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■第9話 胸騒ぎ


 

 

翌日、ユズルのベッド横に丸イスを置いて腰掛け見守るシオリの元へ

コウが姿を見せた。

 

 

まるでファッション雑誌から出て来たような、そのスタイル。 

無地のカットソーの上にテーラードジャケットを羽織り、スキニーパンツの

脚は長くてモデルのようで。


どう見たってモテるだろうにコウのそういう浮いた噂は聞いたことがなかった。

 

 

切れ長の涼しげな眼差しを向け、 『ユズル君、どう・・・?』 

疲れた顔を向けるシオリへ静かに問い掛けるコウ。

 

 

シオリは首を小さく横に振って、哀しげに目を伏せる。 

その瞬間、形の良い薄いピンク色の唇がきゅっと噤まれた。


明らかにシオリの佇まいにも疲れの色が見えていた。 長い黒髪がしっとり

垂れる背中も肩も心細いほどに儚げで、少しでも乱暴に触れたら壊れてしまい

そうだった。

 

 

すると、コウが 『ちょっとコーヒーでも飲みに行こう。』 とシオリの肩を

そっと支えて立ち上がらせると院内に併設された簡素な喫茶コーナーへ促した。

 

 

 

 

 

病院1階の隅にあるその喫茶コーナーでは、数人の入院患者と見舞客が

テーブル席に向き合って楽しそうに談笑している。 15人も座ればいっぱいの

狭いそこは、メニューこそ多くはなかったが、唯一の病院食以外のものが口に

出来る場所とあって常に客がいてそこそこ活気がある。


コウはコーヒー、シオリはカフェラテを注文し、向かい合って座るとシオリが

カップを両手で包み込みながら、どこか遠くを見つめぽつりと呟いた。

 

 

 

 『お兄ちゃん・・・ どうなっちゃうんだろ・・・。』

 

 

 

その涙声は力無く足元に落ちる。


そっと俯いたシオリの瞬きに合わせて長いまつ毛がゆっくり上下し、つやつやの

黒髪が右胸にさらりと垂れ小さく揺れた。

内股のハの字になったニーハイブーツの爪先が、歯がゆく擦れ合いほんの少し

汚れを付ける。

 

 

 

コウは、その儚くも目映いほど麗しいシオリの顔をまっすぐ見つめていた。

 

 

すると、コーヒーカップの取っ手を指先で弄びながら、まるでたった今思い出し

たかのようにどこか明るい表情を向け静かに言った。 

それは朗報を伝えるような声色で。

 

 

 

 『家族会議開いたんだよ、昨日・・・。』

 

 

 

『・・・家族会議?』 シオリは足元に落としていた目線をコウへ向ける。

家族なはずの自分はそれに参加していない事に、なんだか異様に胸騒ぎがした。

 

 

 

 『この先の病院のことを考えたら、ユズル君の状況も状況だし・・・


  俺とシオリで病院を守っていくのがベストだって結論が出てたよ。』

 

 

 

『・・・え?』 言われた意味が分からず、訊き返すシオリ。

”俺とシオリ ”に違和感が拭い切れず、眉根をひそめてまっすぐコウを見る。

 

 

すると、ほんの少し口許を緩めたコウ。 目を細め色白の頬を緩めてどこか

嬉しそうにさえ感じる声色で、シオリへ弾むように言った。

 

 

 

 

 『ふたりで医者になって、結婚して、病院を守れって。おじさんが・・・。』

 

 

 

 

そして、机下で組んでいたスラっと長い足を組み直し、少しシオリへと身を乗り

出してテーブルに頬杖をつき、まるで内緒話でもするかのように小声で続けた。


どこか愉しんでいるように聴こえる、それ。

 

 

 

 『おじさん、カンっカンだったよ・・・ 八百屋の彼のこと。

 

 

  だから、言ったろう~?


  シオリの相手は、医者じゃなきゃ認められない、ってさ・・・


  下手に期待させられちゃって・・・ カワイソ~ゥな青りんご君っ。』

 

 

 

他人の不幸を嘲笑うかのように、どこか清々しい顔をして背筋を伸ばすと

飄々とコーヒーカップに口を付けるその姿をシオリは呆然と見つめ、そして唇を

噛み締めて睨んだ。 膝の上で握りしめた拳は、力が入りすぎて指先が白くなり

震える。

 

 

 

 

  (どうして・・・


   なんで、私の意見は無視なの・・・?


   そんな大事なこと、私に内緒で進めるなんて酷すぎる・・・。)

 

 

 

 

シオリは、咄嗟にショウタの顔を思い出していた。

朗らかに笑うショウタの底抜けに明るい、あのあたたかい笑顔を。


シオリに向ける笑顔も、笑い声も、大きな背中も、不器用な手も全部全部・・・

絶対に手放さない、諦めたりなんかしない。

 

 

 

 

  (ぜったい・・・ ぜったい、そんなのイヤ・・・。)

 

 

 

 

うな垂れ俯き決して顔を上げようとしないシオリを、コウはどこか冷めた

目で見ていた。

 

 

 


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