夢は虚ろ【壱】
“ベンベンベン”
「昔々、時は元禄、江戸時代。日本が殻に閉じ籠もり、ほとんど外交と関わりが無かったころの甲斐の国。富士の山の程近く、清き水が住まう人里離れ薄汚れた一軒の家に一人の娘がおりました」
“ベンベン”
「その女子、名前を『華』と申しまし、その名の通りたいそう可憐な齢十五の少女でございます。しかし、どんな華でも咲けば必ず枯れて散る。それが自然の理と申します。たいそう綺麗なものになるか、はたまた醜く汚れ散っていくかは華次第。さてさてこの『華』、いったいどんな散り方をするのでござりましょうか?」
“ベンベン”
「それは物語を聞いてのお楽しみ。ではでは皆様方、寝そべりくつろぎ最後までごゆるりとご堪能下さいまし」
“ベンベンベン”
※
「華や、華や。早く起きないとご飯が無くなっちまうよ」
囲炉裏がある隣の部屋からおじいの声が聞こえてくる。
「うん、わかってるー」
それに対しウチは布団を頭からかぶり、大福のように丸まりながらゴソゴソと身を動かして言った。
生地が白の薄汚れている布団は、傍から見たら本物の巨大なうごめく大福のように見えているだろう。
「今日は華姉が好きな七草粥やぞい」
妹の繭も声を掛けてくるが「うーん」生返事をした後「ん~ん~」と唸りまたゴソゴソと身体左右に揺らす。
横の部屋では「今日は変な華だねえ」「うん。今日は変な華姉だね~」と木霊でもいるかのように言い合っている。
いつものウチは一番に起き、散歩に行って水をくみ、銀杏の木に水をやるのが習慣だ。けど、今日はそんな気分になれなかった。それが何故なのかも分かっている。
「う~ん」
また唸って今度は大きく身をよじってみた。
そう、これは昨日の夜にあんなことがあったからなのであった。
昨日の夜中、昼間だとだいぶ温かくなってきたが夜はまだまだ寒い春の夜。
それなのに何故か身体の中が熱く、汗はかいていなかったがカラカラに乾いているような感覚に襲われ目が覚めた。
「…………」
熱は無さそうだ。ただ身体が乾いているだけのようだった。
横ではおじいと繭が寝息を立てている。
少しカラカラ感をとるために布団の裾をめくって冷やっこい空気を中へと入れてみた。
冷気は一気に布団の中を埋め尽くし、
「涼しい……」
火照った身体にはかなり気持ち良かった。
そしてまた瞼を閉ざしてみる。
「………………………………」
が、寝れない。やっぱり身体のカラカラ感が邪魔をするのだ。
出来れば頭は寝ているのでこのまま身体も寝てもらいたいところだけど、そうはいかないようだ。仕方がないので布団から出て土間へと向かった。
家の中とはいえ、すきま風が絶えなくかなり寒い。だがカラカラのせいかそれとも頭が寝ているせいなのかそれ程寒さを感じなかった。
それよりもキンキンに冷えた床の方が冷たく、霜焼けの足にはつらい。
「冷たいぃぃ」
小さな悲鳴を上げながらおじいと繭が寝ている寝室を後にした。
足早に土間に着き、下駄を履くとまだ冷たさはマシになった。
そして、水を溜めている甕のフタを開けると、
「ありゃあ……」
水が一口分も残っていなかった。確か夕方にはまだ三割ほど残っていたはずなんだけど……。
「んー」唸りながら考えるも答えが出るわけではないので、腑に落ちないまま終了とした。
(さて、どうしたものか)
少し迷ったがこのまま戻っても眠れそうにないのですぐそこにある川まで行くことにした。
汲みに行くのはしんどいので朝することにして、ひとまず柄杓だけ持って外に出た。
「あああ」
外は一段と寒く、一人でに身震いをしてしまう。
今日は大きな満月のおかげで玄関前にある、もう使われなくなって雨水が溜まり苔が生えている石臼にぶつかることなく、地面に転がっている小石まで見てとれた。足元を気を付ける心配も無くカタカタと景気良く下駄の音を立てながら急ぎ川辺まで行く。
そして柄杓で水をすくい、そのまま口を付けて飲む。冷た過ぎる水が喉を刺すように通っていき痛く、
「ああ~」
と声が出る。
そしてもう一回柄杓で水をすくい、顔に近づけた時、柄杓の中の水がキラッと光った。
「??」
ウチは何となく不審に思い、光りの元があるであろう後ろへと振り向いた。
「っ!?……イタッ!」
目の前をシュッと音を立てて、何か腕に当たった感覚があった。
ウチは驚きながらも前を見ると、そこには一人の男が立っていた。
恰好は羽織袴。そして両の手は今高々と上げたのだろう、不気味に光る刀身を携えた刀が握られている。それはお侍さんだった。
目もギラッと怪しく、何だか紅く光っているように見えた。だがそれよりも眼光鋭く、とても見逃してくれるような雰囲気ではない。
(死ぬんだ)
それが頭によぎった。
よく死ぬ寸前には、今までの思い出が一瞬にして頭の中を駆け巡る走馬灯というものを見るというが、そんなものは頭の中に少しも浮かばない。
ただただ、
(ああ、死ぬのか……)
そこで止まったままだった。死ぬ気持ちなどこれっぽっちも湧からないまま、下からお侍さんを見上げていた。
そして何の気持ちの整理も、整理すらしようとも思えず無情にも怪しく光る真剣が振り下ろされる。




