■第24話 完璧な案
『あのさ・・・ 俺・・・。』
突然荒々しく音を立て、居間の引き戸をこじ開けて飛び込んできたガタイの
いい息子の姿に両親ともに驚き仰け反った。
こたつテーブルの上の湯呑茶碗が、ビクっと跳ね上がった膝の衝撃を受け
傾げかかる。
『なんなの・・・? びっくりさせないでよ・・・。』
母が心臓のあたりを押さえながら目を白黒させ、どもりながら返す。
舌打ちでも出そうなくらい息子を眇めると、再びテレビのサスペンスドラマに
戻ろうとした。
すると、ショウタは細い垂れ目を最大限見開き、頬を高揚させて言った。
『俺が・・・
俺がさ、医大行きたいっつったら・・・ どうする??』
その息子の一言に、呆然とかたまった両親。
呆けたままゆっくり父と母は互いに目を見合わせる。
こどもの頃から勉強嫌いで万年赤点のくせに、どの口がそんな事言い出したのか
とふたり同時になんの冗談かと、ショウタに半笑いで呆れたような視線を送る。
しかし、ショウタの顔は冗談を言っているそれではなく真剣そのものだった。
『どう? なぁ、どう思う??』 身を乗り出さんばかりに再度言い寄る
その姿に瞬時にシオリが関わっていると気付く。 突然夜中に泣きながら訪ねて
来たシオリがこのショウタの発言の発端なのだろうと。
相変わらずの向こう見ずな言動と呆れながらも、そこまで必死に初恋の人を想う
息子がなんだか誇らしく思えて、ショウタ母はぐっと胸にこみ上げる熱いものに
目を細める。
すると、母はふくよかな腹をせり出し豪快に笑いながら言った。
『そんなもん、受かってから言いなっ!
万が一・・・ いや、兆が一にでも合格したら、
そりゃあ親として、全力で支えてやるよっ!!
・・・ねぇ? 父ちゃん。』
そう言い切って、ショウタ父に目配せする。
男らしい程のその力強い母の声色に、隣で細い背中を丸め湯呑を両手に包み
佇む父親もやわらかく朗らかに微笑む。
ふたり、目を見合わせ可笑しそうにクククと笑い合って。
『俺・・・ ゼッタイ、医者になるからっ!!!』
キツく握った拳を揺さぶって叫ぶように言うと、
『まじで、ほんとアリガトウ!』 両親に泣きそうな目を向け、再び騒々しく
階段を駆け上がり2階の自室へと戻って行ったショウタ。
父と母、もう一度目を合わせて、その落ち着きなくやかましい息子の大きな
背中を呆れ果てたようにゲラゲラと声を上げ肩を震わせ笑った。
(そうだ、俺が医者になれば・・・
それで、全部・・・ すべての問題がカイケツだ・・・。)
”シオリには前々から言ってたんだよ。
シオリの相手は医者じゃなきゃ認められない、ってさ~・・・”
いつかのコウの嫌味な一言を思い出していた。
あの言葉がすべての突破口になるなんて、思ってもいなかったショウタ。
『俺が医者になればいいだけの話じゃん・・・
こんなカンタンな事、なんで今まで気付かなかったかなぁ・・・。』
今すぐにでもこの ”完璧な案 ”をシオリに報せたに行きたくて、ショウタの脚は
落ち着きのない貧乏揺すりがカタカタと止まらない。
(電話とかじゃなく、直接言ってビックリさせたいよなぁ~・・・。)
その顔はニヤニヤと嬉しくて仕方ないといった感じで。
まるでもう医者になれたような気で。
それが ”カンタン ”でも ”完璧な案 ”でも無いという現実に気付くのは、
あまりに呆気ない程すぐの事だった。




