中をよしよしと擦りながら落ち着かせると、ロイドはぽかんとした顔で実菜を見上げた後、その視線を人形に向ける。人形がメイメイと同じ位の大きさの為に気付かなかったが、確かにその人形は背中をメイメイに咥えられていた。
「なぁんだ。ビックリしたぁ!脅かさないで下さいよぉ!」
ロイドは長く息を吐くと、ドッと脱力した。
「この犬……お前、それ……どこから」
男はメイメイから人形を奪おうとするが、メイメイはその男の手をするりとすり抜け静加の後ろに隠れた。
「この人形が、どうかした?」
静加がメイメイから人形を取り上げると、男に意地悪そうな笑みを向けたが、男は何も言えず俯いている。痩けた頬の影が更に濃くなり、まるで幽霊のようだ。
「あら、この人形変わってるわねぇ!何で人形から魔力を感じるのかしら!」
静加は大袈裟に驚いてみせると、何かを探るように人形の腹の辺りを手の平で撫で、その人形に魔力を込めた。
静加が人形を床に立たせると、ゆっくりと人形が歩き出す。
『……この屋敷から出て行け』
歩き出した人形がロイドの前で止まると、人形から女性の声が発せられた。それを聞いたロイドが「ヒッ」と実菜にしがみつく。静加はそれを横目で見ると、男の方に「あら、不思議」といった表情を向けた。
『……次来た時は呪い殺す』
可愛らしい顔をした人形が発する言葉としてはなかなかギャップのある言葉が何度も繰り返し続く。
静加は躊躇うこともなく再び人形を取り上げると、人形をひっくり返し、洋服を脱がせた。露わになった人形の腹の部分には透明な石が埋め込まれている。
「ガラス?」
「……今までの流れでいったら、ここは水晶でしょうよ?」
人形の腹を覗き込んでガラスと口にした実菜に「ガラスで何が出来んのよ」と、静加は呆れた様子で返してから男に向き直る。
「これ、あなたの仕業でしょ?……じゃ、あなたの話とやらを聞きましょうか」
腕組みをした静加が小首を傾げてにっこりと笑顔を男に向けると、男は観念した様子で乾いた笑いをし、壁にもたれ掛かった。
男はミハイルと名乗った。彼はこの家の孫娘ソフィアの婚約者だったという。しかし、彼の家族はソフィアが病弱だと知ると結婚を反対した。
結婚出来ぬまま彼女は帰らぬ人となってしまったが、亡くなった後も彼女との思い出に浸る為にこの屋敷に訪れていた。しかし、老夫婦まで亡くなってしまいそれも叶わなくなってしまった。
家主の居なくなったこの屋敷を買う事も出来るが、ミハイルにはそんなお金は用意出来なかった。
「でも、耐えられなくてね……鍵は俺も持っていたから、たまにここに来ていたんだ」
遠い目をして語る男が窶れているのは、婚約者を失った悲しみからだったのだろうか。
「出来るだけ人目につかないようにはしてたんだけど、見られてたんだろうね」
窓から見えたミハイルが幽霊だと誤解され、幽霊屋敷として噂が広がり人が集まるようになってしまった。それどころか、屋敷に忍び込む人まで現れた。
「一度、窓を割って侵入された事があったんだ。それで追い返す為にその人形を用意した……怖がらせればもう近付いて来ないと思ってね。でも、裏目に出たっぽいね」
結果、幽霊屋敷だという事を強調する事になってしまい、若者の興味を引き付けてしまった。
ミハイルは片手で額を押さえて俯くと嘆息した。
「俺はただ、彼女と静かに過ごしたかっただけなのに」
苦しそうに呟いたミハイルの言葉に実菜は同情するしかなかったが、静加はそうでもなかったらしい。冷めた視線でミハイルを一瞥すると、実菜を振り返った。
「じゃ、今回の件は男が不法侵入していたって事で報告ね。実菜、悪いけどロイドと先に馬車で待っていてくれる?」
「いいけど……静加は?」
「私は……後始末」
後始末とは何だと実菜は眉を顰めたが、ロイドを見ると疲れてしまったのかぐったりしている。休ませてやった方が良いと判断し、実菜は頷いた。
「ロイド、行きましょう」
「ああ、ごめん、その前に。ロイド、あなたのお友達が人形を見たのはどこだった?」
「……へ?えーと、確か……階段を上がろうとした時だと言っていて……階段の上だと言っていました」
「なるほどね、有難う。もう行って良いわよ」
静加が何をしたいのか気になるところだが、実菜はキョトンとしているロイドを促した。階段を下りる時にチラッと後ろを振り返るとミハイルも戸惑っているようで、ちらちらと静加を気にしているのが見えた。
「結局、幽霊ではなかったんですね」
馬車に乗り込んだところでロイドは元気が出て来たようだ。安堵の表情を浮かべて「良かったです」と頷いた。
「そうね。お友達にも呪われていないって教えてあげたら良いわ」
ロイドは笑顔で頷いたが「でも」と小首を傾げた。
「あのビスクドール、話す言葉を変えられるのですかね?」
「さあ……どうして?」
「確か……噂になり始めた頃は「女性の啜り泣きが聞こえる」だったと思ったので」
「ふーん……魔力で動かしているみたいだから、変える事も出来るんじゃないかしら」
実菜は適当な事を言った。
「それに、あのビスクドールはどこに隠していたんでしょうね。一通り部屋の中を見た時は無かったのに」
「うーん……白い布の下、とか?」
実菜はあまり深く考えない人間だった。ロイドはその事に薄っすらと気付き始めていた。
「あの……それと、シズカさんは、何故あの二階の部屋を寝室だと言っていたのでしょう?」
「え?」
ロイドの問いに実菜は二階の部屋へ入った時の事を思い出していた。
えーと……二階は書斎を挟んで左右に部屋があったわね。左の部屋にはベッドが二つあったから老夫婦の寝室だと思ったのよね。だから当然右の部屋は孫娘の寝室だと思って……。
「……あれ?」
実菜は首を傾げた。確か、机と二人掛けソファーがあったのは思い出せたがベッドは無かった。
「寝具らしき物は無かったですよね?」
「すっかり思い込んでいたけど、確かにそうね」
しかし、それでいくと静加も勘違いしていた事になる。
「でも、亡くなってしまったから処分しちゃったんじゃないかしら」
やはり実菜は深くは考えない人の様だ。静加が今、何をしているのか、特に考察する事はしないらしい。ロイドは苦い顔をして沈黙した。
静加は階段の上から二人が外に出た事を確認するとミハイルを振り返った。
「さて、ここからが本題なのだけれど」
静加の言葉にミハイルは目を見開く。
「え?俺が不法侵入者という事でこの件は終わりなんだろ?」
「ええ、一応報告はそれでいくつもりだけど……まだこちらの寝室を確認してないから」
静加はそう言いながら部屋の扉を軽く叩きドアノブに手を掛けた。
「そこはもう確認してただろうっ?!これ以上何を確認するって言うんだ!」
ミハイルは静加の行く手を阻む様に扉を押さえた。
「……確認してた?どうして知っているのかしら。あなたが来たのは、もう一度確認しに行く途中の部屋に入る前だったはずよ?」
ミハイルはギロリと静加を睨み付けた。
「それは言葉の綾というやつだろ?何が言いたい」
「あなたがこの寝室に何を隠しているのかを確認したいだけよ」
静加は今にも掴みかかりそうなミハイルを更に挑発する様に肩をすくめた。
「あ、そうそう。この部屋はソフィアの寝室だったのよね?ベッドがあるものね?」
「……ああ、そうだけど、それが……」
ミハイルはそこまで言ってハッと口を噤んだ。
「なるほど……ベッドも隠しているのね」
静加はドンッとミハイルの身体を押すと透明な壁がミハイルを包んだ。
「悪いけど、少し大人しくしていてくれる?」
「何だこれ?おい!出せ!」
見えない壁を叩くミハイルを確認すると、静加は部屋の中へと入って行った。
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