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■最終話 橙色のミムラスを、笑わない君に。 ~ 青の行方 ~

 

 

シオリが看護師の詰所にいたところ、けたたましく鳴った内線に出た看護師が

振り返って言った。

 

 

 

 『シオリ先生・・・ 院長が、院長室でお待ちだそうです。』

 

 

 

カルテを読み込んでいた手を止め、シオリが首を傾げる。

勤務中に父ソウイチロウから呼び出しが掛かるなんて、今までは殆ど無かった。


なんの用事なのだろうとどこか訝しがりながらも、言われるままに院長室まで

駆けた。 院長室がある3階の一角まで来ると、まるでそこは別世界のように

静まり返ってどこか冷たく寒々しく感じる。 シオリは身震いするように白衣の

襟元を正すと院長室前に立ち、小さく2回ノックをした。

 

 

『入りなさい。』 扉奥から聴こえた父の声に、『失礼します。』 とその中に

足を踏み入れたシオリ。


すると目に入ったホヅミ家一同の面々。 父の他、母もコウもコウ父母もいる。

みな一様にどこか正装に見える服装で、ゆったりとソファーに体を沈めている。


母マチコだけがなんだか居た堪れないような面持ちで、背を丸めシオリから

慌てて目を逸らした。

 

 

『なにか・・・?』 言葉では言い表せない嫌な予感が、記憶が、シオリの胸に

去来する。 それは数年前にシオリ抜きで今後の病院のことを会議したあの事に

他ならなかった。

 

 

すると、キレイな笑みをその頬に作り口角を上げてコウが言う。

そっと手を伸ばし、シオリを見つめるそのガラス細工のような目。

 

 

 

 『シオリ・・・ こっち来て。』

 

 

 

一同が腰掛けていたソファーから立ち上がり、コウとシオリを見守るかのように

見つめる。

直感的になんだか嫌で嫌で仕方がないシオリ。

 

 

『な、なんなの・・・?』 その足は、その場から動けない。

コウの前には行くなと脳から信号が流れる。

 

 

すると、呆れたように小さく笑ってシオリの前までやって来たコウ。

 

 

 

 『なんだよ、どうしたんだよ・・・


  ・・・ほら、こっちおいでよ。 シオリ・・・。』

 

 

 

コウがそっと手を伸ばし、シオリの細く白い手首を握った。

その冷たい指先の感触に、ビクっと身を硬くし咄嗟にシオリはその手を振り払う。


慌てて後退りして目を見張り首を小さく小さく横に振り、助けを求めるように

シオリは父と母に目を向ける。 しかし、母マチコは哀しげに目を伏せたままで

シオリを見ようともしない。

 

 

そんなシオリの様子に、父ソウイチロウがほんの少しイライラした感じを醸し出した。

 

 

 

 『こんな事に手間を取らせるんじゃない。』

 

 

 

 

  ( ”こんな事 ”・・・?)

 

 

ソウイチロウの言葉にシオリは再びコウへ目を向ける。


すると、コウは白衣のポケットから高級そうなリングケースを取り出し手の平に

乗せてシオリへとまっすぐ差し出した。

 

 

その顔は微笑んでいるように見えた。 否、その目の奥は嘲笑っているように。

咄嗟に ”その意味 ”が分かったシオリ。

 

 

 

 『いや・・・ いや!!


  お母さん・・・ 助けてよ、ヤだよぉ・・・。』

 

 

 

シオリが母マチコにすがるように駆け寄るも、決してシオリを見ないマチコ。

泣き出しそうな顔できゅっとつぐんだままだった唇が微かに動いた。

 

 

 

 『・・・ごめんね、シオリ・・・。』

 

 

 

母マチコの口から小さく小さく聴こえたそれに、弱々しく無力でちっぽけな母を

この時ばかりは恨みたくなった。


母のジャケットを強く掴んでいたシオリの指先から、その瞬間力が抜ける。

誰も助けてはくれないのだ、と。 その手は、ダラリ垂れて小さく揺れた。

 

 

 

もうこの件は随分前に諦めたつもりでいたシオリ。

あの日に、ショウタを完膚なきまでに傷付け打ちのめしたあの日に、自分の中

でも整理をつけたはずだった。

 

 

でも、つい先日ショウタかもしれない姿を見掛けてしまってから、再びあの頃の

ように胸は痛み切なく締め付けられていた。ショウタのことばかり考えていた。

 

 

 

  結婚なんてしたくない。


  コウとなんて結婚したくなどない。

 

 

 

それはコウが云々ではなかった。 ショウタ以外の人なんてシオリには考えられ

なかった。 ショウタでなければ誰でも一緒だった。

 

 

 

  ショウタじゃないのなら・・・。

 

 

 

『いつまでお前はそうやってるつもりだっ!!』 父ソウイチロウの怒鳴る

ような声が静まり返った院長室に木霊する。


やれやれといった風で呆れ笑いながらコウがシオリに近付き、もう一度シオリの

左手首を掴んだ。 今度の掴むそれは、決して逃れられないように強くキツく。 

シオリの華奢な真っ白い手首が鬱血して真っ赤になるほどで。

 

 

ゆっくり厳かにリングケースを開くと見えたその豪華絢爛な仰々しい婚約指輪。

シオリには、おぞましく輝く拘束具にしか見えない。


シオリは手を引っ込めようと必死に力を入れ拒絶するも、コウのその細身の体の

何処から湧いて出るのかと思うほど、手首を掴むそれには抗うことがない。

 

 

 

コウが厭らしく頬を緩ませながら指輪を指先で掴み、シオリのいまだ拒む左手の

薬指にそれをはめようとした。

 

 

 

 

 

   その瞬間のことだった。

 

 

 

 

ドア向こうの静かなはずの廊下に、バタバタと駆けまわる足音が響き近付く。

院長室のドアが乱暴にノックされ、返事も待たずにひとりの看護師長が飛び込んで来た。


『・・・なんだ、どうした?』 不躾なその様子に怪訝な顔を向けたソウイチロウ。

一同が一斉に動きを止めて、看護師長を見つめる。

 

 

すると、看護師長は震えながら言った。

 

 

 

 

 

   『ユ・・・ユズル先生が・・・


    ユズル先生の意識が・・・ 戻りました・・・。』

 

 

 

 

 

 

その時、カチリと小さく音がした。


ショウタとシオリ、完全に離れたと思ったふたりの歯車が、ほんの少し再び

噛み合った事に、この時のふたりはまだ気付けずにいた。

 

 

 

      【続章】 橙色のミムラスを、笑わない君に。 ~ 青の行方 ~

 

 

 

 

【最終章】 橙色のミムラスを、笑わない君に。 ~ 願いの終着点 ~ へ続く  

 

 

 


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