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■第10話 少しずつ狂い始めた歯車


 

 

その夜、シオリがいつものように、ショウタと夜の公園でやさしい時間を

過ごし自宅へ戻るとそこには父ソウイチロウと母マチコの姿があった。

 

 

ここの所ずっと夜ひとりで病院から自宅へ戻り、誰の目も気にすることなく

ショウタとのわずかな時間を大切にしてきたシオリは、居るはずもないと

思っていた両親の姿に驚き目を見張る。

 

咄嗟に、兄ユズルになにかあったのかと不安そうな顔を向けた。

 

 

すると、

 

 

 

 『こんな時間にどこに行ってたんだ?』

 

 

 

父ソウイチロウの低い声色に、問題点はシオリ自身なのだと瞬時に悟る。


一気に張り詰めるリビングの空気に、居心地の悪さが拭い切れない。

厳しく問いただすその父からバツが悪そうに思わず目を逸らし、

口をつぐんだシオリ。

 

 

『八百屋の息子なんかと親しくしてると聞いたが。』 明らかに責めている

その口調を耳にシオリが顔を上げて目を眇める。 

 

 

 

 

  ( ”なんか ”って、なによ・・・。)

 

 

 

  『・・・だったら、なに?』

 

  

 

今までシオリは父親に反抗したことなど一度も無かった。


こどもの頃から厳しく育てられ口答えはおろか、父親に対してはあまり本音を

言ったことすらなかったのだ。

 

 

そのシオリの口調と声色に、慌てた母マチコが狼狽えてふたりの間に割って

入るように身を乗り出す。


はじめて見る娘のそんな反抗的な姿に、ソウイチロウが思い切り怪訝な顔を

作り口許を歪め目を眇めた。

 

 

 

 『お前は自分の立場が分かっているのか?』

 

  

 『・・・好きで病院の娘に生まれたんじゃないわ!』

 

 

 

ソウイチロウの言う ”八百屋 ”の意味を察し、シオリは苦い顔を向けて

強く言い返す。


ふたりの間の張り詰めた不穏な空気に母マチコがひとり、オロオロと不安気に

見つめるもなにも出来ずに再びソファーに座りただただ小さく背を丸めている。

 

 

 

 『ユズルがこうなった今、


  お前にも多少なりとも病院への責務が生じるくらい分かるだろ。』

 

 

  

 『そんなの分かんないよっ!


  医者にはなるよ・・・ がんばって勉強してゼッタイ医大には入る!

 

 

  でも・・・ 


  でも、なんで私の結婚まで左右されないといけないのっ??』

 

 

 

シオリはすがるような目で父を見るも、その厳しい顔は決して妥協する

それではない。


思わず母マチコへ助けを求めるように見つめるも、ただ哀しそうに目を

逸らされた。 かばってはくれない弱い母に、失望しつつも心労を増やして

いる事にどこか心が痛む。

 

 

 

 『それに・・・


  私だって家族なのに・・・ どうして私は家族会議に呼ばれないの??

 

 

  私の将来のこと・・・


  どうして、私抜きで勝手に決められなきゃいけないの??』

 

 

 

涙に詰まりながら訴えても、父ソウイチロウにはシオリの切なる思いは

伝わらない。 まるで ”親の言う通りにしていれば幸せになれる ”とでも

言わんばかりに怒鳴られた。

 

 

 

 『お前はなにが不満なんだ?


  八百屋なんか、いっときの若気の至りだったと


  後になったら気が付くと言っているんだ!!』

 

 

 

”八百屋 ” ”八百屋 ”とソウイチロウの口から出る蔑むようなそれに、

シオリは我慢の限界とばかり、立ち上がって憎しみすら感じるような目を

向け叫んだ。

 

 

 

 『八百屋の・・・ 八百屋のなにが悪いのよっ!!』

 

 

 

そして、リビングのドアを乱暴に音を立てて押し開けると、2階自室へと

階段を駆け上がった。 


背中でソウイチロウの『まだ話は終わってないぞ』 という声が聴こえたが、

それは怒りと哀しみが混じるシオリの階段を踏み鳴らす大きな足音に呆気なく

かき消されリビングに響いて落ちた。

 

 

怒りに任せ荒々しく自室に飛び込み、ベッドに倒れ込み突っ伏したシオリ。

じわじわと悔し涙がその目に浮かび、唇を強く噛み締める。


すると枕元に置く情けない顔をしたくまのぬいぐるみが目に入った。 

その殆ど無い短い首には ”八百安”と描かれた手ぬぐいが大切そうに巻かれて

いる。 あまりにやさしく佇むそれに、どうしてもショウタに会いたくて

会いたくて仕方がなくなった。


手を伸ばしぬいぐるみを引き寄せて潰れるくらい抱きしめると、その目からは

堪え切れなくなった大粒の涙がつやつやの頬を転がり落ちる。

 

 

 

 

  (ヤスムラ君・・・。)

 

 

 

 

シオリは弾かれたように立ちあがると、ケータイだけその手に強く握りしめ

部屋のドアを開け放った。 階段を慌てて駆け降りるとそのまま玄関へ向かい

ブーツに足を突っ込み玄関ドアの内鍵を開けて、大きな音を響かせその硬く

冷たい扉から逃げるように飛び出した。

 

 

『シ、シオリ・・・?』慌てて玄関へ駆け寄る母マチコの声が背中で聴こえた

気がしたがシオリは一心不乱に深夜の住宅街へと駆け出し消えて行った。

 

 

 

 

 

 『もしもし・・・? どうしたの??』

 

 

こんな遅い時間に電話をしてきたシオリの涙声に、ショウタの胸に言い知れない

不安がよぎり心臓がバクバクと急速で打ち付ける。

 

 

 

ふたりの歯車は、少しずつ狂い始めていた。

 

 

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