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■第37話 決心

 

 

『私・・・。』 言い掛けたシオリを、ショウタが慌てて耳を塞いで遮る。

 

 

 

 『やだっ!! やめて、頼むから・・・ 聞きたくない・・・。』

 

 

 

シオリがこれから告げようとしている ”その気配 ”に、ショウタは目をぎゅっと

つぶり眉根を寄せ頭を抱え込むようにして、耳を塞ぎ背を丸める。 

 

 

 

 『やだ・・・ やだ、ゼッタイやだ・・・ やだ・・・。』

 

 

 

『ヤスムラ君・・・ お願い、聞いて・・・。』 シオリがショウタの太ももに

手を置き身を乗り出して顔を覗き込む。 しかしショウタは俯いて首を横に振り

続ける。

 

 

『ヤスムラ君・・・。』 訴えるようにショウタを揺さぶるも唇を噛みしめ顔を

しかめてショウタは小さく小さく体を屈め、頭をすっぽり抱え込みガムシャラに

抵抗する。

 

 

 

 『聞きたくない・・・ やだ、やだよ・・・ ゼッタイやだ・・・。』

 

 

 

何度も何度も繰り返し繰り返し、ショウタは壊れてしまったかのように呟き

続ける。

 

 

 

 『だって・・・


  ・・・だって、考えてみて・・・?

 

 

  ヤスムラ君の商店街のおじさん・おばさんがどうなっても、


  自分のことだけ考えられる・・・?

 

 

  私ひとりの勝手な都合で、たくさんの大切な人達が


  もしかしたら・・・ 生活が危うくなったりしたら・・・

 

 

  それでも自分たちだけ、幸せに笑ってられる・・・?』

 

 

 

ショウタは更に背を丸め、何度も何度も首を横に振る。


そして、うわ言のように繰り返す。 『やだよ・・・ ゼッタイやだ・・・。』

 

 

 

シオリはショウタが強く耳を覆うその大きな手に、そっと冷えた白い手を

重ねた。


その手もショウタに負けじと小刻みに震えている。

相当な時間をかけて考え抜いた覚悟だという事が伝わるも、どうしてもどうして

もショウタにその決断は受け入れられない。 シオリと離れるなんて選択肢は

あり得ない。

 

 

しかし、シオリの手の温度が冷たすぎて痛いほどで、刹那に ”それ ”をもう決心

しているのだと悟る。

 

 

触れ合っているというのに、ふたりの手と手があたたかくなる事はなかった。

むしろ、どんどん冷えて凍える互いのそれ。

 

 

 

ゆっくり静かに伏せていた目を上げ、シオリを見つめたショウタ。


その誰より愛おしい前髪奥のハの字の困り眉は、白い頬に幾筋もの涙の跡をつけ

あまりに哀しげに微笑んでいた。 

あまりに、寂しげに。 あまりに、美しいシオリのその笑顔。

 

 

 

 『・・・ありがとう。 ・・・ごめんね。』

 

 

 

ショウタは呆然と瞬きもせず、息が止まるほど美しいシオリを見つめていた。 

 

 

 

 

 

夜が明けると、ふたりは駆け寄って来た警官にあまりに呆気なく保護され、

迎えに来た両家の親にこっ酷く叱られ無情な現実の世界へ連れ戻された。


家出騒動以来、増々シオリは父ソウイチロウから厳重に見張られ、塾の行き帰り

もコウが出向くようになった。 ショウタとなるべくふたりにしないよう警戒

されふたりでいられる時間なんか無くなった。

 

 

学校と塾以外は、次第に自室から殆ど出て来なくなったシオリ。

ショウタを忘れようとするかのように、医大合格に向けての勉強にだけ一心不乱

になった。

 

 

 

 

  (ヤスムラ君のことは考えない・・・ 考えない・・・。)

 

 

 

 

その想いとは裏腹に、シオリの勉強机にはひたすら参考書に向かうシオリを

見守るかのように情けない顔のくまのぬいぐるみが佇み、橙色のミムラスの鉢が

窓辺を彩っていた。

 

 

 


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