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縁側の彼女  作者: あまゆ
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僕は新人の配達員だ。

キース運輸のこの支店に入社してからまだ1年ほどしか経っていない。

それでも、人手が足りないからとそれはそれはこき使われている。

休みなんて週1日あれは良くて、残業も当たり前、それでも給料は友達と比べても安い。

人手が足りないので嫌気がさしても退職することも難しそうだ。

とはいえ、退職する気はほとんどない。

転職する先もないし、1年でやめてしまったら両親に心配をかけるだろう。

両親は近場の市内に住んでいるが、僕は車で10分程離れたワンルームアパートに一人暮らしをしていた。

そんな近場でもわざわざ一人暮らしをしているのは、両親から離れて少しでも自立がしたいと思ったからだった。

それでも休みの日、いや休みの日ではなくても、実家にしょっちゅう帰っては夕飯を食べて帰るので、自立出来ているかは疑問だ。


話を戻して、そんな新人の僕が、この春から小玉坂地区の担当になってしまった。

小玉坂は、地名に坂がつくだけあって、傾斜が厳しく道の狭い峠道が続く難所だ。

狭い道幅の一車線道路を観光バスが横行しており、車も多いので、それがよりこの場所の難易度をあげている。

そんな難所の配達なんてやりたいわけもないが、「若いし、七星なぼし君は運転うまいから!」と、支店長が調子良く言ってこの仕事を押しつけてきたのを覚えている。


そんな経緯があって、僕は小玉坂地区に今日も配送車を走らせる。

小玉坂は小さな港町で、県道を外れて走って行けば、誰もこの先に街があるとは思えないほど殺風景な海辺だ。

こんな小さな地域でも案外、毎日荷物はあるもので、今日も市内の配達ついでのように小玉坂に赴く。


この小玉坂には少し気になるお得意さんがいる。

あの、サンルームに常にいる変わり者の彼女だ。


海沿いの県道を外れ、名もなき道を川沿いにのぼり、さらに山の奥へ数キロほど。

ここまで来ると車通りはほとんどなくなる。

家を何件か過ぎた突き当たりのウッドハウスのサンルームに彼女はいる。


彼女の家のアスファルトで固められた広い庭に車を止めて、軽い荷物を降ろすと、サンルームへと直行する。

彼女に近づくにつれてヘッドホンから漏れる音が聞こえた。

流れているのはテンポの速いダンス曲のようなものに聞こえる。

タブレットを弄って、重心をかなりずらしてぐだりと赤い座椅子に座る彼女に近づいて、声をかけた。


「間瀬さん?」


気付かないので、視界に入るように身をかがめて見せる。

それでも暫く気付かなかったが、小さく手を振ると、やっとこちらに気づいたようで、ゆっくりと顔を上げた。

そのだるそうな動作もいつも通りだ。

目は座っていて、でも不思議とどこかぎらぎらしている。

彼女は咥えていた灰が落ちそうな煙草を手に取ると、ぼうっとした視線をこちらに投げかけつつ、ヘッドホンを取り、首にかけた。


「おいでませ、キースの兄ちゃん」


キースというのはうちの運送業者の名前だ。

全国区の運送業者で、テレビCMも頻繁に見かける大手だが、僕はその末端の地方支店の一社員にすぎない。


「代引きの荷物です。15100円ですね。あとサインも」

「待ってたよ、切らしちゃってさ」


切らした、とは言うが、荷物の内容はアクセサリーとなっている。

少々引っかかったが、気にしないでおいた。


彼女は咥え煙草のままサインをしていたが、ふと僕の顔を見る。


「煙草大丈夫?煙いでしょ」

「いえ、僕も吸うんで」

「そうなの?じゃあ、一本吸ってけい。とっておきがある」


なんだかんだと彼女に引きとめられることも時々ある。

この小玉坂への配達は道が狭く時間がかかることが多いので、少しぐらい遅くなっても誰も文句は言わない。


彼女が座るよう促すので、一段高くなっているサンルームの床に腰掛ける。


「飲む?」


そう言って持ったグラスは明らかに彼女が口をつけた飲み物で、しかもグラスは水垢か何かで随分と汚い。


「要りません」


きっぱり断ると、何も言わずに、少ししゅんとしたような面持ちで彼女はそのグラスの透明な飲み物をぐいぐいと飲み込んだ。

そして、勢いよくそのグラスを床に置くと、彼女は立ち上がって奥へと引っ込んでいってしまう。

サンルームの廊下を挟んで奥は和室になっていて、段ボール箱や古い家電などが置かれた物置のような場所である。

何も言われないまま放置された僕は、とりあえず配送車のエンジンを止めようか、このまま帰ろうかと悩んでいる間に、ぱたぱたと彼女は戻ってきた。


「みっけた、みっけたよ」


定位置の座椅子ではなく、僕の隣に座り、彼女は灰皿を引き寄せた。

バケツのように大きい灰皿だった。

そして、煙草のパッケージを見せる。


「あのね、この間なんとなくマルホ市場行ったんだ」


マルホ市場といえばここから車で3時間はかかる一つ飛んで隣の市の魚市場である。

なぜそんな所になんとなく行ったのかは追求せずに続きを聞いた。


「そこにある煙草屋にね、あったの。ザ・ピースって知ってる?」

「さあ…僕ずっと同じの吸ってるんで…」

「これね、一箱1000円もするの」

「何か違うんです?」

「吸えば分かるや。ほら」


彼女は強引に煙草を一本僕に咥えさせた。

その手が震えているように見えたのはおそらく気のせいじゃない。

それとは裏腹ににやりと笑ってやたら楽しそうな彼女は、僕の煙草に火を付けてくれた。

その煙草を一口吸って、僕はすぐに違いに気付いた。


「おいしい…」

「でしょ!?とっておきなの。おいしいの。あははっ!」


あっけらかんとしながら彼女は僕の背中を叩いて笑いだす。

何がそんなに楽しいのかは分からなかったが、僕は愛想笑いを返していた。

彼女は笑えばもっと素敵な顔になるのだな、と気づく。

顔以外にいいところは皆無だけれど。


「間瀬さんは吸わないんですか?それ」

「なんで私の名前知ってんの?」

「いやだって、荷物に書いてあるから」

「ああ、そっか。私は吸わない。とっておきの時しか吸わないの」

「なんか悪いですね、僕だけ」


心にもなかったが、そう謝罪すると、彼女はくすっと耳元を僅かにかすめる笑い声を出した。

それがぞっとするように不気味さを醸し出すので、僕が思わず彼女に目線をやると、その瞬間に持っていた煙草をすきのない動きで奪われる。

彼女はその煙草をごく自然と咥え、煙を吸い込んで、ほとんど散ってしまった桜の見える景色に吐き出した。


「サイコーだな、やっぱ」


にやにやしながらそう呟く彼女は何がサイコーだったのか、僕には分からない。


「ちょっと、間瀬さん…」

「これは私んのだ」

「そりゃそうですけど…」


彼女は煙草を咥えたまま体を引きずるように膝をついたままで座椅子に戻っていった。


「おい、働け。帰れよ」


彼女はそう言って顎でエンジンのかかった配送車をさす。

相変わらず愉快そうなのに、気まぐれなその態度。

やはり気にくわない。


「…毎度」


つい相手をしてしまい、いつもこんなオチだ。

彼女はいつでもこのサンルームにいるし、配達は頻繁なので、おそらくこの人は働いていないだろう。

いつもこんな風にマイペースで個性的過ぎる。

ただ、咥え煙草をしている彼女の顔は、なんというか、官能的だったと思う。

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