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■第59話 無数の窓に探すその姿

 

 

”Tiffany & Co.”と記された煌びやかなエントランスを通り、

コウは上品なスーツ姿の店員に声を掛ける。

 

 

『婚約指輪をお願いしていたホヅミです。』 低くやわらかな声色で頬に笑みを

たたえて、幸せそうに目を細めた。


『ホヅミ様、お待ちしておりました。』 店員はそう言うと、特別な来賓しか

通さない別室に促し、コウは満足気にその後に続く。

 

 

ゆったりとソファーに腰掛けその長いスリムシルエットパンツの足を組むコウ。


腰が沈み過ぎない適度なバランスのクッション性があり、上等な牛皮のツヤが

あるそれはコウの気持ちを満足させるには充分の高級感が漂っていた。

 

 

すると、指紋ひとつ付いていない高級なガラステーブルの上に、待ちに待った

それが現れた。


質の良いリングケースが開くとそこには、プラチナにセットされた完璧な

プロポーションのハートシェイプダイヤモンドがあった。 フルサークルの

バンドリングを組み合わせたそれは目映いほどに光輝き、重厚ながら透明感に

溢れシオリにぴったりな気がした。

 

 

暫しそれをまっすぐ見つめているコウに、店員は言う。

 

 

 

 『こんな婚約指輪をプレゼントされるお相手の方って、


  どんな女性なんですか?


  きっと、ホヅミ様がこんなに素敵な方だから


  お相手もさぞかしキレイな人なんでしょうねぇ・・・。』

 

 

 

すると、指輪を見つめていた目線をそっと上げ、店員を見たコウ。

まるで愚問だとでも言うようなどこか白けた顔を一瞬向け、瞬時に微笑む。

 

 

 

 『えぇ・・・ お姫様みたいなんですよ、彼女・・・。』

 

 

 

そして、続けて小さく小さくひとりごちた。

その表情は真っ白で感情のない能面のようなそれで。

 

 

 

 『・・・今はまだ、毒で正気を失ってますけどね・・・。』

 

 

 

そのボソッと呟いた一言が聞き取れず、店員は『え?』 と聞き返した。

コウは首を横に振って再び上手に笑みを作ると、スッと背筋を伸ばして口許を

緩めた。

 

 

 

 『俺が ”ちゃんと ”幸せにしてやらないといけないんです。』

 

 

 

手の平の上にある大袈裟なほどに輝く指輪を見つめ、少し乱暴にリングケースを

パチンと閉じコウは目を眇めていた。

 

 

 

 

 

ショウタはコウから言われた事が頭から離れず仕事も手に付かなくなっていた。


店先に立っていても足元にばかり目を落とし、汚れたスニーカーの爪先は苦しい

程の胸のざわめきにせわしなく貧乏揺すりを繰り返す。

もう今更どうしようもないと頭では分かっているつもりでいても、その心は足は

それを受け入れられずにいる。 心の中で何度も何度もその愛しい名を叫ぶ。

 

 

 

 

  (ホヅミさん・・・ ホヅミさん・・・ ホヅミさん・・・。)

 

 

 

 

『ごめんっ! ちょっと出て来るっ!!』 店の奥で仕事をしていた母ミヨコに

そう叫ぶと、尻ポケットから原付きの鍵が付いたキーホルダーを取り出した。


大慌てでハンドルにぶら下げていたハーフヘルメットを被ると、エンジンを吹か

せ次第に客足が増え始めた商店街を少し強引に走り去る。 修学旅行で買った

情けない生き物のキーホルダーが、その勢いに乱暴に揺れている。


その息子の後ろ姿を、首を傾げミヨコが見送っていた。

 

 

ショウタの原付きは、シオリが働いている病院へと猛スピードで向かっていた。

哀しげに眇めるその目に、頬に、冷えた風が刺すように吹き付ける。


行ったところでもうどうしようもないのは分かっている。

逢える訳でもないし、言葉を交わせる訳でもない。

 

 

 

  でも、どうしても、この気持ちを抑えられなかった。

 

 

 

病院の前までやって来たショウタの原付き。


エンジンを止め慌ててサドルから下りると無数の窓に必死にシオリの姿を探す。

芝生が敷きつめられた敷地内を駆け回り、焦る気持ちに足はもつれ転びそうに

なりながらもシオリがどこかにいないか一心不乱に。

 

 

病院の中には入れない。 

入ってはいけない。 

押し掛けてはいけない。


それは、シオリの ”迷惑 ”になるのだから。

 

 

しかし頭では分かっているつもりでいてもその目は、病室の窓に、廊下のそれに

屋上に、その姿がないか探す。

哀しげに寂しげに、その情けない細い垂れ目でひたすらに、今でも変わらずに

愛しく想うその姿を血眼になって求め彷徨う。

 

 

 

 

  (ホヅミさん・・・ ホヅミさん、どこだ・・・。)

 

 

 

 

必死にその姿を探しながらも、遠いあの日にシオリから放たれた一言が甦った。


ショウタの胸の奥の一番やわらかい部分をえぐるあの痛みに、我に返ったように

足を止めた。 そして、泣き出しそうに顔を歪め目を伏せる。

 

 

 

 

  ”もう、ほんとに・・・ 迷惑だからやめてほしいの・・・。”

 

 

 

 

ぎゅっと強く握りしめた拳が、歯がゆく震える。

諦めたようにかぶりを振り、立ち竦みうな垂れた。

 

 

 

 

  (ただ・・・ 迷惑に、なるだけか・・・。)

 

 

 

 

そして、首をもたげたまま再びサドルに跨った。


ハンドルを握る震える手に力が入らない。 ゆっくりエンジンキーを回すと

小さくエンジン音を立てるそれ。 

静かに静かにショウタを乗せた原付きは元来た道へ戻って行った。

 

 

 

その時、病院の長い廊下を歩く白衣姿のシオリが、ふと窓の外に目を遣った。

その目に、情けなく心許ない大きな背中が原付きに乗って走り去るのが見えた。

 

なんとなくその背中が気になり、目を凝らす。

その首元には白い物が巻かれて見える。

 

 

 

 

  (・・・手ぬぐい・・・?)

 

 

 

 

目を見張り、慌ててシオリが窓に貼り付く。


磨き上げられた窓ガラスが指紋で汚れてしまうのも構わずに、手の平を強く押し

当ててその目はショウタかもしれないという可能性に必死にその姿を目で追う。

 

 

慌てて窓を開けようと躍起になるも、事故防止のために開閉しない仕様になって

いるそれ。


指を引っ掛ける鍵すら無い。 小走りで窓を移動しながら必死にその背中を確か

めようとするも次第に小さく小さく遠ざかる原付きは、呆気なくシオリの視界から消えた。

 

 

『ヤスムラ君・・・?』 窓ガラスに押し当てていた白く細いシオリの手が、

力が抜け哀しげにズズズと下にさがって垂れた。


高校の卒業式の、決して開かなかったふたりを分かつ窓を思い出すシオリ。

またしても、窓は開くことはなかった。

 

 

 

シオリの指紋の跡が、まるでふたりの間の分厚い壁を象徴するかのように

窓ガラスに強くしっかりと残っていた。

 

 



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