■第17話 理由
ショウタと入れ代わりに病院へコウがやって来た。
それは見事なタイミングで、まるで計ったかのようなそれだった。
どこか上機嫌な様子で、ユズルへの見舞いの百合の大きな花束を片手に佇む
コウはシオリの塞ぎ込んだような様子に小首を傾げる。
一瞬、目を上げその百合の花束を見つめるシオリ。
それはまるでコウ自身を誇示するかのように、大振りな白色の花びらで
ドギツイ程の香りを廊下中に漂わせ、高級店のロゴが入ったセロファンで
美しくラッピングされている。
『ん~?』 覗き込むようにコウが少し体を傾げるも、廊下の長椅子に
哀しげな背中で腰掛けるシオリは苦い顔をして更に顔を伏せ警戒して
一切目を向けない。
『あれ~? 俺、嫌われるようなことしたかな~・・・?』
おどけた感じで目を細め、クスクス笑うコウ。
『仲良くしてかないと・・・ ”先 ”は永いんだからさぁ~・・・』 その嘲る
ような声色にシオリが顔を上げ目を眇める。 その額には、乱れた前髪の奥に
ハの字の困り眉が覗いていた。
すると、そっと指を伸ばしてその前髪を梳き几帳面にまっすぐそれを均すコウ。
まるでシオリの困り眉を恥ずかしいものだとでも思っているように、少し困った
顔を向けて。 ”完璧 ”でいてくれないと困るとでも言いたげな顔で。
そして、コウは愉しそうに口角を上げて言った。
『ついさっき、俺が言っといてあげたよ~
シオリから言い出すのツラいだろうと思ってさ~・・・』
『え?』誰に何を言ったのかシオリには言われてる意味が全く分からなかった。
しかし、コウのその声色に全身になにか嫌な予感が走る。
シオリはすがるような目を向けその ”答え ”を待つも、怖くてどこか聞きたく
ないというのが本音だった。
『だーかーらー・・・
青りんご君、に・・・ ”俺たち ”のこと。
俺もツラかったよ・・・ 彼の ”あんな ”顔・・・。』
コウの一言に、目を見開き息を呑むシオリ。
その意地の悪い嘲け愉しむ声色が、何度も何度も頭の中でリフレインする。
頭の天辺から足元まで槍に突き刺され磔にされたかのように、あまりの衝撃に
一歩も動けない。 たった一言の声も出ない。
ショウタが慌てて押しかけて来て、泣きそうな顔をしてシオリを痛いくらいに
抱きしめた理由がやっと分かった。 あの絶望したような哀しいショウタの
表情の意味が。
(ヤスムラ君・・・。)
弾かれたように廊下を駆け出したシオリ。
相変わらず混雑するそこにゆっくり歩行器を使い進む老人患者を避け、
忙しそうに早足で歩く看護師にぶつかりそうになりながら、全力で駆ける。
途中、磨き上げられた床に滑って転びそうになり、一瞬床に膝をついてしゃがみ
込むも体勢を持ちなおして更に駆ける。
(待って、ヤスムラ君・・・。)
よりによってコウから聞かされた ”その話 ”に、ショウタがどれほど傷付き胸を
痛めたか想像するだけで、シオリの目には涙が込み上げ呼吸が苦しい。
ショウタの泣きそうな哀しい顔ばかり浮かぶ。 朗らかでやわらかい大好きな
あの笑顔がどんどんかすんで滲んでしまいそうで、ぎゅっと目をつぶりかぶりを振る。
慌てて病院正面玄関まで駆けて辺りを見回すも、もうショウタの姿はなかった。
自動ドアを飛び出し外に出てショウタが通るはずの道を遠く見つめるも、
そこにもその姿は見当たらない。
崩れるようにその場にしゃがみ込んだシオリ。
その目には涙が込み上げ、ぎゅっと強く目をつぶった瞬間それは透明な雫と
なってアスファルトに落ちグレーの小さな粒のシミを付けた。
『ごめんね・・・。』
シオリの胸を突き刺す悲痛な想いは、ぽろぽろと零れ落ちる雫と一緒に
救いようがないくらいの哀しい色を含んで溢れた。
その時、集中治療室のコウは横たわるユズルの隣に立ち首を傾げて、
その決して目を開かない、いまだ意識不明の姿を感情がない目で冷酷に
見下ろしていた。
そして、小さく口許を歪めそっと呟いた。 陶器のような嫌味なほど白い頬筋が
微かに上がる。
それは、愉しそうに上機嫌な声色で医療機器の電子音に混じって響いた。
『面白くなってきたよ、ユズル君・・・。』




