幽霊屋敷
「本当にここがそうなの?」
三人で街の外れの噂の幽霊屋敷に到着したのだが、目の前に建つ屋敷は大きくはないが古そうでもなく、綺麗で明るい雰囲気だった。とても幽霊が出るようには見えない。
「そうらしいわよ。空き家になったのは三年前。ごく最近ね。で、幽霊らしき物が目撃されるようになったのは一年前。でもその頃は「人影を見た」くらいだったらしいわ」
「そうなんです。同級生の間で一年前からこの屋敷での肝試しが流行っていて、ここ半年では女性の声が聞こえるって言ってました」
静加の説明にロイドが補足した。
なるほど、若者のミステリースポットにされてる訳ね。
「ご近所さん的には、その子供たちが集まって騒いでいる方が迷惑みたいね。それを何とかして欲しいっていう事らしいわ」
「ああ……なるほどね」
恐らく肝試しという事は夜だ。夜に騒がれるのは確かに迷惑である。夜にパトロールしろと言われるのではないかと、実菜は不安になった。
「そもそも何で空き家になったの?」
「あ、それは、老夫婦が孫娘と住んでいたんですけど、孫娘が病気で亡くなって、その後を追う様にして老夫婦も亡くなったそうです……噂では幽霊はその孫娘で、老夫婦もその幽霊が呪い殺したんじゃないかって……」
実菜は静加に尋ねたのだが、何故かロイドが答えた。
「あなた、怖がりのクセに詳しいわね。噂は別として、その通りよ。今この屋敷は相続人がいなくて国が管理しているの」
静加は門に掛かっている鍵を開けながらそう言うと、門扉を開けた。
「ところで、静加?」
「何よ?」
「その荷物には何が入っているの?」
馬車を降りるまで気付かなかったが、静加は大きめの丈夫なナップサックを背負っていた。そして、そのナップサックは時折ゴゾゴソと動いている気がしてならない。実菜はそれが気になって仕方がなかった。
「あ、それは俺も気になってました」
二人にツッコまれ、静加は居心地悪そうに目を泳がせた。
「あ〜……どうしても来たいって言うから」
そう言ってナップサックを下ろすと、ぴょこんと豆柴が顔を出した。
「あ!メイメイ?!」
メイメイはナップサックから飛び出すと静加の肩に飛び乗ろうとジャンプするが、流石に届かない。二の腕辺りでもがいているので仕方なく静加はメイメイを抱っこした。
「何か……猫みたいな犬ですね。しかも来たいって、メイメイが言ったんですか?」
冗談だと思ったのだろうロイドは笑いながらそう言ったが、メイメイはちろりとロイドを見やった後「だって面白そうじゃろ?」と、小さく囁やいた。
当然、犬が喋るとは思っていないロイドは慌てて周りを見渡す。
「今、何か声がしませんでしたかっ?!女性の声でしたよねっ?!」
「ロイド、落ち着いて?風で木の葉が揺れた音じゃないかしら?」
本当の事を言えばややこしくなりそうだ。実菜が落ち着かせようと適当な事を口にしてみたが効果はなかった。
「風なんて吹いてないじゃないですか!……ひゃあぁ!!」
「ぎゃっ?!」
「ちょっ、わぁっ?!」
きょろきょろと周囲を見渡していたロイドが突然、突撃する様に実菜にしがみついて来て、その勢いで実菜がつんのめり静加に激突し、静加はその拍子にメイメイを放り投げてしまった。
結果、ドミノ倒しの様に三人は芝生の上に倒れ込んだ。
「痛いじゃないのよぉ〜、何なの?」
「ごめん〜!だって、ロイドがぶつかって来たんだもん」
「すみません、すみません!!」
ロイドが震えながら必死に謝っている。服に多少の芝はついたが、そこまで必死に謝る事でもない。
「そんな、必死に謝らなくても大丈夫よ?」
「ち、違うんです。いや、違わないですけど……そうじゃなくて……」
真っ青になって震えているロイドはしどろもどろで目を泳がせながら、屋敷の二階を指差した。
「誰か……居ました」
ロイドが指差したのは二階の一番端の部屋の窓だった。女性らしい人影がこちらを見ていたという。
「どうしよう……呪われちゃう」
「何よ、呪われるって。呪われた人でもいる訳?」
ロイドはすっかり怯えてしまっているが、人影を見ただけで呪われてしまうなどたまったものではない。
「いえ……呪われているかは分からないですけど、そう言われた友人がいて」
「言われた?誰に」
友人が屋敷の中に忍び込んだ時に「今度来たら呪ってやる」という女性の声を聞いて、逃げ帰って来たのだそうだ。
「ちょっと待って!その前にその友人はどうやってこの屋敷に忍び込んだのよ。鍵は全部掛かっているはずよ?管理してるから定期的に様子は見に来ているはずだし」
屋敷は柵で囲まれている。敷地内には柵を登れば入れるが、屋敷の中には簡単には入れない。正面から見た感じでは窓や扉は壊されてはいないように見える。
「裏口の鍵が開いていたらしいです」
静加は「ふむ」と顎に手を当て眉を顰めた。
「……と、いう事は、少なくとも鍵を開けた人間がいる。という事ね」
「幽霊が開けたんじゃないんですか?」
「何の為によ。幽霊なら扉なんて関係ないじゃない。アンデッドならまだしも……じゃあ、先ずは裏口から確認しましょう」
「でもでも!友人は逃げる時に振り返ったら……ビスクドールが……立っていたって」
ロイドは先に進もうとする静加に尚も食い下がる。その人形が喋ったのではないかと、そう言いたいらしい。あくまでも「幽霊いる説」を信じているようだ。
「それも含めて確認しに行くのよ。人形を立たせて置いただけかもしれないでしょ?」
幽霊ではない可能性も出て来たが、それでロイドの恐怖心が消える訳ではなかった。「……アンデッド」と呟きながら、屋敷の裏口へ向かう静加の後を恐る恐るとついていく。
「あれ?静加、そういえばメイメイはどうしたの?」
先程、静加に放り投げられたメイメイの存在をすっかり忘れていた。
「あ、そういえば。どこ行っちゃったんだろ?でも放っておいても大丈夫よ」
一応、周囲を見渡してみるが姿は見えない。本物の犬ならば心配もするが、あのメイメイである。勝手に散策している可能性は大いにあった。
そして裏口に回ってみると、なんと扉が半分ほど開いていた。
「え?鍵云々の前に、何で開いてんの?」
鍵が壊れていない事を確認すると、躊躇なく静加はその半開きの扉を全開にして中の様子を窺う。
屋敷の中の家具は白い布が被されていて部屋の中は全体的に白く明るい印象だった。静加が中に入って行くと、続いて実菜とロイドも入って行く。
「お邪魔しますよ〜」
静加は手始めに手前の部屋の窓枠や床を慎重に観察して回る。二人はそれにくっついていく形になった。
「……ねぇ、皆で同じ事をしていても仕方ないでしょうよ」
静加は金魚のフンの如く後ろについて回る二人を振り返った。しかし、二人は具体的に何をして良いか分かっていないのだ。静加は嘆息した。
「じゃあ、二人は二階を見て来て」
「ええっ?!さっき人影が……幽霊がいるかも……じゃないですか」
「じゃあ、一階の他の部屋を見て来て。私が二階を見て来るから」
「ええっ?!幽霊が……一階に下りて来たらどうするんですか」
「……あなた、やる気あるの?」
そもそもロイドにやる気はない。静加が無理矢理連れて来たのである。ここに来ただけで良しとして欲しいところだ。
「だけど……」と、不毛とも言える二人のやり取りに実菜が口を挟む。
「何の目的があるのか分からない人間がいるかもしれないなら、一緒にいた方が安全じゃないかしら」
「んー、まぁ、それもそうね。じゃ、幽霊がいるかもしれない二階に行きましょうか」
静加が実菜の提案に頷くとロイドは安堵したが、二階に行くと言われ溜め息を吐く。情緒不安定であった。
空き家になってから年数しか経っていないという事もあるのだろうが、屋敷はとても綺麗にされていた。階段も床も特に軋む事もない。
一階はリビングにダイニング、キッチンと応接間。二階は寝室が二部屋に書斎。さほど広くなく、一般的な間取りだった。
一通り見て回ったが、特に変わった所は無いように思われた。怪奇現象などもなく。ロイドの言ったビスクドールも見つからない。
「やり方をしくじったかもしれないわ」
裏口の鍵を閉め、玄関から屋敷を出て来たところで静加が難しい顔をした。
「若者の肝試しを装って調査した方が良かったかもだわ」
「どういう事?」
実菜が静加に問い掛けると、静加は難しい顔のまま「怪奇現象が何もない……」と言いながら顔を上げたが、どこか一点を見つめると片眉を上げたり首を捻ったりと面白い動きを始めた。
その様子を見たロイドが不安そうな視線を実菜へと向ける。
「シズカさん……呪われちゃったんでしょうか?」
「大丈夫。正常運転よ」
実菜がフォローする様にロイドに言うが、フォローにはなっていない。そんな実菜を静加は一瞥したが何も言わず、玄関のポーチから庭の方へ歩いて行くと屋敷の全体を振り仰いだ。
そして、思案する様に首を傾げ、何か納得したようにひとり頷く。
静加が何を考えているのかは分からないが、取り敢えず実菜も静加と同じ様に庭に立つと屋敷を見上げてみた。ロイドは一人でいるのが怖いのか、二人と離れないようにくっついて来る。
屋敷を改めて見ると、中と同じく外観も一般的である。一階のリビングの窓は大きめに作られていて日当たりが良さそうだ。二階は広めの寝室……こちらは恐らく老夫婦が使用していたのだろう……と、その半分くらいの広さの寝室、そして書斎があった。
外から見ると、そのそれぞれの部屋の窓が二つづつ同じ大きさで等間隔で嵌められているのが分かる。
「二人共、もう一度屋敷の中……二階に行くわよ」
「えっ?!」
二人の返事を待つ事もなく、既に静加は玄関に向かって歩き出していた。
「えっ、ちょ、ちょっと、何でまた中に入るんですかぁ〜!」
ロイドは外に出られて安堵していたところなのである。それが、また中に入るとは。ロイドは地団駄を踏んだ。
「じゃあ、あなたはここで待ってなさい」
静加は別に怒って言っているわけではない。寧ろ親切心から言ったのだが、ロイドは一人で待つのも嫌なのだ。
「ああ、もう!待って下さいよ〜!」
暫しの葛藤の末、ロイドは二人の後を追い掛けた。
しかし、玄関の扉を開けたところで急に静加は立ち止まる。実菜は……その後を追っていたロイドも静加の背中に体当たりした。
「ちょっと!ちゃんと前見て歩きなさいよ。痛いじゃない!」
「じゃあ、急に止まらないでよ!」
急に立ち止まった静加が悪い。これでは半グレのいちゃもんである。
腑に落ちない実菜を他所に静加は「ああ、そんな事を言ってる場合じゃなかったわ」と、呟くと急に大きな声を出した。
「この屋敷は取り壊すしかないわね!そう報告しましょう!」
「……え?何を……急に?」
誰に向かって話しているのか分からない静加に実菜は戸惑うが、そんな実菜に静加は「念の為ね」と、更に戸惑わせる事を言う。
「ねぇ、何なのよ、今のは」
訳が分からないまま三人は階段を上がる。二階に辿り着いた所で「来たわね」と、静加が小さく呟いた。
「あの……あなた方は何をしているのですか」
突然、階下から声を掛けられ振り返ると、肩まである髪を一つに束ね無精髭を蓄えた男性がこちらを見上げて立っていた。
お読み頂き有難う御座いました。




