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聖女として召喚されたので、期待に応えてみた結果  作者: 珠音


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満天の星空

十二分にお腹を満たし、食べ残しは強引にお土産に持たされて食堂の外に出ると、辺りはすっかり夕暮れ色に染まっていた。

駐車場に戻ると、他のお客さんが来たようだ。軽トラが停まっており、そこから一人のお爺さんが下りてきた。

貫禄ある体格で厳しい顔つきをしたお爺さんは、こちらに気付くと不機嫌そうな表情をした。


「……剛造さん」


剣持が気まずそうに呟く。



この人が、さっき言ってた人……。

……お孫さんを亡くされたっていう。



「陽か、魔女はどうしている?」


剛造はゆっくりと近付くと、おもむろに口を開いた。不機嫌そうに見えたのは、憔悴しているからのようだった。


魔女というのが誰のことかは分からなかったが、剣持が千代にしたように、静加の失踪の件を伝えたので恐らく静加のことなのだろう。



「……そうか、魔女は旅立ったか。うちの茉莉も次の人生に向けて旅立った」


剛造が静加の失踪をどう受け取ったのかは分からないが、そう言うと自嘲気味に笑った。


「せめて、儂が死んでからにして欲しかった。そんなに急がんでも……のぅ?」


同意を求められるが、何も言えない。何を言っても気休めにしかならないと思ったのだが、意外にも剛造は表情を明るくさせた。


「しかし、陽坊。お前の嫁っ子は弱っちぃそうじゃな」



よ、弱っちぃ……?



「よ、嫁って……い、嫌だな。剛造さんみたいに、皆が女性に強さは求めてないんですよ」


「はは。じゃあ、しっかり守れ。そこそこ強かった茉莉も鉄の塊には勝てんかったからな」


先程までの憔悴した様子はどこへ行ったのか、剛造は豪快に笑いながら食堂に入って行った。



「陽人さんのお嫁さんになるには、強くないと駄目ですか?」


「よ、嫁っ?!……ひぅわっ!いや、いや、いや!」


車に乗ったところで何気なく聞いただけなのだが、予想以上の慌てぶりを見せた。

脚を運転席に乗せる前にドアをしめてしまい、脚を挟んで顔を顰めていた。



嫁という単語に、ここまで動揺するとは。



とても、「交際ゼロ日、電撃結婚!!」と、いう週刊誌の見出しのようなことをしようとした人物には見えなかった。


「あ、あの人はね。柔道の師範とかもやってたことがあったらしくて……それで、なんだ……孫娘にも静加さんとこに通わせたりして……強くさせようとしてたんだよ」


しどろもどろだが剣持が言いたいのは、剛造が強くしたかったのは孫娘であって、他の女性のことではない。と、いうことのようだ。


「そんなことより、日が暮れるし早くしないとね」


剣持は誤魔化すようにして車を発進させた。途中、車を軽トラに乗り換え、山道になった辺りから雪景色になってきた。といっても、さほど積もっているとは言えない。

だが、既に暗くなっていて景色もよく分からないが、ヘッドライトに照らされている細い山道は、雪の所為でどこまでが道で、どこから崖なのかが分からない。


「今日、帰せなくなっちゃったらごめんね」


慣れない雪道のドライブにドキドキしているところに、そんなことを言う剣持に更にドキッとして「えっ?」と、振り返る。



か、帰せない?!とはっ?!



「この調子なら、雪が降ることはないと思うから、大丈夫だと思うけど」



あ、あぁあ……雪、雪ね。

そういう意味ね。

そうよね、積もったら車が通れないかもしれないものね。



変に緊張した実菜は、座席にもたれた。先程までの車と違い、座席が直角に近い状態なので正直、乗り心地はあまり良くなかった。



それにしても、真っ暗になるのね。まだ六時前なのに。



カーブには外灯も設置されてはいるが、民家などもほとんどない。外の景色はほぼ真っ暗だった。


実菜は、こんなところに一人で放置されたらどうしよう。などと勝手に想像して、勝手にゾッとしていた。



家に着くと、やはりそこは以前来た静加の家。剣持は何も言わずに車のヘッドライトを着けたまま下りた。


「車は……?」


不思議に思いながらも、実菜も下りる。

剣持はそのヘッドライトで玄関の鍵を開けると、実菜の手を引いた。



なるほど。



「暗いから気を付けて」


実菜が明かりのついた玄関で待つこと一分。車を置いてきた剣持が戻ってきた。


「ごめん、一週間くらい居なかったから、少し埃っぽいかも」


「お、お邪魔します」


居間に通され、どうしたらいいか分からず、取り敢えず座っておく。


「部屋が暖まるまで少し待ってね」


暖房を入れたが、当然暖まるまで時間が掛かる。

ふと、「あ、そうか」と、言った剣持が部屋を出ていき、戻ってきた時には毛布を一枚手にしていた。


「どうせ、外に出るから待たなくてもいいんだ」


「外に……出る?」



え、この寒い中?真っ暗なのに??



「戻ってきた時には部屋も暖まってるよ」


にこにこしながら実菜を立ち上がらせて、居間の障子を開ける。と、そこには各部屋を繋ぐ廊下があり、更にその先は大きな窓があった。そこを開けると広めの縁側になっていた。つまり、外。

そこに実菜を座らせると、実菜を後ろから抱きしめるようにして剣持も座り、毛布を被った。


「これなら、暖かいでしょ?」


「う、うん?」


これをするなら、部屋の中の方がもっと暖かいのでは?と、思うが、剣持は上を指差す。


訝しく思いながらも、それに倣って実菜は上を見上げた。


「ぅわあっ!」


見上げた実菜の視界に飛び込んできたのは、正しく満天の星空だった。



凄い!小さい星までよく見える!!

プラネタリウムみたい!!



きらきらと光る星々を見ていると、先程まで怖いと思っていた暗闇が何ともなくなっていくようだ。

徐々に目が慣れてくると、逆に明るくさえ感じてくるのが不思議だ。


「あ……月」


上弦の月というのだろうか、半分くらいに欠けた月が出ている。そのお陰でこんなに明るいのだろう。


「天気が良いと、冬の方が星は綺麗に見えるんだよ。これを、見せたかったんだ」


実菜の耳元で剣持が照れたように笑った。


「この家は、静加さんの婚約者だった人の実家だったんだ。婚約者のご両親が亡くなった時に、無理言って譲ってもらったって言ってた」


実菜の肩に顎を乗せるような姿勢で話をしているので、色々くすぐったい。でも、嫌ではなかった。


「正直、俺は養子になってこの家に住むのは気が引けた。何をするのも不便だからね。でも、ある日、この星空に気付いて感動してしまって、それからはこの場所が大好きになった」


確かにこんな景色は都会では見られない。

でも、実菜には懸念していることがあった。


それは、「山では虫の大きさが規格外に大きい」と、いうことである。流石に全ての虫が大きいわけではないが、都会では見られない大きさの虫が見られることは否めない。


「静加さんはこの場所を凄く大事にしてたんだ。だから、俺もこの家を守りたいと思った。だから、実菜にも、ここを好きになってもらって……一緒に、住んで欲しいなぁ、とか、思って……」


恥ずかしくなったのか、後半はもにょもにょと口籠もっていた。


虫が苦手なんで嫌です。なんて、言えない雰囲気だ。



えーと。つまり、結婚したら、ここに住む。と?



そのことに関しては暫く葛藤がありそうな気がしたが、それだけ静加が大事にしていたこの家を大事に思っているということだ。


「陽人さん、ラインハルトと純子の間に娘が生まれたのは知ってます?」


「え?……知らない」


やはり、そこまでは知らなかったようだ。「そうなんだ」と、少し嬉しそうに呟いた。


「二人はその娘に、静加と名付けたんです」


剣持が微かに息を呑んだ気配がした。


「純子は終戦の数年前に、日本から異世界に召喚されたんです。そこで、ラインハルトに出会って、静加が生まれて、数年は幸せでした。でも、命が狙われるような状況になってしまって、そこよりは、日本の方がまだ安全だと思った純子は静加だけを日本の、自分が召喚された時にいた場所に送ったんです」


「……それって」


言葉を詰まらせる剣持に実菜は頷いた。


「静加は純子の名字である九条を名乗ってたんです」


暫く無言でいた剣持は、はーっと、長く息を吐くとぎゅっと実菜を包んでいた腕に力を込めた。


「本当に……?信じられない。そんなこと……あるのか?でも、なんていうか、その……もの凄く納得してしまった」


実菜は身体を委ねるようにして、戸惑いの声を上げる剣持を仰ぎ見た。

暗闇であったが、夜目の効いた今では色白の剣持の整った顔が陶器の人形のように際立っている。



うっ。美人だわ。



月明かりと美人の画力に、暫し言葉を失ってしまった実菜だったが、ハッと我に返った。


「あの、だから、私。陽人さんが色々と、静加を大事に思っていてくれたことが凄く嬉しかった」


「あ?だから、昼間……?」


思い出したのが剣持が「ふふっ」と、笑う。

泣いたことを思い出すと、それはそれで恥ずかしい。剣持の視線から逃れるように俯いた。


「俺も今、凄く嬉しい……のかな。なんとも言えないや」


俯いた実菜を追いかけるようにして、形のいい鼻を実菜の髪に埋めて囁く。剣持の吐く息が耳や首筋に掛かり、きゅうっと、胸を締め付けた。


「冷えてるね。寒くない?もう中に入ろうか」


その声に振り返ると、熱のこもった双眸が目の前にあった。あと少しで鼻が触れそうなほどの近距離にどきどきと胸が高鳴る。


「あ、の……」


今はむしろ熱いです。とは、言わなかったが、もう少しこのままでいたかった実菜は微かに首を横に振ると、上目遣いに剣持を見つめた。剣持の喉仏がコクッと鳴る。


「今のは実菜が悪いよ」


「え?」


言うが早いか両手で実菜の頭を引き寄せると、その唇に「ちゅっ」と、軽く唇を押し当てた。

驚いた実菜は少しだけ身を引いたが、思い切って目を閉じると、再び唇を押し当てられた。今度は軽いものではなく、次第に深くなる口付けに思わず息が漏れる。全身に甘い刺激が走り、上手く力が入らない。


「やっぱり、冷たくなってる。部屋に入ろう?」


長い口付けを終えて、実菜の頭を胸に押し付けるようにして抱き締めると、実菜のつむじにも「ちゅっ」と、口付けを落とした。


「は……はい」


すっかり腰が砕けた実菜は、未だ熱い余韻が消えない唇を思わずなぞる。



熱い。

まだ、口の中に、陽人さんの……。

ぅん、きゃあぁあーっ?!



剣持の腕の中で、無言で悶る実菜だったが、ふと、気付く。



ん?熱い?



実菜はぴょこんと顔を上げ、剣持の首筋から頬に手の平を這わせた。


「え、ちょっと、実菜?だから、外だと……あの」


上擦った声で、剣持がわたわたしているが構わず、実菜は両手で剣持の側頭部を挟み込み、その顔を覗き込む。


「やだ、陽人さん。熱があるんじゃない?!」


この寒い状況で、顔がやたらと熱い。よく見れば白目が少し充血していた。


剣持は、「そんなことない」と、言うが、立たせれば少しふらついていた。


「早く横になった方が良いです!」


実菜は「大丈夫だ」という剣持を急かして、寝室へと連れて行く。


流石に着替えは自分でしてもらおうと思ったが一向に着替えようとしない。

仕方ないのでジャケットを脱がせ、シャツのボタンを外していると、「積極的な実菜も好きだっ」と、ベッドに押し倒された。


「もう!ちゃんと着替えて下さい!」


のしかかってきた剣持を押しやる。実菜に簡単に転がされる剣持は、やはり熱があるのだろう。

のそのそと着替えを終えた剣持をベッドに押し込めると、勝手に漁って見つけたタオルと、台所にあったボウルに水を入れて寝室へ持って行く。


大人しく寝ていた剣持は、先程よりも悪化しているように見えた。更に顔は赤くなり呼吸も荒い。


実菜が冷たいタオルを額に乗せると、閉じていた目蓋を上げ朦朧とした瞳で実菜を見上げた。


「ありがとう。実菜といたから熱が出たのかな」


「どういう理由ですか、それは?」


実菜の呆れた声に、「ふふっ」と、笑って布団から手を差し出してきた。

手を握れということだろうか、実菜はベッドサイドに座り込むと、その手を握った。それに安心したのか、剣持は目を瞑るとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。



むぅ……本当に、帰れなくなったわ。



流石にこの状態で送ってくれとは言えない。かと言って、来た道を歩いて帰ろうとも思わない。


「はぁ」


実菜は律儀に剣持の手を握ったまま、ベッドの端に突っ伏した。






「―――ぅうぅっ!」


唸り声のようなものに驚いた実菜は目を開けた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。時計を見れば、もう日が変わろうとしていた。


「陽人さん?」


見れば悪い夢でも見ているのか剣持が苦しそうなうめき声を上げうなされていた。赤い顔で脂汗も酷い。


「どうしよう。こういう場合、どうすればいいのかしら。起こすべき?」


額に乗せていたタオルは、すっかり熱くなってしまっていた。

取り敢えず顔や首周りの汗を拭い、冷たくしたタオルを額に乗せてみる。


だが剣持は荒い呼吸で声にならない声を上げながら何かを求める様に、その手を宙に彷徨わせ始めた。実菜は思わずその手を取るとぎゅっと抱きしめた。


「陽人さん。私はここにいるわよ?」



癒やしの力が今もあったら良かったのに。



実菜は苦しそうな剣持を前に、無力さを感じていた。

お読み頂き有難う御座いました。

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