面影
面影
護は今年の紅葉を綺麗だと感じていた。彼は今までこんな風に紅葉のことを感じたことはなかった。自然が美しいものだと気づいたのも香と付き合い始めてからだった。二人で一緒に出かけて彼女が花の名前を言いながら、その花言葉や生態を彼に説明した。彼は彼女が楽しそうに話すのを聞いてその並々ならぬ知識に驚いたりしたものだった。彼女の影響で彼も自然に興味を抱き、自分で植物のことを調べたりして知識を深めていった。
「香が俺に残してくれたものだ。俺はそれを大切にしたい」
護はそんなことを思って『紅葉通り』を歩いた。そして彼女の好きだった和歌を思い出した。
『うたた寝に 恋しき人を 見てしより 夢てふものを 頼みそめてき』
香は花を愛でながらよくこんな和歌を詠っていた。しかし護は未だにその意味がよく分からなかった。でも言葉だけは彼女から何度も聞かされたので覚えていた。
護が歩きながらそんな思い出に浸って歩いていると、彼の視界の中に何か違和感のようなものを感じた。錯覚か、気のせいか、しかし何かおかしなものを確かに感じた。彼は何を見たのか分からなかった。でも確かに何かを見た。それも彼にとって是非とも確認しなくてはならないものだ。彼は周囲を見回した。
「何だったんだ、今のは…俺は何を見たんだ? この感覚は一体何なんだ?」
護は立ち止まるとゆっくりと周囲に視線を這わせた。そして彼が『運命の丘』の上に視線を移した時、彼は頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。
「香!!!」
護は大声で叫んだ。道を行き交う人々は彼の声に驚いてじっと彼の顔を見つめた。彼は突然駆け出した。丘に向かって一直線に、進路上にいる人々を押し退けながら、彼は必死に丘の上に立っている女性に近づいて行った。彼は何度も途中で躓き危うく転びそうになったが、何とか耐えて態勢を立て直しながら夢中で走っていた。




