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椿と東次郎の物語【六】

 夕ご飯を手際悪く作っている東次郎さんの姿を見て包丁を奪い取って作った後、美味しく食べた。包丁を奪い取ってしまった事に対しても何も云わず、逆に微笑ましく見られてしまい、食事中の会話も本当に東次郎さんは嬉しそうに話しながら食べていた。

 それはウチを通して椿さんを見ているのだろう。まあウチとしても気まずくなって過ごすよりも、そちらの方がずっとマシなので良かった。

 そして再度、汁の作り方を教えた。

 三時間にも及ぶ指導を行い、どうにかこうにかまともな汁が作れるようになった。本当にやれやれだ。

 そして、ここでウチは泊る所が無いこと気が付いた。

 この町にやって来てすぐにこの蕎麦屋に入り、東次郎さんに汁の作り方を教えることになったのでそんな時間がなかったのだけど、それ以前の問題で泊ることを探さなくてはならないというのが頭になかったのだ。

 今の今まで家以外で寝るなんて昔この町に来た時以来なかったので、すっかりそのことが頭から抜けていた。

「…………」

 一瞬外で寝ようかとも考えたが、さすがに春に入ったとはいえまだまだ夜の外はキンキンに冷えている。これでは朝を迎える事には氷漬けだ。

「う、う~ん……」

 ウチが唸っているとそれを東次郎さんは察したのか、ただ夜が遅いからなのか、それともウチを椿さんと重ねたのかもしれないが、

「どっから来たかは知らないけど、帰れないようなら今晩泊っていくか?」

 と言われた。

「…………」

「いや、『何言ってんだコイツ』みたいな目でオレを見るな! いくら椿に似てるとは言え何かしたりするかよ。ただ心配なだけだ」

 そう言う東次郎さんの耳は真っ赤だった。男の人が照れるとなんだか可愛いね。たぶんこういうところが椿さんが好きだった部分なのかもしれない。

「それじゃ、お言葉に甘えてお世話になろうかな」

「お、おう……」

 照れている顔が本当に可愛い東次郎さんだ。

 寝るところは東次郎さんがいつも寝ているところとは別の、畳が敷かれた部屋に布団を用意してくれ寝ることとなった。さすがに一緒の部屋でというのは気を使ってくれたようだ。

 そして押入れから布団を出して敷く際、押し入れに入っていた少し高価そうな青が基調の着物が目に入り、

「アレって椿さんの?」

 と聞くと、東次郎さんはちょっと悲しそうに、

「ああ、それは椿がオレに汁の作り方を教えてくれるって言ってたし、それに出会って一年経つ記念として渡そうとしていた物だ。着てもらえると思ったんだがな……」

 そっか。渡すその前の晩に居なくなっちゃったんだよね。

「いつか着てもらえるよ! きっと」

 ウチが力強く言うと、

「なんだか椿に似ている華に励まされると妙な気分になるな」

 苦笑いして「まあ、元気になるけど」と付け加える。

 そして寝る準備を済ませるとお互い「おやすみ」と言って東次郎さんは部屋を出て行った。

 ウチは今日一日で色々あり疲れていたのだろう、これからのことを色々考えようとしていたのだが、布団に入るとすぐに寝てしまった。

 そして――


“ピシャ ドガゴーーーーンッッ”


 物凄い音と地響きに驚き目が覚め、上半身を跳ね起こした。

「な、なになに!?」

 目はパッチリと冷めたのだが頭はまだ若干ボーっとしていて、周りを見渡すが状況が把握できない。

 さらに部屋中に、

“ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ――”

 怖くなるほどの騒音が響き渡っていた。その音をよく聞いてやっと音の正体が分かった。

 雨だ。それも樽を引っ繰り返したような豪雨。

 さらに“ゴロゴロ”と聞こえ、先程の物凄過ぎる音というのは雷だったことがわかった。

 閉めきった雨戸をそ~っと開け、外を見ると当然ながら視界が真っ白な程の雨が降っていた。

「うわぁ……」

 そして、不意に“ピカッ”と光る。

「っ!!」

 ウチは身を竦めて目を逸らすため、雨戸に背を向け部屋の中に顔を向けた。

 雷はウチの嫌いなモノの一つだ。雷様がおヘソを取りにやって来るのだ。鬼のような顔をした雷様。それを想像しただけで身震いを起こしてしまう。

 いつもは「怖くないからね」と言いながら繭にしがみ付き、よしよしと頭を撫でられるのだけど、今はその繭はいない。あ~、繭は大丈夫だろうか? お姉ちゃんは心配だよ。

 そしてもう一度“ピカッ”

「ひぃっ!!」

 耳を抑え、肩を竦め、けど目だけは必死になって瞑らない。それはいつ雷様が現れるか分からないからだ。知らないうちにおヘソを取って行かれたのではたまらない。だから怖くても絶対に瞑らない。

 そんなウチの警戒心が功を奏してか、それとも本当はそんなことをせずに知らない間に取られている方が良かったのかもしれないけど、それでもついに、ウチの目の前に――雷様が現れた。

「っ!!」

 一瞬、ほんの“ピカッ”と光ったその瞬間しか部屋は暗くて分からなかった。

 だが、そこには確実に長い光る何かを持った丸い体と丸い顔の雷様が、そこに居たのだった。

「で、で、で出たああああああぁぁぁっ!!」

 ウチは雨戸を全開にして、二階であったがそんなもの木に登って木の実を取ったり遊んだりしているのだ、なんてことない。飛び降り、ひた走った。

 走って走って走って走りまくって逃げた!

 「ギャーーーー」とかみっともなく叫んでいたかもしれないが、そんなものも豪雨の音に掻き消されて自分の耳にも聞こえていなかった。いや、ただ必死過ぎて分からなかっただけの可能性もあるけど。

 ただひたすらに逃げた。何処へと言われても知らない。ピカピカ光るがそんなモノ本体である雷様に比べたらかなうはずもない。とりあえず逃げた。

 そして、疲れきって気が付けば雨は止み、雷もだいぶ落ち着いていた。

「はあ……はあ……」

 肩で息をしながら大きな橋にさしかかる。

 走り過ぎたせいかボーっとする頭で、もう大丈夫かなと考えていると目の前に、何と無情にもまだ見逃してくれていない雷様の影があった。

「……そんなあ」

 泣きそうなウチにゆっくりと近づいてくる雷様。

 そして、とうとう10メートル程まで近づいてきた時、雷様の姿がやっとはっきりと見えた。

「…………」

 ウチはへにゃへにゃと崩れ落ち、そして心底、

「……よかったぁ~」

 口に出して安堵した。

 現れた雷様は夕方裏手で出会った、タヌキみたいな姿の親切なおっちゃんだったからだ。


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