■第55話 ふたりのベクトル
ショウタは高校を卒業し、家業の八百屋を手伝っていた。
高校時代にやっていた早朝の新聞配達はそのまま続け、バイトから戻ると
八百屋を手伝い夕方からは夜間の専門学校に通っていた。
新聞配達で貯めた貯金で勉強をするショウタは、次々と目指す資格を取得し
今となっては高校時代のあの気怠く丸めた背中で勉強机に向かう顔とは別人の
それだった。
ショウタもまた、あの頃となにも変わらずにシオリを想い続けていた。
もう、どのくらい逢っていないのだろう・・・
もう、どのくらい声をきいていないのだろう・・・
シオリから高校2年のクリスマスに貰った手編みのマフラーは、四六時中首に
巻きすぎてもうボロボロにほつれかけていた。 まるでシオリが壊れてしまい
そうに思え慌てて大切に大切に畳んで、ベッドの枕元にそっと置いた。
眠る時はいつもそれに顔をうずめて、もう香ったりしないシオリの甘いそれを
思い出そうと深呼吸した。
シオリに鉢分けした窓辺のミムラスは、シオリにフラれた日に根腐れしたまま
哀しく茶色く萎れたままだった。 それでもシオリを想い続けるようにやさしく
あたたかくショウタはそれを見守り続けていた。 枯れたからといって呆気なく
手放したり出来なかった。
土が乾いた頃になるとほんの少しだけ水を与えた。 決して尽きることの無い
愛情を変わらずにミムラスに与え続けていた。
八百屋の配達に行く時に乗る原付きの鍵には、修学旅行でシオリとお揃いで
買った情けない顔の生物のキーホルダーがそのままに、哀しく寂しげに揺れていた。
キーホルダーよりも情けない顔で、ショウタはシオリがいない毎日を過ごしていた。
たまにシオリに逢いたくて逢いたくて仕方がなくなると、早朝の新聞配達の
帰りに病院前まで足を伸ばし、誰もいないそびえ立つ巨大な建物をそっと見つめた。
早朝のそこは、朝靄にかすみ静まり返ってショウタを嘲笑うかのように冷酷に
突き放す。 お前なんかが来る場所ではないとでも言っているみたいに思えた。
シオリの姿を早朝のそこに見つける事など出来はしないというのに、それでも
そこを見つめるだけで少しだけショウタの心は満たされた。
シオリが普段いるであろう場所を見つめるだけで、それだけで。
シオリと近い場所で同じ空気を吸えている、それだけで。
でも、ほんとうは。
たった一目だけでもいいから、逢いたくて仕方がなかった。
ただ、元気に頑張っている背中を一目だけでも。
たとえ、シオリはショウタに気が付かなかったとしても。
(ちゃんと、食ってんのかな・・・
ちゃんと、寝てんのかな・・・
ちゃんと、笑ってんのかな・・・。)
想うのはシオリのことばかりだった。
もう数年経ったというのに、考えるのはあの頃となにも変わらずシオリのこと
ばかりだった。
ふたりのベクトルは今も変わらず切ないほど向き合っているというのに、
硬く高い無情な壁に遮られほんの一瞬ですら互いの姿を見ることなど出来ずにいた。




