■第51話 小さな小さな想い
卒業式は滞りなく終了し、涙で赤い目元をし片手に賞状筒を握った生徒が次々と
昇降口を抜け歩き出す。
まだ余韻が残っている ”仰げば尊し ”が、耳に心にじんわり反響し感慨深い。
愉しそうに数人でおどけて笑い合う姿や、仲良くしっかり手を繋ぎ寄り添う姿。
みなその胸に、溢れんばかりの希望とほんの少しの不安を抱え、校舎から巣立ってゆく。
そんな風景を、シオリは書道部部室の窓からひとり眺めていた。
卒業式後、ショウタを待って部室にやってきたシオリ。 墨汁のにおいと
カビ臭さが相変わらずの、そこ。 ここに足を踏み入れたのは1年ぶりだった。
校舎のどこに行ってもあの頃のショウタとの想い出に胸は張り裂けそうな痛みを
憶えた。
すると、ショウタが少し遅れてやって来た。
引き戸が静かに遠慮がちにスライドされる擦れた音が、静まり返った部室内に
響く。 慌てて振り返り、戸口を見つめる窓辺のシオリ。 無意識のうちに
ぎゅっと口をつぐむ。
逢いたくて逢いたくて仕方がなかったはずのふたりは、目が合った瞬間どこか
居場所無げに同時に哀しげに目を逸らした。
瞬時にピリリと張りつめる音がする。 互いに緊張しているのが、その一瞬の
空気で伝わる。
『ほんと、ごめんな・・・。』
第一声、ショウタはまた謝った。
また ”迷惑 ”というワードがその口から出るのではと、シオリは慌てて首を
横に振り『ダ、ダイジョウブ・・・。』 と即座に早口で続けた。
”迷惑 ”という言葉は聞きたくなかった。
ショウタを迷惑だなんて思ったことなど、今の今まで一度だって無いのだから。
そう思わせ続けていることが辛くて苦しくて気を緩めると涙が毀れそうになる。
それでも尚、申し訳なさそうに眉尻を下げるショウタは、ひとつ小さく息を
つくとやわらかくやさしい声色で、言った。
『合格・・・ おめでとう・・・。』
シオリは見事、医大に合格しこの春からコウと同じ大学に通うことが決まっていた。
風の噂でシオリの合格を耳にするも、本当ならばシオリの元へ飛んで行って
それを一番に喜びたかったショウタだが、もうそんな事は許されないし迷惑を
かけるだけだと諦めていた。
やっと伝えられたたかが数秒で言い終るその一言になんだか胸は歯がゆく痛む。
『ありがと・・・。』 ショウタの哀しい声がシオリの胸に響いて苦しい。
本当は一番に合格を知らせたかった相手が、人伝てで聞いたそれを今この最後の
最後、卒業というタイミングでしかその一言を交わせなかったという現状に、
切なくて一気に涙が込み上げる。 胸を上下させて深く息をし、なんとか溢れ出
そうな涙を鎮めるシオリ。
(泣きたくない・・・ ヤスムラ君を困らせちゃう・・・。)
零れそうな涙をぐっと堪えてシオリは足元に落としていた目線をそっと上げると
ショウタが手の平を差し出している。
大好きな、大きくてやさしい、ショウタの手。
『ごめん、まじで・・・ ぁ、あのさ・・・。』
しずしずと申し訳なさそうに広げるそこには、小さな小さな白い包みが乗っていた。
チラリ見えた右手のゴツい中指には相変わらずあの日のペンだこがそのままに。
必死にパラパラ漫画を描いて出来たそれが、今も残っていることに再び涙が込み上げる。
『あの・・・ 要らなかったら、捨てていーから・・・。』
差し出されたそれを、中々掴めずに呆然と見つめ続けているシオリ。
すると、体の横で垂れたままのその白い手首を遠慮がちにショウタはやさしく
掴むとそれをそっと渡した。
1年ぶりに小さく触れたショウタの指先の温度があたたかすぎて、シオリは涙を
堪えるのも限界だった。 小さく肩が震えその顔は悲哀に歪み唇を噛み締める。
シオリの手の平に、小さな小さな ”想い ”が形となって現れていた。




