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八千代と紗江と雅助と翔太の物語り【五】

「紗江さん、大丈夫?」

「うん、いつもの事だから大丈夫」

 そう言いながら紗江さんは濡れた着物から、似たような地味で薄汚れた着物へと着替えていた。

「いつもって……」

 ウチは苦笑いするしかない。

 これは別に紗江さんが倒れたとかではなく、ただ単に水を川に汲みに行って紗江さんが川に落ちてしまったのだ。

 あれからまだ一日と経っていない昼過ぎ。出来るだけウチは紗江さんの傍に居るようにしながら様子を見ているが、特にこれと言ってしんどそうにしていることも、苦しそうな素振りも見当たらないので胸をなでおろしていた。

 というか逆に斧に振り回されての薪割りや、たっぷり入った桶の水をよたよた歩きで運んだりしているそっちの姿にヒヤヒヤしてしまう。というかすでに落ちているんだけどね。しかも、いつもらしいし……

 もうそっちが気になって目が離せなくなっていた。

「良く温まる湯の作り方知っているから、それ作って上げる」

 春先といっても川の水は冷た過ぎる。これで病が悪化したら大変だ。

「ちょっと待ってて、外から薬草採って来るから」

 ウチはそう言って家を出て、近場にあった川辺で薬草を探す。昔から風邪を引くと飲ませて貰ったり、誰かが引いていると採りに行ったりしているので慣れたものだ。

 そしてある程度採れたところで、

「よし……!」

 と立ち上がって紗江さんの元に戻ろうとすると、前から翔太さんがやって来た。いや、正確には狩りをして帰って来たところだった。両手には少し大きめのカゴを持っていて、釣竿も持っているのでどうやらカゴの中に入っているのは魚のようだ。

「よっ」

 翔太さんはウチの顔を見るなり自慢気な顔で挨拶をしてきた。

 こういう時には、いや、こういう時じゃなくてもそうなんだけど、嫌な予感がする。

「こ、こんにちは……」

「朝も会いに来たし、帰りも出迎えてくれるとは俺に惚れてるな」

「い、いや、それはないですけどね」

 たまたま朝もそして今も会っただけなんだけど、何でも自分の良いように捉えてしまう人だ。本当に迷惑この上ない。

 そして両手に持っているカゴを見せながら、

「それよりも今日も大漁大漁。入れ食い状態だったぜ」

「へ~、凄いですね……」

「女も入れ食いしてみたいもんだぜ。まあこんな田舎じゃ入れ食い出来るほどいてねーんだけどな。しゃーねえから華と紗江で勘弁してやるか。だから今すぐオレの家に来い」

「…………」

 やっぱりそういう話しになる。もう最悪だと言うしかない。

 そんな白い目で見るウチの事など、どうでもいいという様に、

「まあそれは後でゆっくりどうにかするとして、大量過ぎて捌くのが大変だから手伝え」

 といきなり強引にカゴの一つを持たされて腕を引っ張られた。ウチは慌てて持っていた薬草を翔太さんに見せて、

「ち、ちょっと! ウチはこれを紗江さんに上げなくちゃいけないんですから」

「ん? 誰か風邪でも引いたのか?」

 以外な事に翔太さんはこの薬草の事を知っていたようだ。

「風邪は引いてないですけど、紗江さんが川に落ちたんですよ。だから温まるものを作って上げようと――」

「それじゃあ、それを微塵切りにして入れた魚の団子を作ってやるから、それで作ったみそ汁の方が温まるぞ」

「いや、今飲ませて上げたいんですけど!」

「大丈夫、大丈夫」

 何が大丈夫なのか全く分からないまま、腕を振りほどこうにもしっかり持たれており、そのまま「ちょっとーっ!」と言う叫びも虚しく、翔太さんの住む屋敷へと――誘拐された。

 いや、これは嘘ではなく本当に誘拐されてしまったのだ。


 ウチは牢屋でしくしく泣くしかなかった。

 まあ、あれはどう見てもウチが悪いんだけどね。

 初めは本当に手伝いをさせられた。逃げようとも思ったのだけど何だかんだ言うよりも、もう手伝った方が早く解放されそうだったので出来るだけテキパキとこなした。

 この翔太さんの住む屋敷のように大きい家は外から見ると古びたように見えたが、中もかなり古びていた。ボロボロというよりも寂れ、庭園などもあるのに手入れもされてなければ建物に艶もなく同じような色合いで、なんだか全体的に色褪せた雰囲気だった。物凄く寂しいモノを感じる。

 しかもこの家はこんなに広いにも関わらず誰もいていなく、さらに建物の中の方は日が当たらず薄暗いせいで何とも言えない薄気味悪さがあった。

 こんなところに住んでいるから性格がねじ曲がっているのだろうかとも考えたが、でも雅助さん曰く昔は同じような家に住んでいたと言っていたし、どうなのだろうか。

 まあそんなことを考えながら、どこかに行ってしまった翔太さんの代わりに一人で四人分の団子を作り終えた。

 そしてお皿に盛ろうとしたのだけど、そのお皿が無くて翔太さんもいなくなっていたので場所も分からずじまいだったから飾られていた、金みたいな物であしらわれている高価そうなお皿に盛りつけようとしたのだ。

 それで一旦水で漱いでから布巾で拭いてっとしようと思った際に、なぜこういう時にこういう事が起きるのか全く持って不思議なものだけど、でも実際に起こってしまうんだよね。

 そう、こういう時に限ってドジョウよろしく滑ってみせて、


 パリンッ


 と静寂した、誰も、ウチと翔太さんしかいない屋敷の中でその音だけが響いて抜けていった。

「…………」

 そしてすぐに、

「どうした? 皿でも割ったか? ……!」

 とやって来た翔太さんがそれを見て、

「あ~あ、これ結構したんだぜ。どうやって弁償してもらうかだが、捕まえるのに丁度よかった」

(……捕まえるのに丁度よかった?)

 どういう意味だろうと思ったがすぐに腕を掴まれて、そのまま屋敷の地下にあった廊下に入れられてしまったのであった。


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